第39話 レギオンアント討伐作戦6

『ギギイイイイィィィィィ!!!!!!!』


 レギオンアントの巣穴の中に金属が擦り切れるような音が響いた。その音を発した主は、現在いる場所からでも確認できる。巣の最深部に位置するであろう空間の奥には、巨大なレギオンアントが鎮座していた。クイーンは7~8m程の巨体で、頭部には王冠のようなものがあり、胴部には2対の羽が付いている。色は黒みのある銀色をしており、いかにも堅そうな甲殻をしている。


 最深部はかなり広い空間になっており、5m程あるルークが約10体、その他のレギオンアントたちも総数約1000体もいることが確認できる。


「おうおう、これ程の規模まで拡大しやがってよォ…。俺が出張ることになっちまうたァ、ちっとばかしやり過ぎなんじゃねェか?」


 普段からサボり症であるリュウゾウは戦場に駆り出されることには発散できてよかったのだが、今回ばかりはさすがにストレスも溜まったり面倒だったりと、不満だったようだ。


「そうっすね…。あの時は油断したっすけど、今回ばかりは復讐してやらないといけないっすから。モリシゲさんの分まで暴れるっすよォ!」


「ああ、俺たちもモリタと仲良かったしな。大事な冒険者仲間を奪ったお前らは許せねえぜ!」


 タカとカールニアの言葉にモリゾウも、んだんだ!と声を上げている。実際ここにいる冒険者たちはモリタという人物にはかなりお世話になっている者たちばかりであった。その仇討ちだと意気込んでいる者がほとんどである。


「お前らァァ!!行くぞォォォ!!!!」


 リュウゾウの雄叫びと共に冒険者たちはレギオンアントの集団へ突撃していった。魔法職の冒険者たちは現在地で展開し、広範囲の魔法を飛ばし始める。魔法職たちはルーク10体分の魔法の対処に専念することになったようだ。


「うわ…。これ中々厳しいんじゃないか…?僕は休んでろって言われたけどそんなこと言ってる場合じゃないですよね?」


 アークは隣にいたリンカに自分も参加したいという意思を伝えた。


「んー…。そうね…。仕方ないか、アーク。ちょっと助けてあげて。無理しないようにね?」


「はい、分かりました!それじゃあちょっとルーお姉ちゃんのところ行ってきます!」


 アークはそう言って駆けだした。それを聞いたリンカはハッとした表情をして、慌てて止めようとした。


「あっ!待ってアーク!ルーちゃんのところじゃなくても……って行っちゃった。くそー、絶対自慢されるぅ…!」


 が、遅かったようだ。レギオンアント討伐依頼が終わった後、ルーミニアによる自慢話を長々とされることになるのはリンカには予想できることであった。








「ルーお姉ちゃん!リンカお姉ちゃんに言われて援護に来ました!」


「ア、アークくん…!助かるわ!嬉しい!もっと呼んで!!」


 ルーミニアはよく分からないことを言っていたが、アークはもう既に戦闘の準備に入っており、あまり聞こえていなかったが、助かると聞こえたのは認識できていたので戦闘許可は出ただろうと思っていた。


〔精霊魔法〕――“地精霊召喚ノームしょうかん


 アークは地の上位精霊ノームを召喚した。ノームは薄茶色のオーラを纏った活発な少女といった風貌をしており、背丈はシルフやウンディーネと同じくらいであった。地属性を司る精霊なので、ルークが飛ばしてくる岩の礫を一手に任せてしまおうと考えたのだ。


「おうアーク!来てやったぜ!シルフとウンディーネがご褒美ご褒美うるさいからウチももらえるんだよな!?」


「あー…。そうだった…。まあ、そうだね。分かったよ。だから頑張ってね!」


「おう、任せな!ウチはやるときはやる女だからね!んで、何すればいいんだ?」


 ノームはやる気に満ち溢れた様子でアークの指示を待っている。アークからのご褒美と聞いてかなり羨ましかったのだが、今回そのご褒美が自分ももらえるとなりかなり張り切っていた。


「ノームにはあのでっかいレギオンアントから飛んでくる岩の礫を他のレギオンアントたちにぶつけて欲しいんだ。それと、もしできたらそれの他に魔法でやっつけちゃってもいいからね。」


 アークはまだ本調子ではなく、また〔力学魔法〕による“力線改変りきせんかいへん”を使うと今度は倒れそうだったのでノームに任せた。アークは自分では負担の軽い魔法でレギオンアントを倒そうと考えたのだ。


「おう、お安いご用だよ!それじゃあ、行ってくるよ!クレア様もまたな!」


 ノームは指示を聞いた途端、飛び去っていった。一応クレアにも声を掛けてから行く辺り、上下関係はしっかりしているのが分かる。


 ノームが飛び去ってから数秒、ルークが放っている〔地魔法〕の岩の礫は次々とレギオンアントたちを襲っていた。先程アークがやっていた〔力学魔法〕の軌道とは違く、魔法の主導権を奪い、意のままに操っているようであった。上位精霊からすれば簡単なことなのだろうが、人間からしてみたらあり得ないようなことである。


 アークとしてもまだ真似できないことであるが、その内できるようになることだろう。


「ア、アークくん…?あの上位精霊もアークくんが召喚、したのよね?」


「あ、はい。そうですよ。これでかなり楽になると思いますから、頑張りましょうね!」


「…あ、うん。頑張りましょう。」


 ルーミニアはアークだからと思考を切り捨て、納得することにした。いくら考えても無駄であるとこの時完全に理解したのであった。


 ルーミニアは魔法を撃つのを再開し、迎撃に使っていた魔法とは違う殲滅用の魔法に切り替えてルークに向かって撃っていた。上級の魔法職冒険者たちはルークへ、その他の魔法職冒険者たちはルーク以外のレギオンアントたちへ魔法を撃つ。






 10数分もすると、ルークは半分になり、レギオンアントの総数は5分の2程にまで減ってきている。


 すると、今まで動きのなかったクイーンが動き出した。ルークとは比べものにならない程大きな岩の礫を大量に展開し始めた。


「うわ、やば!今はノームも手が離せなさそうだし、僕がやるしかないか…。」


 アークはノームの様子を確認するとルーク相手に夢中になっており、クイーンの方には全く気付いていなかった。めちゃめちゃ楽しそうに空中を舞い、魔法を操っている。


 アークは覚悟を決め、前回使った時の改善点を思い浮かべながら魔法を使う。


〔力学魔法〕――“力線改変りきせんかいへん”――“星屑ほしくず


 アークは大きな岩の礫を引張の力によって粉々に砕こうと魔法を使った。しかし、まだまだ使いこなせておらず、半分ほどは粉々にすることができたが、その他はまだまだ大きめの岩の礫が残っており、こちらに向かって飛んできている。


「うわ!やばい!!」


〔力学魔法〕――“力線改変りきせんかいへん”――“流星群りゅうせいぐん


 アークは咄嗟に岩の礫の進行方向を垂直に改変させた。一瞬ヤバいと思ったが、その真下にはレギオンアントしかいなかったので大丈夫であった。


 アークはホッとしたが、その安心と同時にピコンッと思い付いた。


「“星屑ほしくず”と“流星群りゅうせいぐん”いい感じに組み合わせられそうじゃないか…?」


星屑ほしくず”は相手の魔法を霧散させ、無効化させることと目眩ましすることを目的としてアークなりに開発した。“流星群りゅうせいぐん”は相手の魔法や飛び道具を垂直へと進行方向を改変させる回避技として開発した。


 今回は真下にレギオンアントがおり、“星屑ほしくず”で粉々にすることができなかった岩の礫が“流星群りゅうせいぐん”によりいい感じに攻撃へと変わり、色々使いこなせそうだと思ったのだ。


《―――それは追々考えましょう。今は集中して下さい。》


「あ、うんそうだね。またクイーンが魔法撃とうとしてるし…」


《―――まだ使いこなしてないんですから、簡単に他の魔法でもいいんですよ?修行の時に使いこなせるようにすればいいんです。》


 アークの頭の中は完全に〔力学魔法〕でいっぱいであったので、クレアは忠告した。アークは無理に〔力学魔法〕を使わなくても他の魔法や刀術によって余裕で対処可能なのだ。


「そうだね。確かに今は変にチャレンジして失敗する方が怖いか。じゃあ僕はクイーンの魔法処理担当ってこと―――で!」


〔暴風魔法〕――“嵐牙らんが


 アークは刀を抜き放ち、刀に風の魔力を込めながら一瞬の間に10数回振り抜いた。“嵐牙らんが”は“春蘭しゅんらん”状態の時に使う技なのだが、その状態ではない時でも簡易版のようになってしまうが使用することはできる。アークの魔力は莫大であるので威力が大きく変わると言うことはないのだが。


 アークが放った“嵐牙らんが”により、クイーンが放った岩の礫は切り刻まれた。しかし、向かってくる勢いは減少したものの、それでもまだこちらに向かってきていた。アークはここで先程思い付いたことを試してみようと考えた。


〔力学魔法〕――“力線改変りきせんかいへん”――“流星群りゅうせいぐん


 丁度岩の礫が残っているレギオンアントたちの頭上に来たのを確認してから先程使った“流星群りゅうせいぐん”を使った。この技は力線を垂直に改変するだけなのでまだ使いやすい技であったためもう一度使ってみたのだ。


 アークの目論見は見事成功し、レギオンアントの数はかなり減っていた。残すはクイーン、ルーク3体、ジェネラル30体、ビショップ5体、ナイト30体、ポーン50体程となった。


 ここまで急速に減ったのはノームがルークの魔法を利用してレギオンアントたちを掃討していたからであった。そんなルークも魔法が通じないことがようやく分かったのか、魔法を撃つのはやめて物理攻撃を仕掛けてきている。それらはモリゾウを中心にタンク組が防いだり、他の冒険者たちは躱したり受け流したりしている。


 ルークの魔法が来なくなり暇になってしまったノームがアークの元へ戻ってきた。


「なんだか暇になっちまった!ある程度片付けたけど、どうする?まだやってやろうか?」


「うーん、いや、もう大丈夫そうだね。戻って大丈夫だよ。」


 アークは戦況を見てもうノームがいなくても大丈夫だと判断した。


「おう!んじゃあまた呼んでな!それとご褒美期待してるぜ!なはは!クレア様もまたな!」


 ノームはそう言い残し消えた。アークとしてはなぜご褒美をあげなきゃいけないんだと思ったが、いい働きをしてくれたのでまあいいかと軽く考え、その思考を切り替えた。


「よーし、そろそろ最後の仕上げをしなくちゃね。僕の考えによるとかなり簡単に終わりそうだけど、大丈夫かな…。」


《―――いいんじゃないですか?素材も残って冒険者ギルドとしては最高なんじゃないでしょうか。》


 アークの考えを読むことのできるクレアはその考えに是を出した。その方法であればかなり楽にかつ短時間で片が付くのだ。


「だよね。それじゃあ、やってみようか。」


 アークは体内の魔力に意識を向け、これから繰り出す魔法を想像する。その魔法は複数の属性魔法や特殊魔法を用いたもので、かつアークとしては初めて使うものであった。


“水・風・結界”――〔複合魔法〕――“氷獄結界ひょうごくけっかい


 大量に発生させた水をクイーンの足下から全身を覆うように絡みつかせる。クイーンは必死に暴れ全身に纏わり付く水を振り解こうとするが、いくら振り解いても次から次へと水がこみ上げてきており、ついには全身を覆われてしまった。


 そして、突如渦を巻くような風が吹くと、その水の温度を急速に奪っていき、徐々に凍り始める。クイーンは水に覆われた途端動かなくなったのだが、それは〔結界魔法〕による動きを阻害する結界を水中に展開していたためであった。


 クイーンの全身を覆っていた水は完全に凍りつき、クイーンの活動は完全に停止した。まだ死んではいないのだが、この氷は体内にまで浸食して凍りついているのに加え、呼吸もできないので数時間したら完全に息絶えるであろう。


「ふぅ…。クイーンの氷漬け、完成!」


「「「「「「完成!じゃねーよ(じゃないわよ)!!」」」」」」


 こうしてものの数分でほかのレギオンアントたちも討伐され、無事に討伐依頼は完了したのだった。

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