第44話 男子組と女子組

 カールニアは若干期待外れであった。もちろん6歳くらいの少年たちであるのでそこまで期待はしていなかったのだが、それにしても戦えなさすぎではなかろうかと思っていた。


 カールニアは名門学校のSクラスと聞いて期待しすぎていたのだ。しかし入学して1年も経っておらず、アークのようにまともに戦えというのも酷な話であろう。


 シンジとケンジは商業区と準商業区で主に中規模商家や小規模商家、平民に対して商売を行う中規模の雑貨商会の息子である。大手商会にまでは行かないが、高等商業区に行くのに最も近い商会として有名である。


 ザックは小規模魔道具屋の息子で、シンジとケンジの父親が営む商会にはかなりお世話になっている。そのこともあり、この3人は生まれてからずっと仲良しである。


 オサムはアプリル男爵家の長男であり、次期男爵なのだが、如何せんおバカなので今後の成長次第では家督を継げない可能性がある。本人はそのことを知ってはいるが、特に行動には起こしていないようだ。


 ボブはSクラス唯一の平民である。かなり優秀で、受験によりSクラスの座を勝ち取ったのだ。それでも性格はかなり大人しめであり、友達と呼べる人物はいない。


「う、うわ!!出たぞ!!ホーンラビットだ!」


「ほ、ホントだ!皆、落ち着いて!!」


「シンジもね!!」


 シンジ、ケンジ、ボブ、オサム、ザックの5名は数度目の魔物に最初よりは落ち着いて対処できるようになってきた。それでもまだまだビビっているのに変わりはないが。


 配置はシンジとケンジの双子が前衛、唯一の貴族であるオサムと、ザックが中衛、そして平民であるボブが後衛となっている。


 最初はボブも前衛で、前衛3、後衛2の配置であったのだが、カールニアの指摘により変更した。魔法職2人が後衛では後ろから奇襲を受けた場合、やられてしまうからである。


 現れたホーンラビットは2体。ホーンラビットは額に生やした角をシンジとケンジそれぞれ向け、突撃を開始した。狙われた2人は萎縮し動くことができずにいたが、そこへすかさずオサムが魔法を放つ。


「え~い!」


 気の抜けるような声と共に放たれた火弾は、ケンジを狙うホーンラビットを正確に撃ち抜いた。火弾を浴びたホーンラビットはその足を止め、身に纏う毛皮に引火した火を振り払おうと必死になっている。


 それに遅れてザックも慌てて魔法を放つ。オサムが狙った方とは違う方へ土弾を放った。


「い、いけっ!!」


 ザックは慌てて土弾を放ったせいか上手く狙ったように飛ばず、ホーンラビットの前足に当たった。それによりホーンラビットはダメージは少ないものの、転ばせることに成功した。


「ケ、ケンジ!!今だ、行くぞ!」


「あ、う、うん!!」


 シンジとケンジはチャンスと見たか、ホーンラビットへ向けて刀を抜き突撃を開始した。シンジが狙う方は火を纏い転がり回っているホーンラビット、ケンジが狙うのはザックの土弾により転んだホーンラビットだ。


 シンジは抵抗を見せないホーンラビットを容易く袈裟斬りで倒したが、ケンジの方はホーンラビットがただ転んだだけのようなものであったため、ホーンラビットも負け時と立ち上がり、再び角をケンジに向け突進してきた。


「う、うわああぁぁ!!!」


 ケンジは完全にビビりながらも持っている刀を振り回し、その刀身はホーンラビットの顔を深く斬りつけた。たまたま当たったのだが、運も実力の内。ケンジの勝利であった。


「や、やった!!勝ったよ兄ちゃん!」


「よくやったぜケンジ!!」


 双子の兄弟はハイタッチをしながら互いに喜び合った。兄のシンジは弟のケンジがへっぴり腰になって刀を振り回していたことになにか言ってやろうかと思っていたが、ここで言っても逆に落ち込ませるだけだと思い止めた。


 今は褒めるだけにし、後で言うことにしようと考えた。戦闘に関しては兄シンジ、勉学に関しては弟ケンジと、バランスの取れた兄弟であったのだ。お互いがお互いの悪いところを指摘し合い、良いところを吸収するという循環が成り立っている。


 そうしてSクラスをもぎ取ったのであろう。


「わ~い!やったね!魔法当たった~!」


「そうだな、俺はなんとかって感じだったけど…。」


 普段何を考えているのか分からないという程ぼけーっとしている男爵家であるオサムは、ここぞと言う時にはしっかりやる男であった。かなりおバカな子なのだが、どこか抜けている代わりに直感は鋭いようだ。


 対してザックは、オサムが魔法を放ったことに気付き、慌てて自分も魔法を放った。まだまだではあるものの、すぐに切り替えて魔法を放つことができたことは評価できる。


 皆が喜ぶ姿を見ていたボブはなかなかその輪の中に入ることができていない。唯一の平民であることや、戦闘に参加できていないことを考えれば仕方のないことなのだが、それでも寂しいのだろう。


 ボブがSクラスに入ることができたのは、勉学がかなりできたことと、〔木魔法〕の適正が高く5,6歳とは思えないくらい使いこなしていたからであった。それに、祖父が元騎士団所属であり、物心ついた頃から刀術に触れてきたため、刀も扱えたのだ。


 これらをボブの祖父が評価し、貴族や有力な商家しか受験しないシンラ王立学院を受験させたのだ。案の定シンラ王立学院の歴史上数人しかいないSクラス所属の平民としてかなり注目されている。


 実際ボブはアーク、ジンに次いで刀術を使いこなせる人物であるのだ。


 散々持ち上げられているのに見せ場がないのは少しやるせない気持ちがあった。


 しかし、そんなボブにも見せ場がやって来た。背後からゴブリンが1体襲いかかってきたのだ。足音に気付いたボブは素早く刀を抜き、後ろへ振り返り刀を構えた。


「ギャギャギャ!!」


 ゴブリンは無策にただ突っ込んでくるだけであったので、日頃から元騎士である祖父と模擬戦をしていたボブには余裕で対処できるものであった。


「――おりゃっ!」


 ボブは冷静にゴブリンの攻撃を躱し、首を斬りつけた。ゴブリンの首を刎ねることはできなかったが、それでも致命傷を与えることができたのでゴブリンはダンジョンへ吸収されていった。


「――へぇ…。やるじゃねえか。見た目に似合わずいい身体裁きだ。」


 カールニアはボブが思ったよりもかなりできることを知り、評価を見直した。見た目ではナヨナヨした感じで大丈夫か?と心配するほどであったが、確かにダンジョンに入ってからは1番落ち着いていた。ボブが中心になればこのパーティーでもそこそこやれるだろうと思い始めていた。


「ボ、ボブ!お前やるなぁ!ありがとな!」


「う、うん…!助かったよボブ!!」


「ああ、さすがは権力なしで入った奴は違うぜ。俺たちの期待の星だな。」


「ありがとねぇ~~。」


 パーティーメンバーである4人はボブに対して素直に感謝した。ボブとしては未だに距離感を掴めておらず、平民である自分は嫌われていると思っていた。しかし、そんなことは全くなかった。


 一部の貴族や有力な商家は平民を下に見ていることがあるが、少なくとも1-Sでは平民を下に見るような者は誰一人としていないのだ。ただ単にボブから皆を避けているだけであって、ボブは嫌われてなどいない。


 思っていた反応とは違っていてボブは混乱していた。それでもお礼を言われたというのは分かったため、一応返事はしておこうと思い口に出した。


「あっ……。うん。ありがとう…。」


「あ?なんでボブまでありがとうって言ってんだ?ははは!」


「あはは!確かに!面白いね。」


 ボブは咄嗟になんとなくありがとうと口に出してしまったが、なぜだか皆には受けたようで内心ホッとした。


 それから男子組は緊張が解れたおかげか、以前までとは違い慌てることもなく(若干はしていたが)着々とダンジョンを進んでいった。そして、特に何も起こることなくその日は無事に帰還した。












「なんだか余裕よね。上層の魔物は私たちの魔法でどうにかなっちゃうし。」


「う、うん…。でも、油断はしないほうがいいよアキちゃん…。」


 貴族であるアキとカナは魔法の教育を学院に入る前から行っていたため、雑魚魔物ではいい的であった。アキは風弾、カナは水弾で魔物を的確に倒している。倒していると言っても瀕死となったところを前衛であるララとジュリが仕留めているのだが。


「そうだねぇ。油断は禁物だねぇ。」


「油断禁物。負ける。」


「まだ上層だから余裕ってだけだわ。今はいいけど、あと2,3階層降りたら気を引き締めればいいんじゃないかしら?」


 ララは王都に居を構える有名鍛冶商会の娘であり、ドワーフである。手にはその身体で支えられそうもないほど大きな鎚を持っており、それをブンブン振り回している。まだ軽々とはいかないが、それでも不自由なく使いこなしている。


 ジュリは冒険者御用達の、道具を扱う大手商会の娘であった。ジュリの格好は完全にくノ一といった格好をしており、その商会はもちろん手裏剣やまきびしなども扱っている。


 後衛を担っているアンナは食材を扱う大手商会の娘である。アンナは一人娘であるのでかなり大切に育てられてきており、魔法も刀もしっかりとした講師に教えてもらっていた。それにより魔法でも刀でもどちらでも戦えるのだが、班分けの際に近接武器職が少なかったためこちらを選んだ。後衛にいれば遠距離からでも魔法は撃てるし後ろからの奇襲の際にも刀で応戦できる。


「この子たちも優秀なようね!アーク並とはさすがに言えないけど、それでもしっかりしてるわ。ホントに1年次?って感じよ。」


「ガッハッハ!アークと比べちゃ可哀想だな。アイツは規格外だ。」


 リンカとリュウゾウは特に何もハプニングが起きないこのパーティーを気楽に見守っていた。そして、2人でこんな会話をしていると、女子生徒たちはその会話を聞いて混ざってきた。


「アーク様って、リンカ様の弟様なんですよね!?どうしてあんなにかっこよくて可愛くて強いんですか!?」


「昨日の騒ぎは、ア、アーク様が、関わっているんですか…?」


 貴族であるアキとカナはキチンと様を付けてアークを呼んだ。貴族社会では女性はどうしても下に見られ、そして丁寧な言葉遣いをしなければならない。将来出席するパーティーで恥を掻かないようにしっかり教育されているようだ。


「え、ええ。本当の弟じゃないけどね…。でも血なんて関係ないわ!アークは私の弟になったんだもの!…あ、なんであんなに可愛いのかは分からないけど、私が考えるには超美人のエルフと超イケメンのエルフの子どもに違いないと思ってるわ!!」


 リンカの考察は完全に外れていた。アークは元にした身体はこちらの世界に実際に存在した人物を用いているが、それをオルタが改造して前世のアークに形を近づけたのだ。つまり、外見は亀梨祐太をベースに創られているので、こちらの世界の親は関係していない。


 しかし、女子たちはそれに納得したようで、おお~と盛り上がっている。


「アークのあの強さなんだけど、あの子相当修行してるみたいなのよね。このギルマスとか、あんたたちの担任のジュウベエさんとか、ヤマト様とかに聞いたんだけどかなりストイックみたい。森に1人籠もって半年間修行するような奴なのよ…。」


 リンカの話を聞いて反応は二分した。凄いとアークを尊敬するようなものと、あり得ないと唖然とするものだ。


 シンラでは強い者が偉くなったりモテるようになったりする風潮がある。モテるのは多少見た目の好み等も入ってくるが。


 6歳という若さで森に修行に出るほど強さを求めるのはかなり好印象だったようだ。しかし、その一方それが本当なのか分からず、本当だとしたら凄すぎると唖然とする反応もあった。それもそうだろう。6歳など身の回りの世話は両親、貴族であれば侍女や執事、料理人が行うのが普通であるのだが、それを全て自分でこなすなど不可能であるのだ。アーク以外であれば。


「ガッハッハ!確かにアークはストイックだな。己が強くなることを常に考えていやがるし頭も良いんですぐ知識を吸収しやがる。さすがに規格外だよな。」


 リュウゾウはアークをべた褒めした。本人の前ではなかなか言わないのだが、いないところであれば気恥ずかしさもなく言えるというものだ。


「それに、昨日の騒ぎは大体アークのせいだぜ。昨日は冒険者ギルド総出でレギオンアントっつう魔物を討伐しに行ったんだが、アークはそこで誰よりも多く魔物を仕留めて、親玉まで倒しちまったんだ。それも一瞬でな。その親玉は中央広場に展示される予定だから、見に来てくれよな。絶対驚くぜ?ガッハッハ!」


 アークが秘密にしていたことはサクラや皆に知られてしまってはいたのだが、詳細には知られていなかった。ただアークが無茶をして倒れたということだけを知っていた5人は、アークが1番活躍したと知り、もう心を奪われてしまった。


「アーク様……。婚約したい…。」


「私もよ…。公爵様でイケメンでかっこよくて可愛くて最強で優しくて……。あんな有望株この先他に現れないわ!」


「ウチたち商家出はねぇ。無理だよねぇ…」


「ん。無理。サクラ様みたいに既成事実なら。いけるけど。」


「バ、バカ…!!そ、そんなこと、で、できないわよ!!」


 女子たちはアークとどうやって縁を結ぼうかと思案の海に飛び込んだ。


「あーー……。これはやってしまったかしら…?」


「ガッハッハ!アークは公爵なんだろう?なら全員もらっても大丈夫だな!ガッハッハ!」


 リンカは青ざめ、リュウゾウは豪快に笑った。アークの苦労はこれから始まるのであった。

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