第25話 天使と悪魔
皆に体内の魔力とその流れについて感じてもらい、そして自分の体内で動かす修行を開始させた。やはり全員が動かすのに苦戦しているようだ。1人を除いて…
「ほうほうほう…。儂はこのような訓練はしたことがなかったんじゃが、たしかにいい訓練じゃな。まだ若干スムーズにはいかなんじゃが、これができるようになれば、儂が使えなかったあの魔法も………。むふふふ。」
ヤマトは今まで全て感覚のままに魔力を操り魔法を扱ってきた、所謂天才型のため、こういった修行やら訓練やらをしたのはあまりなかった。理論を構築し、このようにしたらこうなる、といった作業の繰り返しと研究によって己の魔法技術を高めてきたのだ。
アークが最初に行ったこの訓練は、基礎中の基礎であり、しかしこれは魔法を使う上でかなり重要なことであった。そのことに気付いてしまったヤマトは、現役時代に成し遂げることができなかった究極の魔法に夢を馳せ、気持ちの悪いだらしのない顔をして笑っている。
「ヤマト爺……。その顔やめて下さい。皆が引いてますよ…」
「む?…おっとすまんのぅ。自分の可能性が更に広がったと思うとついのぅ。ほっほっほ。」
「―――その魔法で破滅しないようにして下さいね…。」
アークはヤマトが考えている魔法が攻撃的な魔法じゃないことを祈りつつ、皆を見守った。
そして、この修行は夕食の時間になるギリギリまで続けられた。初日はさすがに誰も魔力を動かすことはできないだろうと思っていたが、なんとか全員が少し動かせる様になっていた。アークとクレアは自分の魔力を感じられるだけでもすごい進歩だと思っていたのだが、思ったより優秀なようだ。
「皆さん、お疲れ様です。今日はここまでにしましょう。私たちがアドバイスできる時間はこの時間だけですが、修行に充てられる時間は他にたくさんありますので、皆さん頑張って下さいね?」
なんだか圧があるような発言をするクレアさん……。なんだか怖い。
《―――あらアーク、今夜はお仕置きですね?今夜の修行時間は2時間少なくしましょうか。うふふ…》
ひえええ!!地雷を踏んでしまった…!こうなったクレアさんは止められない…!
「―――あ、皆さん、ひとつプレゼントがあります。こちらの結晶をどうぞ。」
クレアはそういって1人1つ、黒い結晶を手渡した。なぜかヤマトにも。
「むむ?これは魔吸結晶じゃな…。ちいとばかりの魔力を吸収するだけの結晶として全く価値がない結晶じゃが…。」
そう、これは魔吸結晶と呼ばれる結晶である。鉱山の採掘で少量採れるこの結晶は、様々な利用法が研究されてきたが、その結果、無価値の烙印を押された。
「そうですね。これは魔吸結晶と呼ばれていますが……。本当の名は魔蓄結晶といいます。魔力操作がしっかり扱える者のみがこの結晶に魔力を蓄積することができるのですが、より詳しく研究される前に無価値の烙印が押されてしまった可哀想な結晶ですよ。」
「―――そ、そうじゃったか…!!こ、これは公表すべきか……どうするんじゃ…?」
「私からはなんとも。そもそもこれをできる人は少ないと思われますので、安易に広めても魔力操作が上手い人を巡る争いが起きそうですね。」
魔力をあらかじめ貯めておけるなんて、魔物との戦闘や国家間の戦争に於いてかなり貴重なことだ。魔力を溜める役割だけの人間として延々と搾り取られることになる人間が生まれてしまう可能性がある。
「むぅ……。そうじゃな。公表はせんでいいか。皆も、他言せんようにの。」
「「「「「は、はい!」」」」」
「それじゃあ、この結晶の使い方について教えます。といってもただ手に持って魔力操作によってこの結晶に魔力を流し込むだけなんですよね。皆さん、試してみて下さい。」
ヤマトを除く皆はほんの少し魔力を動かせる程度なのだが、一度試させるようだ。
「ふん……!あ、あれ?なんか抵抗されてる感じで入っていかない…!」
「ほ、本当です…!魔力が入っていかないです…!」
「魔力が空気中に漏れ出るわね…!」
皆思い思いに試しているようだが、上手くいかないようだ。
「流す魔力を強めたり上手く制御できなかったりすると魔力が漏れて、魔力がなくなって倒れてしまうこともあるので気を付けて下さい。これをやる上で意識して欲しいことは1つです。それは、空気中に魔力を漏れ出させないことです。―――しばらくは先程行っていたものに加え、この結晶を使った修行も行いますので、皆さん頑張りましょうね?」
「「「「「はい!クレアさん!!」」」」」
「あら、皆さんいい返事ですね。うふふ。」
あ、あれ、僕は?
アークはちょっぴり寂しくなったが、これは適材適所というものだと思い、自分は実演係とちょっとした相談役に徹しようと決めた。
「あ、ひとつ言い忘れていました。魔力量を増やす方法についてなのですが、これは寝る前にできるだけ魔力を最大まで使い切ってから寝て下さい。そうすれば、自ずと魔力量が増えていきます。他にも方法はありますが、これが現状で最も簡単な方法ですので。」
クレアは魔力操作の修行と魔力量を増やす修行を同時進行させるようだ。かなり理にかなっており、よく考えられている。これにより次のステップに進む際に効率よく修行が行える様になったであろう。
そうして1日目の修行は幕を閉じた。
夕食は、寮の食堂で食べるか、自分でつくるかどっちでもいいらしい。アークはお昼には食堂を利用したので、同じような食べ物が出るのだろうと思い、自分でつくろうと思ったが、
「アーク様、お夕飯はご一緒に食堂に参りましょう!」
サクラが満面の笑みでそう言ってきたので、どうするか、と思案した。
「皆はいつも食堂で食べるの?」
一応皆に聞いてみた。おそらく皆には侍女さんか執事さんが付いているはずなので、自室で食べることもあるかと思ったためである。
「んー、僕は半々かな。侍女の子がどうしてもご飯をつくって食べさせたいって子なんだ。だから廻の半分は自室、もう半分は食堂って感じだね。ちなみに今日は食堂だね。」
惑星オルタは、1週間の数え方を廻と呼ぶ。1ノ廻、2ノ廻……となるのだ。更に、1ノ廻は8日あり、それぞれ火ノ日 水ノ日 風ノ日 地ノ日 木ノ日 光ノ日 闇ノ日 無ノ日となっていて、休日は無ノ日だけである。
1年は12ノ月あり、1ノ月は8日×4ノ廻で32日。つまり、1年は384日あることになるのだ。
ジンは、廻の半分を自室で食べているということは、廻の4日は自室、4日は食堂ということである。
「私は、基本食堂に行きますよ!おいしいんですから!」
「ミ、ミルもです…。たしかにおいしいです…!」
サクラは毎回食堂に行くようだ。しかし、王女様が毎回食堂に現れる学校というのも凄いものである。それに、ミルも毎回食堂のようだ。ミルは留学生であるので侍女はいないようだ。
「私はいつも自室ね。あまり人が多いところは好きじゃないもの。」
「……私もね。」
ツバキとミカゲは自室であるらしい。たしかにこの2人は人混みが苦手そうである。侍女さんがつくっているのだろう。
「あ、儂はいつも自宅じゃぞ。」
……なんだかあまりいらない情報が入ってきたが、まあいいだろう。
「あー、そうなんだ。僕は自炊しようと思ってたんだけど、サクラ、僕の部屋で食べる?僕がつくってあげるよ。」
アークは毎回食堂に行くというサクラにそう言った。本当はミルだったりジンだったりを誘いたかったが、侍女さんがつくってくれるミカゲやツバキがいる手前、ミルとジンを誘うのはなんだか悪いかなと思い、婚約者であるサクラだけ誘ってみた。
「え……!!本当ですか!?ぜ、是非お願いします!アーク様の手料理……!!」
感動に打ち震えているサクラを見て、全員が羨ましそうにしている。…ヤマトも。
「アーク様、皆さんはなんで誘わないんですか?」
サクラは感動していたが、不意に我に返ってそう聞いた。
「あー…。ミカゲさんとツバキさんには侍女さんがご飯をつくって待っているかもしれないかなって思ったし、そこでジンとミルさんを誘うのはなんだか2人に申し訳ないし…。サクラなら婚約者だからいいかなって…。」
婚約者と口にするアークは若干顔を赤くして照れた。その様子に全員がキュンッとしたのは仕方のないことであった。
「―――そ、それじゃあ、今日はジン様とミルちゃんと食堂で食べましょう?そして、明日はアーク様のお部屋で皆さんとお食事したいです!」
サクラ―――めっちゃいい子!皆にしっかり気を配れるなんて、できた子や!
サクラはただミカゲとミルをアークとくっつけるべくそう発言したのだが、アークには気配りできるいい子として認識された。
「うん、分かった。ありがとね、サクラ。よしよし。ふふ。」
アークはなんだかサクラがとても可愛く思えてきて、抱きついて頭をなでなでした。
「あ、あああ、あーくしゃまあぁぁ……!!ぷしゅうぅぅ――――」
「あ、あれ?サクラ!?だだだ大丈夫!?」
あまりの唐突なアークの抱きつきと頭なでなで、そして至近距離の天使の微笑みにより、耐性があったサクラでさえ昇天してしまった。
これをみた面々は、アークの恐ろしさを目の当たりにし、戦慄した。しかし、その表情は照れて赤くなっていたことは内緒である。
これは、後にヤマトによって、『天使と悪魔』という小ネタにされるのだが、アークはまだ知らない。
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