第48話 報告と出頭命令

「おい、マイ!聞いたか!!あのマサカゲの娘がアークに告るらしいぞ!!」


「はいはい、落ち着いて?私にも連絡が来たわよ。――それにしても、あの本にしか興味のないミカゲちゃんがアークくんに惚れちゃうなんて…。」


「そうだな…。マサカゲも困ってたなー…。いくら鍛錬させようとしても本を手放さないんだってな。それが今じゃ毎日サクラたちと修行してるらしいじゃねーか。これマサカゲに伝えたらアイツ、ダブルパンチで泣くぞ?」


「ふふふ…。1番嬉しいのはやっぱりアカネちゃんじゃないの?あの子、ミカゲちゃんを婚約させようにもかなり相手を迷ってたみたいだし、最悪リュウシンかユウシンのどっちかにしようかとか言ってたのよ?」


「ガッハッハ!アカネのやつ、そんなこと言ってたのか!まあ俺としちゃあどっちに転がってもよかったが、やっぱり婚約させられるっつーのは嫌だろうからな。今回はこれでよかったんじゃねェか?」


「そうね。――サクラの言い方からすると婚約は確定みたいだし、早速連絡しなきゃよね?」


「ああ!――おい!通信用の魔水晶持ってこい!!」




 ダンジョン実習2日目の夜。急にサクラからケンシンとマイそれぞれに連絡が届き、2人はその内容に驚いた。2人もよく知るヤサカ辺境伯家の二女に春が訪れたと言うのだ。そして、その内容と共に毎日数人でアークの部屋へ通い、稽古を付けてもらっていることも知った。


 情報量が多かったが、つまりヤサカの娘は鍛錬するようになり、婚約をした、と言うことだ。


 ヤサカ辺境伯家が悩んでいた問題が一気に2つ解決したのだ。これはケンシンとしてもかなり嬉しいことではあったので、早速本人へ伝えるべく通信用魔水晶を持ってくるよう召使いに言った。







「―――ん?誰だ、こんな夜遅くに…。……っと、私だ。なんだこんな遅くに…。―――って陛下!?ど、どうされました…!?」


 ヤサカ辺境伯家当主、マサカゲ=フォン=ヤサカはそろそろ寝ようとしていたが、急な通信に若干イラッとしながら出た。しかし、その相手はまさかの国王であったので焦った。


「おう、夜遅くに悪ィな。絶対に伝えなきゃいけねェ内容だったもんでな。」


「い、いえ…!!申し訳ありません、どういった内容でございますか…?」


 余りに焦ってしまい謝ってしまったが、ケンシンもケンシンで興奮していたのでそのままスルーして話を続けた。


「おう、今アカネもいるか?できれば呼んでほしいんだが。」


「はいはい、いますよ兄様。どうしました?」


 ちょうど居合わせたのは、ミカゲの母親でありヤサカ辺境伯夫人、アカネ=フォン=ヤサカである。この人物はケンシンの妹であり、元第2王女でもある。


「おう、いたかアカネ。お前ら2人にどうしても伝えなきゃいけねェことができた…。」


「な、なんでしょうか…!」


「な、なによ…!」


「ふふふ…。あなた、もったいぶらないでください。あなたから伝えると分かりづらいと思うので私から伝えますね。」


 ケンシンはこの状況を楽しんでいたが、こうなったケンシンは必ず暴走する。それを分かっていたマイは早々にケンシンにストップをかけ、自分から説明することにした。


「あ、姉さんお久しぶりです!」


「マイ様、お久しぶりです。」


「ええ、お久しぶりですね、2人とも。そんな2人にいい知らせがあります。」


「「は、はい…!」」


「あなたたちの娘のミカゲちゃんに婚約者ができました!!」


 実際はこの時にはできていなかったが、サクラから確定事項みたいな風に伝えられたのでマイはそのまま伝えた。それを聞いたマサカゲとアカネはと言うと…


「「………ええぇぇ!!」」


 信じられないと言った様子であった。そして、マイは更に追撃をする。


「なんと、ミカゲちゃんからプロポーズしたらしいですよ!」


「「えええぇぇぇ!!!」」


「本なんかよりもゾッコンらしいですよ!」


「「ええええぇぇぇぇ!!!!」」


 マサカゲとアカネは信じられなかった。あの大人しすぎる本に取り憑かれていた寡黙な娘が色恋に走るなどとは予想も付かなかった。ましてや自分からプロポーズなど、考えられるわけなかった。


「――あ、あのミカゲが…?ね、姉さん本当なの…?」


「ええ、本当ですよ?」


「――マイ様…。因みに、相手、というのは……」


「―――フォレストブルム…。と言えば、分かるかしら?」


「「んなぁぁぁぁ!!!!!」」


 今話題のあのフォレストブルム公爵と聞き、顎が外れるくらい驚いた。その人物は世界最強とも言われるフォレストピア大森林の大爺の孫であり、第3王女であるサクラ王女がべた惚れするほどの素顔と強さを持つという人物だ。


 実際のところ素顔をキチンと確認できた者は少なく、素性もハッキリとしていない。しかし公爵という爵位を叙爵されるほどであり、貴族の間では今最も注目されている人物だ。公爵と繋がるために娘を送り込もうと画策している貴族はかなり多かった。


 正直ヤサカ家でも送り込もうかと考えていた最中であったのだ。そしたらなんと、見事にミカゲが捕まえたとの吉報が舞い込んできた。これに驚くなという方が無理であろう。


「驚いてるとこ申し訳ないけど、まだあるのよ。ミカゲちゃん、あんなにマサカゲくんの鍛錬嫌がってやってなかったみたいだけど、今は毎日修行してるみたいよ?サクラと、その婚約者くんと。ふふ。」


「んなぁぁぁぁぁあ!!!!!!」


「――う、嘘でしょ……?」


 マサカゲはまだ叫んでいたが、アカネの方はもう驚き疲れて叫ぶのも無理なようだ。


「伝える内容はこれで終わりよ。――どう?緊急な内容だったでしょう?」


「緊急な内容すぎるわよ…。それにしても、早く関係各所に伝えないとだわ…。」


「あっ、サクラからの伝言があったわ。どうも、ミカゲちゃんから直接連絡が来てから関係各所に知らせて欲しいって言ってたわよ。―――ってもしかして…まだプロポーズは成功していないのかしら…?」


 マイは水晶に伝わらない声量でポツリと呟いた。サクラが送ってきた文面には確かに婚約するとは書いてあったが、文面的に違和感があったのだ。しかし、それを考えている最中にケンシンが突入してきてその思考は有耶無耶になっていた。


「ええ、分かりましたわ…。取りあえず、今日は寝ます…。疲れました。それでは、また。兄様もまたね。」


「ええ、おやすみなさい。」


「おう、じゃあな!」


 そうして水晶の通信を切った。マサカゲは未だ放心中であり、ケンシンとマイへ挨拶を返していなかったが、まあ仕方ないだろう。そんな放心中のマサカゲを引っ叩き、正気に戻させた。


「――はっ!…う、嘘じゃないよな…?」


「ええ…。嘘じゃなさそうよ…。ミカゲが…!あの子が、やったわ!!!」


「ああ…。ああ……。ああ…!!やったぞ!!色々な意味でやったぞ!!」


 この日と次の日、ヤサカ辺境伯邸では何度も叫び声が飛び交うこととなった。そしてダンジョン実習3日目の夜、ミカゲから婚約したい人がいると連絡を受けると、ヤサカ辺境伯邸は使用人を含めお祭り騒ぎとなったそうだ。







 ダンジョン実習を終え、普段通りの授業に戻った。特に変わったことはなく、今まで通り授業を終え、アークの部屋で修行をして、の繰り返しであった。しいて変わったことを言えば、ミカゲが前よりも積極的に話しかけてくれるようになったことだろうか。


 ミカゲは当日の内に家に報告を入れたようで、数日以内に婚約したとの情報が出されることになっているようだ。







 そうして迎えた無ノ日。この日は朝から冒険者ギルドに呼び出しを食らっていた。ダンジョン実習最終日にはギルドに連行されそうになったが、なんとかヤマトとジュウベエにより阻止された。その代わり、出頭命令が発令されたのだった。


 最近は付けていなかったお面を忘れずに付け、学院を後にする。


 早朝6時。アークは冒険者ギルドの近くの裏道に転移すると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。しかし、アークはギルド前の広場を見て足を止めた。そこには、アークが“氷獄結界ひょうごくけっかい”により閉じ込めたレギオンアント・クイーンが置かれていた。


「おー…。まだ解体してなかったんだ。早く解体すればいいのにね。」


「「お前の氷が硬すぎるんだよ!!」」


「――あっ、カーお兄ちゃん、ギルマス。おはようございます。」


 アークの独り言を聞いていたカールニアとリュウゾウはアークにツッコんだ。最初は溶けるのを待っていたが、数日待っても溶けないのでレギオンアント・クイーンの素材が破壊されないように慎重に斬り崩そうとしたところ、びくともしなかったのだ。


 それはカールニアも、リュウゾウもである。試しにルーミニアも高火力で〔火魔法〕を放ったが、全く溶けなかった。


「おはよう、じゃねーよ!おいこれどーなってんだ?溶けねーし斬れねーし、解体したくてもできねーんだわ。」


「あー…。――いや!そんなことないですよ!ほら!」


 アークはそう言えばかなり厳重に〔結界魔法〕を使ってたことを思い出し、それを解除させた。この“氷獄結界ひょうごくけっかい”は氷と結界を複雑に重ねていたため溶けず壊れず、堅牢なものとなってしまっていたのだ。


 アークは一瞬の内に結界だけを解除し、〔火魔法〕をちょっと出して溶けるのを見せた。リュウゾウはアークが何かをした後に〔火魔法〕を出したことがなんとなく分かったが、またか、と呆れるだけで深くは聞かなかった。


「はぁ…。まあいいか。うし、じゃあ解体できるようになったし、アークはこっちな。」


「あ、はい。今日はなんの依頼ですか?」


「あ?お前、レギオンアントの時の報酬もらってねーだろ?それの精算と、お前に謝りたいって奴らがいてな。今んとこそんくらいだな。あ、後感謝してるって奴らもめちゃくちゃいたから、後で対応しといてくれ。」


「あー、確かにもらってなかった気がする…。後はよく分かりませんが分かりました。」


 アークは報酬と言われてそれのことにしか関心が向かず、後半のことは頭に入らなかった。アークたちは早速ギルドへと向かった。


 ギルドに入ると、中には冒険者でごった返していた。早朝に来なければいい依頼が取られてしまい、その分収入が減るからであろう。リュウゾウはその人混みへ向け声を掛けた。


「おうおうお前ら!ちょっと空けてくれ!“秘密兵器”改め、“佩刀はいとう熾天使してんし”がやっと来たぜ-!!」


「――えっ?」


 アークは自分が秘密兵器だと紹介されていたのは分かっていたので自分のことだとは分かっていたが、その後の改め、というのがよく理解できなかった。


「うおーー!!やっっと来たか!!」


「きゃーー!!待ってたわよ!!!」


「おー!この前はありがとなー!!」


「嬢ちゃん、強えんだな-!!うちの息子いるか!?」


「やだ、あんたん家の子ひよっ子じゃない!!止めときなさい!」


「その歳で異名持ちかよ!!ギルマスが認めてるんじゃ、本物だぜ!!」


 アークとしては色々聞きたいことがあったが、まずは1つ……。


「僕は男です!!!!!!!」


 アークはお面を取ってやろうかと思ったが、実際外したところで女の子にも見えるらしいのでやめた。しかし、訂正はしないといけないので思いっきり叫んだ。


「「「「「「うそーーーー!!!!!」」」」」」


「ホントです!!!!!」


 なんとかここにいる冒険者には誤解を解くことができたが、まだまだこのやりとりが続くのかと思うと気が滅入るアークであった。


「そんなこと言い合う時間ねーぞお前ら!レギオンアント・クイーンが解体できるようになったから、その報告と解体依頼を出すぜ!ランクはC以上、ただしギルド職員からのお墨付きがなきゃ受けさせねェからな!」


「「「「「うおォォーー!!!」」」」」


 半数の冒険者たちは落胆し、もう半数の冒険者たちは歓喜に叫んだ。叫んでいるのはCランク以上の冒険者ということだろう。


「よし、アーク。今のうちに応接室行くぞ。カールも付いてこい。」


「あ、はい。」


「うっす。」


 3人は床に四つん這いになり落胆している冒険者たちの脇を通り抜けながら応接室まで向かった。この解体依頼により、アークの登場と異名騒動は有耶無耶となった。


《―――ふふ。いい異名をもらいましたね…。確かに私のアークは天使級ですから…。》


 アークにはなにか聞こえていたが、なぜかその内容が分からなかったようだ。まあこれはいつものことなので気にはしなかった。

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