第20話 一目惚れと顔出し

 教室内の反応は驚愕の一色に染まっていたが、その原因は2つあった。


 王女の自らの暴露による驚愕と、アークの素顔を見てしまったことによる驚愕。前者の理由で驚愕している者は興奮の空気に包まれていたが、後者の理由で驚愕している者は、信じられないものを見てしまったような、静まりかえった空気に包まれていた。


 アークの顔を見てしまった4人、ジン、カズマ、ミカゲ、ミルは、アークがお面を付けろと言われていることを一瞬で理解することになった。


 教室内はサクラの暴露により騒がしくなっていたが、この4人はそんなこと意にも介さずにただ驚愕に放心していた。そして思ったことは四者四様で違っていた。そんな中、ミカゲはポツリと呟いた。


「―――一目惚れ…しちゃった……」


 それは初恋だった。今まで見てきた男の誰よりも美しく整った顔は、色恋などに全くの無関心であったミカゲの心を大きく揺さぶった。今まで姉から散々聞かされていた、読書の時間を邪魔してまで聞かされていたものはこれだったのかとこの時ミカゲは知った。あまりの衝撃につい呟いてしまったが、ミカゲ本人はそのことに気が付いていなかった。


 その呟きを聞き取れたのは、ミルとアークだけであった。エルフは元々聴覚がいい。森で生活する上で、やはり五感は重要であり、特に視覚と聴覚が優れているのだ。それはもちろんアークも該当しており、聞こえてしまった。


《―――また1人、いえ、2人落ちましたね。》


 でた!クレアの落ちました宣言!僕も聞こえちゃったから分かっちゃったけど、2人?まあいいのだ。今はこの騒ぎをなんとかせねば。


「さ、サクラ、大げさに言わないの。ほら、みんなも落ち着いて。ゴツゴツ侍さん!なんとかして下さいよ!」


「あ?ああ、まぁ俺は知ってたからそれ程驚かねえが、それにしてもアークは美人だよな。そりゃサクラ様がほっとかねぇこったぁ!ガハハハ!」


「おいゴツゴツ!火に油注いでんじゃないよ!もう!」


 あまりの発言につい省略して怒ってしまったが、本当になんとかしなければいけない。


「ゴツゴツだけにすんな!ああ、分かったよ。おいお前らー、屋外訓練場行くぞ!ビリの奴は罰があるからな!さあ行け!」


 クラスの皆はこれまで騒いでいたのが全くの嘘のように一斉に訓練場に走り出した。アークは訓練場がどこにあるのか知らないため、どうしようかと思っていたが、サクラが引っ付いていたため、案内役が確保できていた。


「アーク様、一緒に参りましょう?」


「うん、お願いね。」


 散々クラスメイトにからかわれていたため顔が真っ赤になっていたが、今ではやや引いているサクラに腕を引かれながら訓練場に駆ける。


 そして、教室には、ジンとメイ、ミカゲに、ジュウベエが残っている。カズマはなんとか意識を保ちつつ、放心した様子でクラスメイトの後を追った。


「―――ケンシン様とアークの爺さんが顔を隠すように言っていた理由が分かったか?ははは。」


 ジュウベエはケンシンからある依頼を受けていたのだが、若干の失敗をしてしまった。その依頼は、アークがクラスメイトに馴染んだ頃、全員に心の準備をさせてからお面を外させ、アークによる心のダメージを軽減させるという依頼だ。


 その依頼はなんとか失敗には至っていないが、4名には見られてしまった。その内の男子2人―――ジンとカズマはまだ良かったが、ミカゲとミルには相当きているだろう。2人ともの様子を見るに、どっちも惚れただろう。


 ミカゲは意外だったが、ミルはエルフだ。あの最強顔面のエルフを見てしまったらそれはもう、どうしようもない。


「―――はい。父上から聞いてはいましたが…。あれ程とは……。」


 ジンはクシンから、この世で最も美しい顔をした者が学院に現れるだろうと言われていた。そのような発言にとうとうこき使われすぎておかしくなったのかと思っていたのだが、事実であった。


「いつか、お面を外して色々語らいたいものですよ。ははは。」


 ジンはアークと友人になりたいと思っていた。しかし、お面で顔を隠しているとなると、本物の友情は芽生えないのではと思っていた。


「―――ミルがいた里には、あんな美しい子なんて、いなかったです……。」


 ミルはエルフの里から留学生として来ていた。シンラは、フォレストピア大森林と友好を築くため、毎年一人ずつお互いに留学させている。本人は、1年で戻ることもできるが、数年間滞在することもできる。お互い住む環境の違いや仲間はずれ感により1年で帰ってしまっているのが現状だが。


「―――この歳で番を見つけたのは早いって怒られるかもだけど…もう決めたのです……」


 エルフは基本長寿のため、なかなか番をつくることがないのだが、稀にこういったことが起こる。そうして生まれた子には精霊からの寵愛が送られると言われている。エルフは無理矢理子を成そうとしてもできない。互いの愛がないと子どもが授からないため、稀にしか精霊の愛し子が生まれないのだそうだ。


「―――ど、どうしよう……もうまともに話せる気がしないわ……」


 ミカゲは完全に落ちていた。少し話しただけでも他の男とは違うことは分かっていたが、まだ、それまでだった。しかし、アークの顔を見た途端、完全に一目惚れしてしまった。少しでも視界にアークが入るようなものなら、頭が真っ白になる自信すらあった。


「それに…サクラの婚約者だなんて……。諦めるしかないの……?」


 赤くさせていた顔が瞬時に白くなっていく。大事な友人であるサクラの婚約者を横取りになんてできるわけがないと思い、諦めるしかないのかと、涙が溢れてくる。


 ジュウベエはオロオロしていて使い物にならず、ミルは自分の世界に入っている。ジンはため息を吐きながら、自分しかいないのかと思い、ミカゲを励ます。


「はぁ…。ミカゲ……。君は1つ勘違いをしているね。アーク君は確かにサクラ様と婚約した。それにシオリ様ともね。それはつまり、アーク君は一夫多妻を認めたんだ。それに君はサクラ様の親友だろう?私も婚約者の輪に入れてくれって頼めばいいじゃないか。誠心誠意アーク君への気持ちを伝えてね。」


「―――え?…な、なんでジンが私の気持ち知ってるの…!?」


「君、声漏れてるから。」


「はっ…!!そ、そうだったの…でもありがとう。私、頑張ってみるわ。」


 ミカゲはこの想いが結ばれるかは分からないが、それでもアークとサクラにこの想いを伝えることを心に誓った。


「―――お、おし。そろそろいいか?じゃあ訓練場行くぞ?」


 なんて頼りない先生なんだとジンは思っていたが、口には出さなかった。ただ、ビリの罰だけはこの先生に受けさせてやろうと考え、ミカゲとミルにこっそりと耳打ちした。









 アークたちが訓練場に到着した約5分後、ジンたちが訓練場にやってきた。最後尾にはジュウベエがおり、なぜか悔しそうにしている。


「くそ!嵌められた!」


「先生、罰として、クラス全員分の食堂1食分おごりね。」


「あーあー、分かったよ。ったく。」


 クラスの皆は食堂でおごりだと聞いて舞い上がっている。それにしても20人分のお昼代とか、バカにならない。


 まあ、僕は皆と食べるわけにはいかないから関係ないんだけどね。


 そうアークが思っていると、ジンが話しかけてきた。


「アーク君はお昼ご飯はどうするんだい?皆で食べるとなると、お面を外さなきゃいけないけど…。」


「あ、うん、僕はいいかな。皆で楽しんでよ。お昼休みはやることがあるんだ。」


「そうなの?ちなみに、何するんだい?」


「ん?修行だけど…。」


「……え?修行?」


「アーク様!学院に来てまでしなくてもいいじゃないですか!!」


 サクラが腕をブンブン振りながら必死に訴えてくる。でもな-…どうしようかなー。


《―――お昼休みくらいは休んでもいいんですよ。》


 ……うん、分かった。でもさ、お面外さなきゃいけないんだよ?


《―――私的にはお面なんか付けないでいいと思うんですが。》


 そんな時、ジュウベエが決心したような声を出した。


「……よし!!アーク、お前、お面外せ。」


「え!!どうしたんですか急に。」


 急にお面外せなんて言われても困る。


「あー…実はな。ケンシン様からせめて学院ではお前がお面を外して生活できるようにしてほしいって頼まれてな。時期を見て外させようとしたんだが、今外しても後で外しても変わらんだろうしな!」


「あ、そーだったんですね。」


 王様がそこまで考えてくれているとは…さすができる男は違う。


「よしお前ら、今から言うことちゃーんと聞いとけよ。アークがお面を付けている理由は単純だ。それはな、めちゃめちゃイケメンで顔が整いすぎてるからだ!!」


 ―――あら。しーんとしちゃったよ。たしかに端から見たらこの人何言ってるんだって感じになるんだけど。まあ、僕自身はあんまりイケメンだとは思ってないし僕的にはもう外したいんだけどね…


「お前ら、信じてないかもしれんが、ガチだからな。よし、お前らは頭の中で世界一イケメンの顔をアークに当てはめろ。―――できたか?それじゃあ、外せ!」


 え、マジで?―――ええい、ままよ!これでフリーダムなのだ!


 アークはゆっくりお面を外し、ゆっくり下へ降ろしていった。


「…ど、どうも…。あはは……。」


 その困ったように微笑んだ顔は、天使と見紛うかの如き微笑みであり、クラス全員の心を男女関係なく揺さぶった。


「か、か、可愛いですわ…!」


「や、やばいな…。可愛い…。」


「イケメンだわ!イケメン!それに可愛い!」


「…美少年ってやつだな!!」


 やっぱり僕は可愛い系なのか?キレッキレのイケメンが良かったよ神様…全くいじってくれないんだもの…


「ほらな、言っただろ?よし、これで食堂行けるな。でも他のクラスのやつらに騒がれそうだから、俺らでガード固めるか!」


 それはありがたいや。これで少しは居心地が良くなったかな?

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