第45話 帰還と異名

 アークのパーティーはジンたちが帰還した6階層より先の8階層で帰還した。進行スピードは6階層に入ってから格段に落とたが、それでもアークの指示による上手い連携でなんとか進めていた。7階層を突破し、8階層に降りたところでルーミニアが声を掛け、帰還石によって帰還したのだ。






「ふう…。無事戻ってこれたね。…あっ、僕らが最後みたいだ。」


 ダンジョンに入る転移魔法陣の手前にある広場には、クラスメイトの皆と『光翼の癒し』のメンバーとリュウゾウがおり、皆で雑談やら反省会をしているようだ。


 すると、リンカがアークたちの帰還に気付いた途端こちらへダッシュしてきた。


「アークぅぅぅ!!お帰りお帰りお帰り!!!スーハースーハー……」


 リンカはアークに飛びつくと、顔をアークの頭へすりすりして香りを堪能し始めた。


「わぶっ…!!――んんッ!!」


 アークは突然抱きしめられてリンカの豊満な胸に息ができなくなった。苦しくなり、ギブ、ギブとリンカの背中を叩いた。


「ちょ、ちょっと!!リンカアークくんが死んじゃうわよ!!」


「私のアーク様ですよー!離れて下さい!!」


「ちょっと…。離れなさいよ…!」


「離れるです-!」


 ルーミニアとアーク大好き3人組はリンカの醜態にドン引きしたが、それよりもこの変態を引き剥がさなければと思い4人同時に行動に出た。


「うわっ!!ちょっと、何するのよせっかくアーク成分を補充してたのに!」


 リンカは4人に引っ張られるといとも簡単にアークから引き剥がされた。アーク成分という謎の成分を補充していたリンカは4人に対し文句を言った。


「うるさいわね!アークくんだって疲れてるんだから、そんなくっついたら余計に疲れちゃうでしょ!」


 ルーミニアのお叱りにリンカはハッと自分が犯した失態に気付かされた。確かに自分が引率していた生徒たちは既に帰還していたが全員が地面にへたり込んでおり、疲労困憊であることが窺えた。


「そ、そうね。ごめんなさいねアーク。」


「いえいえ…。――あ、それよりも皆さんもう戻ってたんですね。」


 アークとしては若干の気まずさがあったため速効で話題を変えに行った。


「ええ。最初に戻ってきたのはヤマト様のところだったみたいね。その次が私たち女子組で、そのすぐにカー君たちの男子組、ちょっと時間が空いてアークたちだったわ。」


「じゃあちょっとお待たせしちゃったんだ。申し訳ないね…。」


 アークはそう呟くと座り込んでいる皆の方へ歩いて行き、お詫びをした。


「皆、待たせちゃってごめんなさい!そのお詫びってわけじゃないんだけど、ちょっと魔法をかけるね。」


 アークはリンカの“光翼ノ波動こうよくのはどう”をイメージして自分だけの魔法を急遽創り、試してみようと思った。


 リンカは光の魔力で創られた無機質な翼といった見た目であったが、アークはそれを参考にするのみにして自分はリアルな翼をイメージする。


〔光魔法〕――“天使ノ抱擁てんしのほうよう


 鳥類の翼ではなく、天使の翼のような現実味が薄れるふんわりとした翼を背中に3対、6枚展開し、宙に浮かんだ。そして、身体から光の魔力が溢れ出し、その魔力は羽の形となった。


 アークのその姿は正に天使そのものであった。白光りする翼をはためかせ、身体からは白金色の魔力が溢れ周囲を照らしている。アークは実際天使をイメージしていたので、頭上にはティアラのような形状をした天使の輪が浮かんでいた。


「――ッッ!!!これは……“熾天使してんし”じゃ…!!」


 ヤマトはアークの姿を見てそう叫んだ。アークからすればこちらの世界でも熾天使という認識があることは知らなかったので若干誤算ではあったが、まあいいかと楽観視していた。


 アークは3対6枚の翼を羽ばたかせると、光の魔力で形成されたその羽たちはこの広場にいる全員へと舞い落ちていった。そしてその羽たちが身体に触れると、疲れ果てた身体はあっという間に全快し、枯渇していた魔力までも全快した。その効果はリンカが使う“光翼ノ波動こうよくのはどう”の効果のそれとは比べものにならない程であった。


「――ちょっと……。こんなのって、ありなの…?」


「ガッハッハ!俺も似たようなことがあったから分かるが、さすがに理不尽だよなァ。だが、こうも考えられる。お前の能力はアークに役立った。お前がいたからこそアークは成長できた。ってな!ガッハッハ!」


 アークの“天使ノ抱擁てんしのほうよう”の効果を実感し、能力の見た目も効果も自分が使う“光翼ノ波動こうよくのはどう”の完全上位互換である事実に呆然と立ち尽くすリンカであったが、これまた同じようなことをされたリュウゾウは完全に開き直ってリンカへ悪魔の囁き的な助言をした。


「――ハッ!そうね…!私がアークの糧になったのね…!!」


 リンカは単純であった。リュウゾウの目論見は普通に成功し、リンカは腰に手を当て自慢げな表情をしてうんうんと頷いている。


 周囲の反応は、ほぼ全員が信じられないといった様子で佇んでいるのみであった。そして、本物の天使と見紛うアークの姿に見惚れる者が大多数であった。


 それはアーク大好き3人娘だけではなく、クラスの女子生徒の大多数や、一部の男子生徒まで惚れてしまうものであった。


 しかし、そんなことに全く気付いてもいないアークは、“天使ノ抱擁てんしのほうよう”の効果が効き始めると、ゆっくりと降下して地に足を付け、背中に展開した3対6枚の翼を綿毛が散るように消失させた。そして、上手くできたかを脳内でクレアに聞いてみる。


 クレア、いい感じにできてた?初めてやってみたから、悪かったところとかなかったかな?


《―――……はぁ。完璧すぎて怖いです。アークの想像力と魔法構築能力は凄まじいですよ。敢えて悪かったところを言えば、まだまだ魔力操作が甘いっていうことと、発動するまでの溜めがあること、それと全員に行き届いてはいますがムラがあることですかね。》


 ――完璧じゃないじゃん…。でも、現状の僕の能力だったらそこそこいい感じってことだよね。ありがと。


 アークはクレアの評価に納得しつつ、全快した皆へ微笑みを向け、感想を聞いてみた。


「皆、どうだった?リンカお姉ちゃんの能力を参考にしてみたんだけど、体調は良くなった?」


 アークの微笑みは先程の姿と相まって完全に天使と錯覚されて見え、全員が顔を赤くしたり蕩けた顔をしたりまともに会話ができる者はおらず、状況アークが魔法をかける前と変わらなかった。


「あ、あれ?反応が…。だ、大丈夫?」


「「「「「「「「大丈夫です!!!」」」」」」」」


「おわっ!…あ、そうなの…。」


 返事をした者たちは、完全にアークに惚れてしまった者や崇拝している者のどちらかであった。アークは余りの返事の大きさに驚いたが、皆の体調が良くなったことは良くなったので一安心した。


 アークたちはこうして初日のダンジョン実習を終えた。






「――“熾天使してんし”か…。異名にしちまうか。なあヤマト爺。」


「ほっほっほ。そうじゃのう。しかし、それだけじゃつまらんじゃろうて。何か付け足してみてはどうじゃ?」


 ダンジョンの引率を終えたリュウゾウとヤマトは現在学院長室で雑談をしていた。生徒たちの善し悪しなどの報告や、昨日のレギオンアント討伐依頼のこと等を話していた。そして話題に上がったのが、ダンジョンから帰還したアークがしでかしたあの“熾天使してんし”騒動である。


 リュウゾウは偶々ヤマトの近くにおり、その発言が聞こえていた。リュウゾウとしても“熾天使してんし”とはどのような存在かは知っており、それはある程度の知識人であれば知っていることであった。


 アークの見た目は誰もが見ても絶世の美男子であり、それを天使に例えることは間違いではない。それにあの能力を発動したものなら、完全に天使そのものであった。


 これならば“熾天使してんし”という異名も納得できるであろう。


「確かにな。それだけじゃあアイツには足りねェか。んー……。――よし、それなら、“佩刀はいとう熾天使してんし”なんてどうだ?単純に、アークは刀を扱うから佩刀してるしな。」


 佩刀とは、刀を腰に帯びることである。アークは戦闘の大体を刀で行い、魔法は補助的なものとして扱っていることをリュウゾウは知っていた。


「ほぅ。いいんじゃないかのう。“佩刀はいとう熾天使してんし”、中々様になっとるのう。決まりじゃな。」


「ああ。今度アイツがギルドに顔出したときにお披露目してやるぜ…。ガッハッハ!」


 こうして、自分の知らないところでアークは異名持ちとなったのだった。次の無ノ日はアークの異名が冒険者の中で爆速で広まる日となることを本人はまだ知らない。










 ダンジョン実習2日目。午前中は座学の授業をし、午後からダンジョン実習であった。このダンジョン実習はどうやらリュウゾウとリンカが学院長であるヤマトに無理矢理掛け合って実現したものであるらしかった。


 なので、座学は通常通り行われ、午後の実技の授業の時間を使ってダンジョン実習が行われる。


「アーク様、今日はなんだか女の子たちがいっぱい話しかけてきてましたね。」


 サクラは若干嫉妬した風にアークへ話しかけた。普段の教室であればアークの周りにはサクラ、ミカゲ、ミルのアーク大好き3人娘に加え、ジンとたまにツバキの4,5人であった。しかし、今日はアークが教室に入るなり、リンカとリュウゾウが引率している女子組の5人が速効でアプローチしてきた。


 お昼休みは昼食を食べているときはずっと話せていたが、食堂へ行くまでは朝と同じようにあまり話すことができなかった。そのせいでサクラは機嫌がよろしくないようだ。


「ああ、うんそうだね。ギルマスとリンカお姉ちゃんがレギオンアント討伐作戦のこと喋っちゃうから、皆興味津々みたいだったね。」


 しかし、アークはそんなサクラの様子には全く気付かず、レギオンアント討伐作戦のことばかりを聞いてくる女子組の5人は余程討伐作戦のことを聞きたいのかと謎の解釈をしていた。女子組の5人はなんとかアークとの接点を築こうと必死だったため討伐作戦の話題が多めになってしまったのだが、それをアークが勘付くはずもなく、案の定勘違いをしていた。


 そんなアークの様子を見てサクラとミカゲ、ミルはお互いに顔を見合わせ、安堵の表情をした。アークは変に純粋な部分があるので、下手な女に引っかかってしまうのではないかと心配していたのだが、そんなことは全く起きなさそうであった。現に、ミカゲとミル自身もアークを攻略途中であるので人のことは言えないのだが。


「それじゃあ、ダンジョンへ入りましょうか。転移先は8階層でいいかしら?」


「はい、お願いします。」


 ルーミニアはその会話を聞いてアークの鈍感さに笑いそうになっていたが、ダンジョン実習の時間がなくなってしまうと思ったため、早々に会話を遮断してアークへ声を掛けた。


「それじゃあ行くわよ。8階層へ。」


 アークたち一行は転移魔法陣へと乗り、ダンジョンの中へと転移した。アークたちの最高到達階層は8階層であり、この魔法陣にはそのことが記憶されているようだ。そして、1~8階層ならどの階層でも転移が可能Tなっているのだ。今回はまだまだ先へ進めると思ったため、8階層からスタートすることにした。


 もし、この先進んでいって戦闘を行うのに厳しいと感じるようになったら、アークはその階層またはひとつ前の階層に戻り魔物相手に戦闘訓練をするつもりであった。


 実際パーティーの皆がどれくらいまで戦えるのかは未知数な部分が多々あるため、アークとしても慎重に見極めて戦うつもりである。


「――あっ、前回帰還石を使った位置と一緒…?な感じですね。」


「ええ、そうね。8階層はこのエリアしか行ってないから、ここに転移できたって感じね。」


 アークたちは8階層のスタート地点から攻略を開始した。


 この階層は6,7階層の魔物と強さはほとんど変わらず、出てくる魔物の種類もほとんど変わらない。せいぜい1種類増えたくらいである。


「それじゃあ、昨日と同じ配置で行こうか。頑張ろう!!」


「「「「おー(です)!!」」」」


 こうして2日目のダンジョン実習が始まった。

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