第46話 10階層と2日目終了

 現在アークたちのパーティーがいるのは、10階層のボス部屋。ここにはオークナイト1体とオーク2体が出現した。


 アークは最初はあまり本気を出さず、サクラとミカゲがピンチにならないように魔法で牽制するだけにしていた。しかし、さすがにオーク3体はキツかったのか、サクラとミカゲが危ない場面が何度か見受けられた。


「うーん、ミル、ミーナさん。ちょっと僕も前に出るね。魔法で牽制は継続で!」


「あ、はいです!お任せです!」


「え、ええ!任せて!」


 アークは後衛として後ろでミルとミーナを護る位置にいたのだが、ここはボス部屋であり後ろからの襲撃はない。そのため、アークはサクラとミカゲのサポートをするためにオークたちへ向けて駆けだした。


 歩術――“咲渡さきわたり


 アークは前へ倒れるように姿勢を低くし、そこから地面を思いっきり蹴って一気に加速した。一蹴りで数十mを一瞬で進むことができるので、アークはこの歩術を多用している。


「サクラ、ミカゲ!オークナイトは僕がもらう!」


 一瞬にしてサクラとミカゲの背後に移動したアークは2人に声を掛けた。そして、サクラとミカゲの間を抜け出て、オークナイトへの道に立ち塞がる2体のオークの間を一瞬の内にすり抜ける。


 歩刀混合術――“月下美人げっかびじん惜花せきか


 予備動作もなく身体の軸をブレさせずに移動することにより、瞬間移動したように見せる歩術で2体のオークの間をすり抜けると同時にこちらも予備動作のない静かな居合を放つ。


 2体のオークはどちらも気付かない内に片腕を斬り飛ばされ、何が起こったのか理解していない様子であった。そして、腕が斬り飛ばされたと認識すると、激痛に絶叫し始めた。


 アークはこれならばサクラとミカゲでも大丈夫だろうと思い、正面のオークナイトを見据えた。オークナイトからしたら小さい人間が瞬間移動してきたように見えたであろう。そして、前方にいる味方のオーク2体の腕が斬り飛ばされた瞬間を見ていたもののどのようにして斬り飛ばしたのかが全く分からなかった。


 オークナイトが感じたのは未知のことが起きているという恐怖であった。


「それじゃあ、新技、いってみよう!」


 アークはわくわくとした明るめの声を発し、軽くダッシュしてオークナイトへ接近した。オークナイトもただではやられないと反撃の体勢をとった。


 歩術――“残英ざんえい


 アークは身体の内から魔力とは違う気のようななにかを発し、それを袈裟斬りをするイメージで身に纏い、前方へ放出した。アークはそれと同時にスピードを緩め、〔完全隠蔽魔法〕により自身の気配を遮断した。


 アークが気配を遮断したのも関わらず、オークナイトは手に持つ金属製の棍棒を振り下ろそうとしていた。一見何をしているのか、と思うかも知れないのだが、これは“残英ざんえい”による効果であった。オークナイトからは正に袈裟斬りを放とうとしているアークを捉えており、それに対して棍棒を振り下ろそうとしているのだ。


 気配を消してスピードを緩めたアークは、次の手を打った。


〔時空間魔法〕――“短距離転移”


 気配を消したまま、オークナイトの背後、首のある位置の空中に転移した。そして、止めを刺す。


 刀術――“花園はなぞの


 円を描くように横薙ぎにした刀身は、オークナイトの首を抵抗することなくスパッと刎ね飛ばした。


 オークナイトは自分の首が飛ばされたことに全く気付くことなく死んでいった。


「サクラ!ミカゲ!次は2人の番!!」


 片腕を失い絶叫しているオーク2体にまだ踏み込めていない2人にアークは声を掛けた。あっという間にオークナイトを倒したアークに驚いたが、アークがいる手前、無様なところを見せるわけにはいかない。2人は決心してオークを見据えた。


「行きます!」


「い、行くわ…!」


 2人はそれぞれ別のオークに突撃していった。2人は今までの技術だったらオークを1人で倒しきることなど不可能であり、突撃する勇気すらなかったであろう。しかし、ここ最近サクラとミカゲはアークに刀術を教わっている。


 ここ最近は毎晩魔力操作の修行に加え、刀術を教わっているのだ。夕食の時間までは刀術を教わり、夕食後の1時間は魔力操作の修行に充てていた。そして、自室に戻ってからも魔力操作の修行をするというのが習慣となっている。


 ちなみに、刀術を教わる際はアークの亜空間内で行っている。素振りとかなら大丈夫なのだが、歩術などを教えるとなると狭いのだ。最初は皆驚いていたが、アークだからと皆納得していた。


 ツバキとミルは魔力操作のみしか修行していないので、アークまたはクレアが刀術を教えているときにはどちらか空いている方に見てもらうという形となっている。そしてツバキは夕食後にはアークの部屋には来ずに自室へ、ミルはサクラとミカゲだけ(ジンもいるが)ずるいとアークの部屋へ来て魔力操作の修行を共に行っている。


 サクラ、ミカゲ、ジンの3人は共に初歩的なことしか学んでいなかったが、それでも今までとは比べものにならないほど心も体も技術も成長していた。


 さすがはクレアの知識を総動員して創り上げた刀術なだけはあるのだ。初歩的な歩術、刀術を教えただけでも戦闘に関する見え方がまるっきり変わってくる。


「「歩術!“咲渡さきわたり”!!」」


 サクラとミカゲはアークから教わっている唯一の歩術を叫びながら発動した。歩術に関しては1番力を入れて教えているアークとクレアだったが、術としてはこれしか教えていない。


 まずはアークも最初に修行したように厚めの木板を頭に乗せて落とさないように歩くという修行を多めに取っていた。クレアからすればまだまだ練度が甘いと思っていたが、それでも木板を安定させることができてきたので“咲渡さきわたり”を修得させようとした。


 2人は不完全ながらも常人ではあり得ないような速さでオークへ接近することができていた。


咲渡さきわたり”は体重や力の流れを踏み込む足の一点に集約させ、身体の軸を倒しながら最も力が伝わりやすい瞬間に思いっきり地面を蹴ることで、爆発的な加速を生み出すという術である。


 アークは魔法を使わずとも持ち前の身体能力で中々のスピードを出すことができるが、サクラとミカゲはさすがに厳しかった。そこで、〔無魔法〕による身体強化を足に集中してかけ、なんとか成功した風に見せている。


 片腕を失ったオークたちは痛みに喚きながらも向かってくる小娘たちを返り討ちにしようと前に進み棍棒を振り上げた。


 しかし、それを黙って受けるほど2人はバカではない。再び地面を強く蹴り加速すると、今度は比較的簡単である刀術を発動する。


「刀術!“風花かざはな”!!」


 2人はオークたちの間をすり抜けると同時に切っ先を残し、脇腹部分を深く斬りつけた。2体のオークはまた叫び声を上げるが、まだ死んではいなかった。2体のオークは反撃しようと後ろを振り返り手に持つ棍棒を強くギリリッと握りしめた。


 サクラとミカゲもまだ倒し切れていないことを分かっていたので振り返ってもう一度構えたが、そこへミルとミーナを放った。


「「“ウィンドボール”!!」」


 2つの風弾はそれぞれのオークの傷口付近に炸裂し、その傷口を大きく広げた。それにより2体のオークは絶命し、ダンジョンへ吸収されていった。


「や、やったです!」


「え、ええ、やったわ!」


 ミルとミーナは手を握り合って飛び跳ねながら喜んだ。美味しいところを奪った形となったが、これはこれでちゃんとしたパーティーの戦い方である。これを咎める者はいないだろう。


 サクラとミカゲも自分たちの成したことに驚いていたが、これは今までアークとクレアが教えてくれたことと自分たちで頑張って修行をしてきた結果であり、ようやくアークに良いところを見せることができたと歓喜した。


「ミカゲちゃん!やりました!!」


「ええ…!“咲渡さきわたり”と“風花かざはな”…。成功した…!」


 サクラとミカゲは“咲渡さきわたり”と“風花かざはな”の組み合わせを何度も何度も練習していた。アーク自身もよく使う組み合わせであり、1番汎用性の高い組み合わせだろうと考え、アークは2人(ジンもだが)に教えた。


 まだまだ精度であったり、威力や速さであったり足りない部分はあるが、現状ここまでできれば御の字である。


 そこで、サクラとミカゲの元へアークが戻ってきた。アークとしても一緒に修行している2人の成長を感じることができて嬉しいのか、ニコニコして2人に飛び付いた。


「サクラ!ミカゲ!やったね!!」


 ぎゅぅぅ~~~…


「「はわわわわ――ッ!!―――きゅぅ……。」」


 サクラとミカゲは突然大好きなアークに抱きしめられ、顔が沸騰したように熱くなって真っ赤になり、気絶した。


「あ、あれ…!!大丈夫!?ちょ、ちょっと!!」


 アークは2人分の体重を支えることになり2人が気絶するなど予想だにしていなかったため焦ったが、6歳の女の子2人はアークの身体能力であれば余裕であった。


「―――あちゃー…。アークくんやっちゃったわね。暫くは休憩ね…。」


「ん……。羨ましい。」


「わーー!!ずるいです!ずるいです!!」


 アークたち一行は2人の気絶により足止めを食らうことになったが、ここまで快調に進んで来てはいたのでそこまでダメージはない。そもそも5階層のボス部屋を突破することができるのはアークの班を除いてジンの班しかいないだろう。


 更に、ジンの班にも6階層以降を進むことはかなり難しいだろう。恐らくは7,8階層ぐらいまでなんとか進み、そこで留まることになるだろう。






 なんとかサクラとミカゲが回復し、アークたち一行は11階層へと降りた。11階層からは今までより魔物の数が増え、更に強さも増していた。サクラとミカゲでも中々厳しく、ミルとミーナの援護なしでは最早戦えない程であった。


「―――ふぅ…。皆、9階層に戻る?流石に魔物が強くなってるから9階層に戻ってもいいような気がするんだけど…。」


「そうですね…。私としては戻ってもいいと思います。もう少し連携できるようになってから、明日また来たいです!!」


「ええ…。そうね。サクラの言うとおりだわ。」


「はいです!ミルはそれでいいです。」


「ミ、ミーナもいいと思うわ。」


 アークの意見は班の皆も同意見だったようだ。それを見ていたルーミニアとシズは関心した様子で頷き合っていた。


「…流石アーク。」


「ええ。なんとか戦えているけど結局はアークくん頼りになっているわよね。それをしっかり理解している皆も偉いわね。」


 これが他の貴族のメンバーであったり、思い上がりが激しいようなメンバーであったりすると、こういった意見は聞かずに、いざピンチに陥ってからでないと状況を理解できないのだ。そういったことを考えるとこの班員は優秀であるのだろう。


 アークの提案によりアークたち一行は9階層に戻り、そこで連携を高めることにした。勿論9階層の魔物でも下手をすれば攻撃を受け怪我をする花ぬ聖もあるのだが、これまでの戦闘経験からしっかりと助け合い戦闘を行えている。


 アークたち一行は2日目のダンジョン実習を、10階層のボスを攻略し9階層に戻って戦闘訓練をすることで終了した。


 色々と反省点は見えたが、そもそも皆6歳ということもあり、改善しようともすることができない状況であるため、アークとしては明日の実習も9階層での戦闘訓練でいいと思っていた。






 そして現在、アークの部屋にはジン、サクラ、ミカゲ、ミル、ツバキが訪れていた。勿論アークとクレアに修行をつけてもらうためである。


 夕食前はジン、サクラ、ミカゲの3人は【クレアブルム流刀術】の修行。ミルとツバキは変わらず魔力操作の修行だ。


【クレアブルム流刀術】の修行は基本の修行は各自行うことになっており、アークの部屋に来るときは刀術、歩術をひたすら練習している。


 この日は刀術の方をクレア、魔力操作の方をアークが見ていた。


「サクラちゃん、ミカゲちゃん。“咲渡さきわたり”と“風花かざはな”、見てましたよ。ふふふ。中々様になってました。上出来です。」


「あ…、ありがとうございます!!」


「あ、ありがとう、ございます…!」


 修行の途中、クレアはそう2人に声を掛けた。サクラとミカゲからしたらまさか見ていたとは思っておらず予想だにしていなかったため一瞬フリーズしたが、余りの嬉しさに満面の笑みでお礼を言った。


「ふふふ。ミカゲちゃん、素敵な笑顔じゃないですか。ところで―――」


 クレアはミカゲにスッと近づき、耳元で囁いた。


「―――アークにはいつアタックするんですか?」


「――ひゃっ!!え、えっと……!」


 クレアは今までずっと気にしていたことをズバッと聞き込んでみた。アークはアークで気付いているが、なんだかんだでサクラが大好きすぎるのでミカゲからの気持ちを気付かないフリをしていた。


「因みに…。アークはあなたが自分のことを好いているのを勘付いていますよ。」


「ッッッ!!――そ、そうなん、ですか…!」


「ふふ。ただ、あの子はあの子で婚約者が2人います。それも王族が2人。あの子からアプローチはできませんね。そもそもあの子は奥手っていうのもありますが…。」


 クレアは、ミカゲが将来アークにとって重要な人物になることがなんとなく分かっているため、このような話をしていた。恐らく焚き付けないとそのままズルズルと何もないまま進み、ヤサカ辺境伯家の方で婚約者を見繕ってしまうだろう。


 クレアとしてはそれはなんとしても避けたかったため、早い内からアークと婚約させてしまおうと考えたのだ。これは勿論アークには内緒で行っている。


「早くしないと、どんどんアークに女の子が寄ってきますし、貴方の実家の方で婚約者決められちゃいますよ?」


「――ッ!そ、それは…嫌です…!」


「ふふふ…。それなら、アタックするのみですよ。あっ、サクラちゃん?ちょっとこちらへ。」


「はい!どうされました?さっきから内緒話していたみたいですが…。」


「実は―――――」


「なるほど…。いい案ですね…!これなら―――」





 こうしてミカゲのプロポーズ大作戦は始動した。

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