第52話 野営とシズの思い

 レギオンアントの巣の中で野営をすることになったアークたち一行は、特に問題なくスムーズに準備、設営を完了し、夕食を済ませた。


 ちなみに、精霊たちは野営の準備を始める際に戻させておいた。


 夕食を作ったのはルーミニアと、兎人族のキャル、狐人族のルーナの3名だった。アークは手伝ってもよかったのだが、クレアから止められた。何故なのかと疑問に思うのはアークが鈍感だからであろう。


 ルーミニア、キャル、ルーナの作る料理は冒険者の野営らしい簡素なものではあったのだが、さすがAランクパーティー。使う食材は中々高価なもので、かなり美味しかった。


 食材提供はリンカたち『光翼の癒し』が先輩だからと無償で出してくれた。こういう後輩たちへ優しいところが『光翼の癒し』の人気な理由の1つでもあるらしい。


 そして現在、男女で何かしら揉め事が発生した。その原因となったのは、もちろんアークに関してである。


「ちょっと、私がアークと組むのよ!」


「いいえ。今回は私が組みます。リンカは夕食中ずっとアークくんと話していたんだから、いいでしょう?」


「ん…。違う、私と。」


「おいおい、お前らは女組で組んだらいいじゃねえか。俺はアークに色々と教えなきゃいけねえことがあるんだ。だから俺だろ!」


 見張りの交代の順番についてのペア決めで、リンカ、ルーミニア、シズ、カールニアの4人でアークを取り合っていた。


 食事中にリンカがやけに近くでヒソヒソとペア組もうねとかなんとか言ってきたのは、このことだったのかと理解した。


 アークはよく分からなかったので適当に流していたが、リンカにとってはかなり重要なことであったらしい。


 そこへ、ウィルが口を挟んだ。いや、挟んでしまった。


「いやいや!見張りは俺たちでやるんで、兄貴たちは休んでていいんすよ!!」


「「「「そういうことじゃない!!」」」」


「ひぃぃぃ!!」


 4人の猛烈な殺気に当てられたウィルは子猫のように縮こまってしまった。


 アークはこんな光景を見せられても、なんだか申し訳なくなるだけなので、助け舟を出した。


「あ、あの、それならくじ引きで決めましょう?」


「そうね。決まらずにズルズル時間が過ぎるだけなら、いっそくじ引きにしましょうか。」


「ん。名案…。」


 アークのくじ引きという案は思ったよりも受け入れられたので、さっそく簡易的なくじ引きを作った。2時間で2人ずつの見張りを5回の計算だ。


 12人いるので必然的に2人余ることになり、その2人はずっと寝てていいことになる。しかし、イワオを除く『光翼の癒し』の4人はその枠には興味が無いようだ。


 1から10の番号が書かれたくじ10枚に加え、何も書かれていないくじが2枚、合計12枚のクジを作りアークが持つ。


 ちなみに、組み合わせは1と2、3と4……といったように隣合った数字での組み合わせである。


 掌で握っているところに番号が書かれている箇所があるので、誰も不正ができないはずである。


「それじゃあ、皆さん選んでください。恨みっこはないと思いますが、なしということで。」


 アークの合図を元に全員がそれぞれの選んだくじを掴む。ひとつ残っているものがアークのくじだ。アークは全員が選んだことを確認すると、掛け声をかける。


「いきますよ。――せーのっ!」


 各々が願いを込めて(込めていない者もいるのだが)くじを引いた。そして、何人かが番号を確認していく。確認している者は『虎の咆哮』の6名とイワオだけであった。


「よっしゃ!!俺が当たりだぜ!!」


(コクコク)


 どうやら、先程まで子猫のように縮こまっていたウィルと、イワオが当たりを引いたようだ。この2人は今晩見張りをやらなくて済むのだ。


「くそ!我が当たりを引くはずだったのに!」


「僕も休みがよかったよ…。」


「俺もだな…。ウィルとイワオさんが羨ましい。」


 熊人族のダム、兎人族のキャロ、犬人族のクンは休みがよかったようだ。いずれも悔しがっている。ちなみに、ダムが4番、キャロが3番、クンが1番だ。これでダムとキャロのペアが決まった。


「私は9番なの。ルーナは?」


「あら、私は5番です。」


 兎人族のキャルは9番で、狐人族のルーナは5番であった。これで残りの番号は、2,6,7,8,10である。


「…アーク、何番?」


「アークから見なさい、それから私たちが見るわ…。」


「あ、はい。――あ、僕は7番ですね。」


「「「「よしッ!!」」」」


 アークがもし7,8以外を引いていたらこの4人は絶望していただろう。元々アークと組みたいがために言い争いをしていたのに、アークと組めないとなってしまうのはなんの意味にもならない。


 この4人が狙うのはもちろん、8のみである。


「いくわよ…!」


「ああ…。」「ええ…。」「ん。」


「「「「せーのっ!」」」」





「…ぶい。」


 8を取ったのは、シズであった。勝利のポーズとして、右手を突き出してピースをした。


 8ではない数字を引き当てた3人はその場に崩れ落ちた。リンカが9、ルーミニアが6、カールニアが2であった。


「光翼の上手い使い方2人っきりで教わろうと思ってたのに…。」


「私もイチャイチャしながら魔法の上手い使い方教わろうと思ってたのに…。」


「あー…。俺の冒険譚を聞かせて更に仲良くなってやろうと思ってたのによ…。」


 心の声がダダ漏れとなっていてアークは聞いてはいけないことかと思い、一応聞いてないふりをした。


「…3人とも、心の声漏れてる…。特にルー、やばい…。」


「―ハッ!い、今のなし!!な、何も言ってないわ!!それじゃあお休みなさい!!」


 ルーミニアは自分がアークのことが大好きだということはバレていないと思っているらしく、必死に誤魔化して逃げた。


 パーティーメンバーからしたらもうバレバレなのだが、今更隠しても逆に変だと思われている。


 アークが大好きなのは『光翼の癒し』全員がそうなのだが、いずれも男女の関係ではなく、“公式弟”として好きなので、特に気にする事はないのだが。


 こうして野営の見張りの順番が決まり、最初のクンとカールニアを残し、全員がそれぞれ設営したテントの中へと休みに入った。






「アークくん、交代の時間よ。起きて。」


「――んんー…。はい、分かりました…。」


 3番目に見張りをしていたルーミニアがアークを起こしに来た。アークは普段から5時間ほどしか睡眠を取っておらず、それでも十分な時間であるので、今回の6時間の睡眠は寝すぎたといった感想だ。


 寝起きとは思えないくらいスっと起きてテントから這い出る。


「ルーお姉ちゃん、ありがとうございます。それじゃあ、お休みなさい。」


「ええ。お休みなさい。ホントは私が魔法のコツを教えて欲しかったんだけど、残念だわ…。シズをよろしくね。」


 ルーミニアはそう言うと、そのまま欠伸を噛み殺しながら別のテントへと向かっていった。


 見張りのための焚き火をしているところへ行くと、もうシズが座っていた。


「ん。…アーク、こっち。」


 シズは自分が座っている椅子のすぐ隣の椅子をポンポンと叩き、ここに座るようにと促した。


「あ、はい。」


 アークは別にそこに座らない理由はなかったので素直にシズの横へ腰掛けた。


「アーク…。相談がある…。」


「――はい、どうしたんですか?」


 アークは突然そんなことを言われて戸惑ったが、割と真剣な様子であったため、しっかり聞くことにした。


「私、〔闇魔法〕を覚えているけど、一般に知られている使い方しかできない…。〔闇魔法〕は他の魔法に比べて、知られている魔法が少ない…。」


「そうですね…。〔闇魔法〕は危険なものが多い傾向がありますからね…。」


「そう…。〔闇魔法〕は危険なもの…。そういうイメージがあるから、私は虐められてきた…。でも、リンカたちが拾ってくれた。」


「――なっ…。そうだったんですか…。」


 アークもこの世界に来た時にある程度魔法の知識を受け取ったが、やはり〔闇魔法〕の使い手は悪い印象を与えることが多いようだ。しかし、複数の属性を持っている内に、〔闇魔法〕があるのは特に気にされないらしい。そこは謎である。


 それはさておき、シズは〔闇魔法〕単体所持者であるので、周囲からはちょくちょく虐められていたようだ。


 それを助けてくれたのがリンカたちで、更に同じパーティーに入れてくれたリンカたちに絶大な恩を感じているらしい。


 そして、なにか恩に報いたい、役に立ちたいという思いが強いようだ。


「なるほど…。それで、〔闇魔法〕のいい使い方を僕に聞こうということですか…。でも、僕は〔闇魔法〕持ってませんよ…?」


「…嘘。闇精霊と契約している時点でそれを言うのは無理がある…。」


「――ははは。ですよね…。以前ステータスを見せた時に隠したので一応言ってみただけです。」


 アークは以前リンカたち『光翼の癒し』、ギルマス、ヤマトにステータスを隠蔽した上で開示したことがあった。その時には属性魔法の欄から〔闇魔法〕は消していたと思ったので、そう言ったのだ。


 そして、シズが言った精霊と契約しているからというのは、一般の知識として、精霊と契約できるのは自分が持っている属性の精霊のみとしかできないというのがあるからだ。


 これはエルフなどの〔精霊魔法〕を使える者たちだけではなく、世界的に知られている事だ。かつての英雄たちの史実からもそれは紐解くことができる。それにより、このことは広く知られたようだ。


「…アークはすごい魔法使い。だから、いろんな〔闇魔法〕の使い方知ってるはず…。教えて欲しい。」


 いつもは寡黙なシズがここまで真剣にかなりの長文で話すのはかなり珍しいことなのだろう。だからこそ刺さるものがあるし、アークはこの願いを叶えてあげようと思った。


「――はい、いいですよ。一般に普及している〔闇魔法〕というのは頭に入ってますから、それ以外の〔闇魔法〕でシズさんが使え――」


「シズお姉ちゃん。」


「――シズお姉ちゃんが使えそうなものを教えます。」


「――ありがとう、アーク…。」


 シズは椅子から立ち上がるとペコりとアークへ頭を下げた。


「いえいえ、いいんですよ。色々とお世話になってますからね。それじゃあ、見張りもしつつやっていきますか。」


「ん。…お願い。」


「とは言っても、2時間しかありませんからね…。簡単かつめちゃめちゃ有効なとっておきのやつ教えますから、覚えてくださいね?」


「…おおお…!燃える…。」


 アークのとっておきと聞き、シズの目が輝き出した。アークとしてもこんな珍しいシズを見ることができて面白かった。


「僕が教える技の名前は、“猫騙ねこだまし”と言います。まぁ、僕が勝手に名前付けたんですけど…。」


 アークは前世での猫騙しという技と似ていると思ったのでこの技名にした。


「まず、シズお姉ちゃんに実践してみます。攻撃性はない技なので安心してください。――それでは…。」


〔闇魔法〕――“猫騙ねこだまし


 アークが魔法を発動した途端、シズの目の前で闇属性の小規模な爆発が起こった。かなり小規模であり、攻撃性がないのでダメージはないが、突然起こるのでこれをやられた相手はかなりビビるだろう。


 それに、付随の効果で闇のモヤが発生し、一時的に視界が奪われる。達人級であれば一瞬にしてその危険性にモヤを振り払うことはできるだろうが、達人級未満であれば数秒ほど視界が奪われたままであろう。


 戦闘において視界が奪われるというのは、かなり危ない。素早い者は一瞬にして懐に入ることが可能であるので、それで1発アウトである。


 アークはシズの目の前で“猫騙ねこだまし”を発動させた瞬間、一気に近づき、首元に手刀を添えた。


「――ッ!!…すごい。こんな単純な魔法にこんな使い道が…。」


「ははは。シズお姉ちゃんの場合、一緒のパーティーにカーお兄ちゃんがいるから、話を合わせておいてカーお兄ちゃんに詰めさせるのもありかも知れないね。それとも複数の相手に発動させて一緒に詰めるかとか、ね。」


「ん。…アーク、教えてくれてありがとう。でも、これ意外と難しい?…ちょっと複雑そうに見えた。」


「あー…。そうかも知れないですね。」


 シズが言ったことは間違っていない。アークからしたら簡単なのだが、魔力操作が長けていないとちょっと苦戦するかもしないのだ。


 相手の目の前で闇の魔力を爆発させるのに加え、モヤを展開させるという作業は並の冒険者ではできないだろう。


 しかし、Aランクパーティーに所属しているシズであれば、2週間ほどでマスターできるはずだ。


「練習を続けていれば、必ずできるようになりますよ。この技、地味に見えてかなり重宝することになると思いますから、絶対にできるようになってくださいね。恐らく、戦闘時間とか使用魔力量とか、大幅にカットできるはずですから。」


 この魔法のメリットは相手を初手で潰すことができるようになることだ。相手を一瞬無防備な状態にすることができるので、その隙を突くことができればかなり楽に勝てるだろう。


「…ん。頑張る…!」


 シズは途中で襲ってくる魔物たちにも教えてもらった魔法を試しながら必死に取得しようと頑張ったのだった。

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