第53話 調査結果と帰還

 時刻は6時。何故分かるのかというと、Aランクパーティーともなればそういった魔道具を持っているのが常識となるからだ。


 6時となり、全員が起床して朝食を食べた。今回の朝食を作るメンバーも夕食を作ったメンバーと同じである。


「…カール。模擬戦しよ…。」


「んあ?…俺とか?珍しいな。最近はめっきり挑まなくなってきたのによ。」


「ん…。勝算はある。」


「おお、そうかそうか。ならやるか!」


 朝食を食べ終えた後、突然シズがカールニアに模擬戦をしようと言い出した。早速アークから学んだことを試してみようということなのだろう。


「あら、シズ。…ふふ。やっちゃいなさい。」


「あっ、アークからなにか仕込まれたんでしょ!羨ましいわ!」


 カールニアは自分用の容量が小さめなマジックポーチから刀身の長い木剣と、木製のナイフ2本を取り出した。そのナイフ2本をシズへと渡す。


 そして、お互いに距離を取り、構える。


「審判は私がやるわ!一応仲間なんだし依頼の途中なんだから、やり過ぎには気を付けてよね。それじゃあ――始め!」


「よし、こい!」


「…いく。」


 アークが教えた“猫騙ねこだまし”は初手の初見でこそ生きる技である。そのため、シズは始めの合図を聞きすぐに動き出す。


「…〔闇魔法〕――“猫騙ねこだまし”…!」


「…うおッ!!」


 シズは発動と同時に気配を消した。カールニアは目の前で爆ぜた闇属性の爆発に驚いた。実際爆発系の魔法が目の前に来るのならそれを察知し、躱すなり迎撃するなりできるのだ。しかし、この“猫騙ねこだまし”は攻撃性が全くない代わりに気付かれづらくなっているのだ。


 気配を消したシズはカールニアの背後に回り込み、その首へナイフを添えようとする。


「――ッ!甘いぜ!!」


「ん…!無理だった…。」


 カールニアは一瞬視界が奪われたことにより、気配察知を極限まで引き上げた。それにより、シズが首を狙うその意識に気付き、直感でシズが持つナイフを木剣で弾き飛ばした。


 そして、その場から離れようとするシズの首へ木剣を添えたカールニアは満面の笑みでシズに勝利宣言をした。


「なっはっは。今回も俺の勝ちだ。でも、今回は危なかったぜ。」


「むー…。まだまだ甘かったのか…?なんで…。」


 シズは中々感情表現をしない方なのだが、今回ばかりはかなり悔しかったのか両手両膝を地に着けている。


「おい、アーク。どこが悪かったか教えてやったらどうだ?この戦法教えたのアークなんだろ?」


「あー、そうですね…。まず爆発が甘かったですね。それと、爆発後のモヤが薄かったのと、カーお兄ちゃんの目の前から少し離れすぎてましたね。あと、気配を消して背後に回るのはよかったんですけど、やっぱり背後に回る分遅かったですね。あと、背後から止めを刺すって時に少し気配が漏れてました。それがなければもしかしたらって感じでしたね。あと、〔闇魔法〕を用いて囮みたいなものを作ってみるのもありでしたね。あと――」


「アーク…。その辺にしといてやれ…。」


「――あっ…。す、すみません。つい…。」


 アークは思い付く限りの改善点を羅列してしまった。チラッとシズの方を見ると、両手両膝を着くというのを通り越してもううつ伏せになっていた。


「ははは…。その指摘が全部克服できるようになってたらAランクになるだろうな…。うしっ。そろそろ行く準備すんぞ。シズもいつまでも沈んでんじゃねえぞ-。」


 こうしてシズとカールニアの突発的な模擬戦は終了し、一行は最深部へ向けて進み出した。








「それにしてもカールニアの兄貴は強えよなぁ。なあダムよ。」


「ああ。我もあのような男気溢れる人物になりたいものだ。」


 後ろの方で、先程の模擬戦でのカールニアの強さに惹かれていたウィルとダムが盛り上がっていた。こうして世間話のようなものができるのは、精霊4人が無双しているからである。


 下層に来て、やはりレギオンアントではない魔物が多くなっていた。いや、多くなったというか、ほとんどレギオンアント以外の魔物であった。


 レギオンアントを見たのは昨日のルークを倒した時が最後であった。しかも、魔物は下層であるのに弱く、ゴブリンやスライム、強くてオークくらいしか出ていない。








 そして、ようやく最深部に辿り着いても、その最深部の部屋にはゴブリンやオーク、ウルフ系の魔物しかいなかった。


「――おかしいわね…。なんで最深部にこんなに雑魚魔物が溢れてるのかしら。」


 疑問に思ったルーミニアは顎に手を当てて唸っていた。すると、光の上位精霊であるレイがなにかに気付いたようだ。


「あ~~!!あそこ、なんだか魔素の色が違うよ!ねえねえアークくん!あそこあそこ~!」


「んん?――あっ、ホントだ…。あれは…。ダンジョン??」


「ダンジョンですって!?…だ、だからこんな雑魚魔物が大量に…。――あっ!レギオンアントが増えたのも…!」


「そ、それだわ!クイーンの餌が豊富にあったから短期間で急激に勢力を拡大したのね!!」


 なんと、レギオンアントの巣の最深部にダンジョンが発生しており、そこから溢れ出てくる魔物を餌にすることでクイーンは部下を大量生産していたようだ。


「…どおりで俺たちにも情報が入ってこなかった訳か…。しっかし、すげー巡り合わせだな。んで、どーする?このダンジョン、攻略しちまうか?規模がまだ分からねえが。」


「いや、今回は止めておきましょう。調査員の方にも今日には戻るって言ってしまったし、見る限り10層はくだらないでしょう。後日調査隊を組んで当てるのが妥当だと思うわ。」


「そうだな。取りあえずこの場にいる魔物は倒してお――くかと思ったら終わってるわな。よし、帰ろうぜ!!」


 カールニアが魔物を片付けてから帰ろうかと言おうとしたら、もう既に終わっていた。それもアークの目の前に素材を山盛りにして。さすが上位精霊たちだ。








 行きは魔物を狩るのに時間がかかったが、帰りは魔物もいないのでただ歩くだけである。3時間程で地上へと帰ってこられた。


「取りあえず調査員の人に報告しに行きましょうか。その後昼食を食べて、すぐ戻りましょう。」


「そうね!お昼食べましょう!」


 地上に出るともう12時前になっており、解体作業をしていた人員が数カ所に纏まって食事をしていた。レギオンアントの巣のダンジョン化はかなり重大なことであるのだが、やはり食事は大事なのだろう。パーティーのまとめ役であるルーミニアでさえ食事を優先させるのだ。


 まあ、王都に着くまでに6時間もかかるのなら食事にするのは当然なのだが。


 アークたち一行は防衛陣地に戻り、早速調査員の代表の人に報告した。


「ええ!?ダ、ダンジョン!?そ、それは朗報だ…!早く調べなくては!!」


「…いや、ちょっと待ちなさい。これから私たちはキョウラクに戻るのよ。同行はできないわよ?」


「そ、そんな…!そうしたら、私はいつ、誰と調査に向かえばいいんですか…!!」


 調査員はダンジョンと聞いて自ら調査に向かいたいと言い出した。


「…いや。…そもそも私たちが残ったとしてもあなたを連れて行くわけないじゃない。ハッキリ言って邪魔よ?」


「えええ!?」


 その後もこの調査員と一悶着があったが、リンカが(物理的に)納得させた。そして昼食を食べ、王都へ帰還した。








 王都の冒険者ギルドへ戻ってくると、早速応接室へ通された。一緒に依頼を受けていた『虎の咆哮』は応接室には来ず、受付で報酬を受け取り帰って行った。


「おう、戻ったかお前ら。」


「ギルマス、割と重大な情報持ち帰ってきたわ。」


「お、そうか。――あ、アーク。一応ヤマト爺には学院休むって言っといたから安心しな。」


「―――あっ、忘れてた。ありがとうございます。」


 アークは泊まりと思っておらず、その日に帰れると思っていた。よくよく考えれば片道6時間かかるのなら、それはもう帰れるはずもないのだ。


「ガッハッハ!後からヤマト爺言われたんだが、相当サクラ様が拗ねてるらしいぜ?」


「えー…。サクラが…?珍しい…。分かりました…。」


 サクラは先廻の無ノ日、アークがレギオンアント討伐作戦に参加してぶっ倒れたという情報を知っていたので、また同じことが起きないか心配だったのと、泊まりというのを知らされなかったのが不満だったようだ。


「おう、まあそんなことはいいんだよ。そんで?重大な情報ってなんだ?」


「それが、あの巣の中にダンジョンができてたの。最深部のクイーンがいた部屋なんだけど、そのダンジョンから出てくる雑魚魔物を餌にしていたみたいよ。だから急激に規模が拡大したと予想されるわ。」


「――なるほどな…。分かった。ご苦労だったな。調査隊の編成は明日以降に行うが、恐らく『光翼の癒し』の参加は必須になると思う。すまねェが、よろしくな。」


「ええ、大丈夫よ!私たちも軽い調査しかできてないし、今回は消化不良だったからね!特にカーくんが!」


「ああ、そうだな!」


「んあ?消化不良って――ああ、精霊か。」


 リンカはダンジョンの調査に乗り気なようだ。カールニアも精霊たちに仕事が奪われて暇をしていたようで、やる気を見せている。リュウゾウは精霊に仕事を奪われたカールニアたちに同情の目を向けていた。


「あははー…。あ、じゃあ僕はもういいですかね?調査頑張って下さいね…。」


「おーっと、待て待て…。ギルドカード寄越せ。」


 リュウゾウはひっそりと帰ろうとしているアークを捕まえて、ギルドカードを出すように言った。


「あっ、はい。―どうぞ。」


「おうおう、素直でよろしい。――おい!マリ!!」


 アークからギルドカードを受け取ったリュウゾウは受付嬢もマリを呼んだ。マリはスタンバっていたのか、すぐに応接室に入ってきた。


「はい、ギルドマスター。何でしょうか?」


「こいつのランクを一気にCに上げといてくれ。あと、こいつらの報酬持ってきてるだろう?」


「は、はい…!一気にCランクですか…。やっぱりアーク君は凄いんですね…。あ、こちらが皆様への報酬です。どうぞ。」


 マリはアークのCランク昇格に驚きつつも、報酬をそれぞれに渡して退出していった。


「えっ、僕Cランクにしちゃっていいんですか…?」


 アークは年齢的にもCランクに上げてはいけないのではないかと考えていた。依頼達成数も少ないし、何より冒険者登録してから日数も全然経っていないのである。


「ああ、あれから本部に脅――んんッ!問い合わせてみたんだが、フォレストピアの大爺の孫だからっつったらなんか認められたぜ?」


「―――あっ、はい。そですか。」


 アークは脅したと聞こえたように感じたが、気のせいだと思い込むようにした。それに、お爺ちゃん無双が働いており、結局OKということなのだ。それならそれでいいだろう。


「しかし、しばらくはCランクからの変動はなしになっちまったぜ?さすがに年齢がネックだって上が五月蠅くてよ。まあ、我慢しろな。」


「あっ、はい。」


 アークは別に我慢などしてはいないのだが、取りあえず早く帰りたかったので適当に相槌を打っておく。


「んじゃ、解散だな。アークはまた来廻な。」


「では!」


 アークは解散の言葉を聞き、“転移”で速効寮の自室に飛んだ。


「あ!おい!!ギルドカード…。ってまあいいか。しかし、アイツ普通に“転移”使ってたよな…。」


「え、ええ…。私たちは知らなかったけど、ギルマスも知らなかったの?」


「ああ…。アイツ、相当ヌケてんな…。」


 アークは色々な人に自分のスキルや魔法がバレていってるので誰がどれを知っているのかがあやふやになっていた。それで今回は“転移”を気にせずに使い、見事にバレた。まあいずれはバレたであろうことなのでアーク自身は気にしなさそうだが。







 こうしてアークは自室に戻った。


「――ふぅ…。やっと帰ってこれた…。――って、ええ?」


「あら、アーク様?ようやく帰ってきましたね。」


「ああ、サクラ、皆、いらっしゃい?」


 部屋へ戻ると、何故かサクラ、ジン、ミカゲ、ミル、ツバキに加え、ヤマトもいた。ヤマトが連れてきたのは明白である。


「いらっしゃいじゃないですよ…!!泊まりでいくなら私に報告してから行ってもよかったじゃないですか!!」


「そ、そうよ…!心配したわ…!」


「ミルもです!!心配したです…!!」


「あははー…。ご、ごめんごめん、ギルマスが強制(指名)依頼するもんだから、断れなくて…。でも、今回は簡単な依頼だったから大丈夫だったよ。」


 アークは全ての責任をリュウゾウへ押しつけた。確かに、アークは報酬をもらった後にはもう帰ってしまおうとしていた。まあ、依頼を受けたのはサラマンダーなのだが…。


「もう…。アーク様、今日はミカゲちゃんとの婚約が貴族たちに知らされた日でしたの。今日はまだ皆さんは知らなかったからよかったですけど、明日には皆さん知らされてるんですよ?危なかったです…。」


「えっ、そうなの!?」


 ミカゲとの婚約は火ノ日、つまり今日公表された。まだ当主にしか知らされていないため、クラスメイトたちはまだ知らなかったようだ。しかし、明日には貴族のクラスメイトたちにも知らされることだろう。


「ええ…。本当よ。なんだか、お母様とお父様が見たことないくらい喜んでた…。」


「そ、そっか…。あはは…。」


「ほっほっほ。では儂は帰るとするかのぅ。修羅場は見たくないからのぅ…。ほっほっほ。」


 ヤマトはそう言い残し“転移”で帰って行った。


 その後、数十分お説教され、いつもの日課である修行を開始した。

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