影抜き鬼

ぴよ2000

第1話



「学校や仕事からの帰り道。人気のない道を歩いていると、誰もいないはずなのに後ろから足音がする。振り返ってみても誰もおらず、気のせいかと思って歩き出すと、再び足音が聞こえ始め、また振り返ってみても誰もいない。そんな事が何度も続いて……という話を知っていますか」

「いや知っているも何も、それ私の経験談だし」

 篠塚愛実しのつかあいみの突っ込みに、「そうでしたね」と由宇崎優奈ゆうさきゆうなが素っ気なく答える。篠塚は呆れたように笑ったが、束の間、真剣な面持ちに切り替わり、きいっと由宇崎を睨みつけた。

「私をここに呼び出したって事は何かわかったの?」

 篠塚が言う「ここ」とは、旧校舎のとある教室。

 鉄筋コンクリート造の新校舎とは違い、木造の梁やアスベストで塗り固められた天井が至る所で目立つ。外観は一昔前のドラマや映画に出てくるような『学び舎』そのものだが、いくら外見がノスタルジックでも、中身が朽ちていることに変わりはなく、所々腐食した床板は素直に危ないし、黴と埃のにおいが鼻をつくたび気持ちの悪さを覚える。

 よほど特別な事情がない限りは、いくら校内で変人と名高い由宇崎だって約束の場所にこんな所を選んだりはしないだろう。

「何かわかったのかもしれませんし、わからないのかもしれません。篠塚さん、とりあえずはその、私が用意した椅子に座ってくれませんか」

 そう言って、由宇崎は教室の隅にあるパイプ椅子を指差した。篠塚は、咄嗟に質問に答えようとしない由宇崎にむっとしたが、全く動じる様子もない彼女に「その椅子は旧校舎の体育館の中にあった、比較的新しいものです。拭いておいたので綺麗ですよ」と促され、左手に持っていた学生鞄を脇に置き、諦めて着席した。

「……その華奢な身体でよく運んだわね」

「まあ私なりに頑張ったわけです」

 由宇崎は女生徒の中でも高身長の部類に入り、その体躯も細身ですらっとしている。

 運動部に所属する篠塚と違い、その腕や脚もしなやかで細く、決してたくましくは見えない。いや、外見上力仕事と彼女が上手く結びつかないだけかもしれないが。

「で、話を本題に戻すけれど……まずそれは」

 篠塚が、由宇崎の足元を指差した。由宇崎の足元にあるのは……いや、描かれているのは

白のチョークで描かれた五芒星。いや、五芒星だけではなく、教室中の至る所に幾何学的な模様がいくつも描きちりばめられていて、その光景はまるで、「ええ、お察しの通り。これは儀式の準備です」何でもないように由宇崎は答えながら、教室の出入口を閉め、扉と壁を繋ぐように、チョークで「×」を描いた。

「儀式って」

 よく見ると、自身が座った椅子の下にも紋様が描かれている。

 線が複雑に組み重なっていて、一言では表しにくい印ばかりだが、篠塚は昔にプレイしたテレビゲームを思い出した。ダンジョンを巡るRPGに出て来た、主人公が唱える呪文の吹き出し。ミミズが走ったような文字で、敵のゴースト系モンスターがダメージを負っていた。

 成程。お化け退治。

 彼女が校内で変人と囁かれる由縁は、そこだった。外見上は同性の篠塚から見ても整っている方で、セミロングの黒髪に、白い肌。シャープな顎筋の上に携えるは、バランスの整った切れ長の目元と高い鼻梁、薄桃色の唇。いわゆる清楚系美人だが、高校生にもなってこんなオカルトじみた事を真剣にしているのだから、その容姿とは裏腹に敬遠されがちである。

だが、篠塚には由宇崎の行動を決して馬鹿にできない事情がある。

「……それで、何とかなるの」

「わかりません。それは私とあなたの問題ですから」

 篠塚の質問に、由宇崎が淡々と答える。

 ずいぶんあっさりと答えてくれる……。

 内心で毒づくも、篠塚は由宇崎がこれから執り行う「儀式」に口出しはできないし、この場から逃げ出す事もできなくなくなってしまった。

「――もしかして、怖いのですか」

 由宇崎のじとっとした視線が、篠塚に向けられた。

 内心を見透かされたような気がして、「別に」咄嗟に牽制するようにして答えた。

 由宇崎はそれ以上何も聞いて来ず、黙々と作業に努める。見れば、彼女は小さな平皿を教室の隅に置き、脇に抱えていた小瓶から白くてざらざらした質感の粉を皿の上に盛っていた。次に、お椀を横に並べ、小瓶と同じように脇に抱えていた水筒の蓋を開け、トプトプとお椀一杯になるまで透明の液体を注ぐ。盛り塩とお神酒だ。篠塚がそう理解する頃には、由宇崎は残りの三隅にも盛り塩とお神酒を施していた。

 やがて、ひと段落付いたのか、彼女は「ふう」とため息をつくなり、くるりと篠塚に振り返る。

「こちらの準備は整いました。それでは改めて、篠塚さんが自身に起きた出来事を聞かせてください」

「えっ」

 唐突に促され、篠塚は少し混乱した。

「どうして? 私の身に起こった事は昨日に由宇崎さんに伝えたでしょう」

 知っているはずだ。

 自身が行き当たった怪異について由宇崎に相談していたからこそ、こうして二人でこそこそ儀式云々といった流れになっているのではないか。しかし、由宇崎はかぶりを横に振り、「いえ、これは儀礼的なものです」と篠塚に告げた。

「篠塚さんは、百物語というのを知っていますか」

「百物語……」

 反芻するも、篠塚は百物語が何かを知らないわけではない。篠塚は決して読書家な方ではないが、高校生ともなると小説の三、四冊は読んだ事があるし、その内の一冊が偶々怪奇物で、百物語をテーマにしたホラー小説だった。

「えっと確か、夜に集まった人達が一人ずつ怪談を語っていくというやつだったような」

「ええ。それです。今から篠塚さんには自身に起きた怪談話を語っていただきます」

「でも、私が話をすることとこの儀式には何の関係があるのよ」

 語気強く篠塚は問い質す。儀式云々はもうわかったが、自身が話をすることは本当に必要な手順なのか。ただ、由宇崎は頑として譲る気配はなく、むしろ篠塚の心中を察したかのように「これは必要な手順です」と淡々と答えた。

「……必要な手順?」

 外から「カア」というカラスの鳴き声が聞こえた。黴が這った半透明の窓の外。空は夕焼けに染まっていて、万物に宿る影が濃くなりつつある。部活をさぼってこの時間に来たのだから、日が暮れる前に――それこそ夜になる前に終わらせて欲しい、と篠塚は内心で必死に願う。

 しかし由宇崎は意に返すことなく先を続ける。

「篠塚さんは百物語が何かご存知でしたよね? でしたらどうして私がここまでしつこく話をせがむのかご理解いただけると思いますが」

「わからないわよ。随分昔に読み聞きしただけで、百物語がどんなものか詳しく知らないわ」

 深夜に輪になった人達がそれぞれ一本の蝋燭を灯し、一人が怪談を披露するごとに目の前の蝋燭を消していく。篠塚が覚えている限りの知識を総動員させても、覚えているのはそれくらいだ。それに、さして面白い小説でもなかったので隅々まで覚えていないのは本当である。

 由宇崎は少し残念そうに笑って、そして言う。

「怪を語れば怪に至る。――今から篠塚さんに憑いた怪異を払うために、その怪異を語ることでおびき寄せなければなりません。だから、篠塚さんに語ってもらわなければ何も始まらないのです」



     ****



 私が「それ」に出くわしたのは、一昨日の学校帰り。丁度、こんな夕焼け空の下だった。

 部活はどうしたって? ううん。この日はバスケの練習をさぼっちゃった。……次の試合で出られると思ったんだけれど、うん、レギュラーから外されちゃって。それで、少し部活が嫌になって練習をさぼったの。でも……今頃練習に励んでいる他の部員には申し訳なく思うけれど、たまにはこういう日があってもいいんじゃないかなって。

 真っ直ぐ家に帰ったのかというと、どうだったかな。

 コンビニや本屋に寄ったりしたけれど、うーん。何も買ったり飲んだりはしていなかった。何をしていても頭の片隅には部活の事ばかりで。ちょっと自己嫌悪になりかけていたから、一人の時間を楽しむ心の余裕はなかったんだと思う。

 少し脱線したけれど、そう、あれは確か、家の近くの遊歩道を歩いていた時だった。まばらに人は見かけたけれど、すれ違うのはウォーキングをしているおばあちゃんや買い物帰りの主婦くらいで、しかも私と同じ方向に歩く人はおらず、歩いていく内、いよいよ誰ともすれ違わなくなった。

 風もなくて、向かいから夕陽を浴びているのにどこか肌寒かった。まあ、秋口だから少し風が冷たく感じても何も不思議じゃあないんだけれど、どうも一人きりでいると寂しさのせいか色々敏感になるのよね。いつもより景色が暗く感じたり、どんなに小さな音でもやけに大きく聞こえたり。

 ふと、「トサ、トサ」って後ろから聞こえたの。

 ううん。真後ろって程じゃあないけれど、結構近くから聞こえたように感じた。最初はあまり気にも留めなかったんだけれど、歩いている内に「あれ」って思ったの。

 それまで私と同じ方向に歩くような人影はなかったし、そんな気配もなかった。

 それに遊歩道は真っ直ぐの一本道で、歩道や車道の出入口が接しているような部分はないの。もし、後ろから人がやって来るとしたら、それはかなり早足の人か、ランニングをしている人か。でも、後ろからついてくる足音は、私が一歩踏み出すごとについてきて一向に私を追い抜く気配がなかった。

 変質者。

 真っ先に思ったのは、その三文字。

 早足の人とランニングの人という線が消えた時、周りの木に身を潜ませていた誰かが芝を超えて遊歩道に入って来た、という気持ちの悪いイメージが頭に浮かんだ。

 私は怖くなって、振り向いた。

 誰もいなかった。

 私が歩いて来た道が後ろに遠く伸びているだけで、人影といえば少し縦長になった自分の影法師しか見当たらない。咄嗟に隠れるにしても、周りには木しかなくて、一番近くにある木でもすぐに隠れられる距離にない。

 気のせいだったのかも。

 部活をさぼった後ろめたさと寂しさで、神経が過敏になっていたんだ。例えば、鞄の中の教科書が歩く度に揺れる音を錯覚したのだとか。そうやって自分を納得させて、私は再び歩き始めた。

「トサ、トサ」

「え」

 今度は何も考えず振り向いた。

 誰もいない。当然だ。今しがた振り向いて、誰もいないことを確認したのだから。

でも……自分でも信じられないのだけれど、間違いなく後ろから聞こえた。それも、足音に似た何かの音ではなく、はっきりと足音だとわかった。

え? どうしてそう確信を持てたのかって?

 さっき聞こえた時よりも近くに聞こえたから。

 おかしいのは、誰もいないこと。ただ、私はこの時点で、ようやくというか、私の身に起きている事が人間以外の仕業じゃないか、って思い始めた。要は、お化けとか妖怪とか。

 昔にテレビか何かで見た事がある。それは、夕方や夜に道を歩いていると後ろから足音が聞こえてきて、振り返っても誰もいないってやつ。不気味で気持ち悪いけれど、ただそれだけの話で無害というイメージがあった。しかも、何となくではあったけれど、こういった場合の対処法も覚えていて、私はそれを実践してみることにした。

 再び前を向いて歩きだす。

「トサ、トサ、トサ、トサ」

 案の定、一定の間隔で足音が聞こえ始めた。二回目に聞こえて来た時より近く、もう殆ど真後ろといっても良いほどの距離だ。……相手が距離を徐々に詰めてきているとわかった時は、背筋が粟立ったけれど、走り出したい気持ちは抑えて、数メートル歩いた地点で立ち止まった。

 相手も立ち止まったのか、足音はぴたっと止んだわ。

 ここまでは狙い通り。過去に見た対処法を頭の中で整理させながら、私は深く息を吸って、唱えるように言った。

「先へ行ってください」

 途端、それまで無風だったのに、ざあっと風が吹き荒れた。

台風が来た時みたいに周りの木々が揺れ、落ち葉が辺りを舞い上がった。

 正直、何だか奇妙な感じがした。いや、対処法はこれで合っていたはずだ。何も間違っていないはず。そういう自信があるはずなのに、心のどこかでは、ああ、やってしまった、お前は選択を間違えた、と自分を批難する声がある。でも、私は何を間違えたのか。

 その答えは、すぐに真後ろからやって来た。

「トサ、トサ」

 えっ。何で。何で足音が消えないの。

 咄嗟に足を前へ踏み出そうとした。逃げようと思ったの。だけど、足が地面に縫い付けられたようにして動かせず、額から汗が滲み出た。恐怖から動かせなかった、という訳じゃない。あれは、いわば金縛りみたいなものだ。声すら上げることができなかった。

「ザリ」

 背中から、何かが伝わって来た。

 直接触られたりとかされたわけではなくて、気配そのものが伝わって来た、というべきか。

 これが人だったら鼻息とかがうなじにかかる位の距離だ。でも、きっと、相手は人間じゃあない。

「カげヌキまス」

 耳元で、そう聞こえた。

 男の人の声のように聞こえたし、女の人の声のようにも聞こえた。いや、複数の声が重なったような。とにかく私は、叫び出しそうになって、でも、声帯が喉風の時みたいにガラガラになって何も絞り出せない。

 終わった。

 この時は、本当にそう思った。私はこの得体の知れない奴に食べられちゃうんだ。と、直感でそうわかった。でも、途端に「それ」の気配が消え、身体が思うように動いた。

私は、これは機会だ、と思って右手に持っていた鞄を薙ぎながら振り返った。相手が何であれダメージを負わせられるんじゃないか、と考えたの。

でも、やはりというか手応えは何もなくて、真後ろには何もいなかった。

普通なら「先へ行ってください」が功を奏したのかと思う。でも、私の中では何かまだ気持ちの悪いものがわだかまっていて、これから私の身に起こることを思い返せば、その感覚は間違っていなかった。



     ****



「篠塚さんは相手を『べとべとさん』と間違えたという訳ですね」

 言って、由宇崎は篠塚を見上げた。

 といっても、もう辺りは暗く、篠塚が由宇崎の顔を窺うことはできない。

話をひと段落つけた時点で日はほぼ落ちていて、日が暮れる前に終わらせてほしい、という願いも諦めた。

「『べとべとさん』って?」

「私が先に言った後ろからつけてくる怪異の事です。地方によって夜道に遭うと言われていたり、小山から降りて来た時に遭うと言われていたり様々ですが、かの水木しげるもこの怪異に遭遇した事があるとか」

「へえ」

「でも、基本的には無害で、対処法も『べとべとさん、先へお行きください』『先へ起こしください』で合っています」

「じゃあなんで」

 言いかけて、はっと思い出す。さっき由宇崎は「相手を『べとべとさん』と間違えた」と言わなかったか。由宇崎は私が「間違えた」相手の事を知っているのではないか。

「話の腰を折ってすみませんでした。さあ、先を続けてください」



     ****



 それからは特に何も起こらず、晩ご飯を食べる頃には夕方に起きた事なんてもう忘れかけていた。不思議よね。あれほど怖い思いをしたのに、もう気のせいだと楽観視している自分がいた。

 風呂に入って、歯を磨いて、何事もないまま自室にこもった。

 夜の一一時頃だったと思う。一日の授業の復習をしようとして勉強机に向かっていた。

ただ、部活のもやもやが晴れなかったせいか、勉強に身が入らない。目の前に広げたノートや教科書を余所に、気付けば私の右手指は携帯をさわっていて、ツイッターとかネットニュースとかを適当に眺めていたように覚えている。

不意に画面が切り替わり、マナーモード特有の「ブーン」という音と電話番号が表示された。私の携帯は登録されていない番号から着信が来ればこういう表示になる。でも何だ。こんな時間に。そう思ってすぐには出ずに番号を確かめた。

「えっ」

見覚えのある番号ではあった。でも、数秒後にその番号の主を思い出して、私は固まった。そんな事がありえるのか。と。

画面に表示されているのは、私の電話番号。つまり、今、私が触っているこの携帯電話からかかってきたことになる。

もしかして何かの故障だろうか。それとも私の見間違い?

そう思って番号を再確認した。どう見ても私の番号で合っている。そうやって色々確認している間にも「ブーン」と振動と音に急かされる。

一度、出てみようか。

好奇心と焦りから、不気味、という感覚をないがしろにしてそういう思考に至った。

指を震わせながら、おそるおそる通話ボタンをタップする。

「もしもし?」

 電話口の向こうは、しん、としていて誰の話し声も聞こえない。いや、決して無音という訳ではない。時折、「ざあっ、ざざざ」とうような雑音が聞こえて来て、一瞬、相手が間違い電話をしてきたような印象を受けた。

 やっぱり故障か。

 そう思って通話終了ボタンをタップしかけた時。

『トサ、トサ』

 幽かに、電話口の奥でそう聞こえた。

 あっ、と思うのと同時に、夕方に起きた事が脳裏に蘇った。でも、気のせいだと思いたい気持ちもあるせいか、携帯を耳から離す事ができない。私の聞き間違いじゃあないのか、よく耳を澄ませて確認しないと、と、そうやってまごまごしている今も、『トサ、トサ、トサ、トサ、トサ、トサ、トサ、トサ、トサ』と電話口から聞こえてくる。

心なしか次第に音も大きくなってきて、近付いて来ているような感じに聞こえた。

『トサ』

 不意に足音が止まった。

 また無音が続いたが、しばらくしてかすれるような声で『先へ行ってください』と聞こえた。ぎくりとした。だって、電話口の奥から聞こえるのは他の誰でもない、私自身の声だ。

「これは」

 夕方に私の身に起こった事だ。

 それが、携帯を介してリフレインする。

 その手に持っているものを早く放り投げろ、と頭のどこかから聞こえてくる。けれども、身体を思うように動かせず、どうする事もできないで涙目になった。

 もしこのまま携帯を耳にあてていたら、間違いなく「それ」の声を聞いてしまう。

 あの、得体の知れない声を。

 嫌だ。

 そう強く思うのと同時、手がふっと動いた。恐怖に突き動かされたせいか、パニックに震えながらも指は正確に通話終了ボタンをタップした。ツー。ツー。断線を告げる短周期の音がなんだか頼もしい。

 でも。

「かゲぬキます」

 飛び上がった。

 その声が聞こえたのは一瞬の事で、私が横のベッドに転がり込んだ頃には既に「それ」の気配は消えていた。ただ、この時、声が聞こえたのは背後からではなかった。

私が手にしていた携帯。ブラックアウトした画面に、私とその真横に何かが反射していた。

私と背丈、輪郭のよく似た何か。実体は無く肉眼では見えなかったけど、それは確かに私の真横まで近づいてきていた。



     *****



 みし。ぱき。

 どこからかそんな音が聞こえた。おそらく家鳴りだろう。

 木造の建築物が長年放置されれば、至る所が腐食し、傷む。老朽化に伴い廃止された校舎である。当然、穴が開いている箇所なんて一つや二つではないし、隙間風が入れば一気に軋み音がこだまする。

 話を区切ったことで家鳴りの音がたちまち際立った。

「由宇崎さんも、ここまでの話は知っているでしょう? もうそろそろ次のステップに進んでもいいんじゃない?」

 一昨日の晩に怪異に遭ったところまで篠塚は昨日に由宇崎に話していたし、対処法についても相談していた。

 相談。といっても、それまで篠塚は由宇崎との接点はあまりない。クラスメイトという関係ではあるが、席同士が近い訳でもなければ、同じ委員会に所属している訳でもなく、仮に先に挙げた条件が揃っていたとしても仲が発展する間柄にはならなかっただろう。

 篠塚自身、人当たりが悪いわけではない。

 由宇崎が少し特殊なのだ。

「本当にこんな話をするだけで対処ができるものなの? 私てっきり由宇崎さんがオカルト好きって聞いたから何か知っていると思って相談したのだけれど、これで何もないなら帰ってもいいのかな?」

怪談を語ることによって何かが起こるものなのか。わからない。それとも、怪談話というのは口実で、本当の狙いは別にあるのではないのか。

では、その狙いとは。

「夜が、濃くなってきました」

 暗闇の中から、不意に声が聞こえた。

 篠塚は一瞬びくっとしたが、よく考えたら何一つ驚くことはない。教室には自分と由宇崎の二人しかいないのだから、彼女が話しかけてくるのは至極当然の事だ。

「ええ。もう足元も見えないくらいに真っ暗。そろそろ携帯のライトを点けてもいいかな。あと、さすがに埃とか黴臭さが限界。窓とか扉を開けてもらってもいい?」

「ライトも、扉も、駄目です」

「え」

「私は夜目が利くので大丈夫ですし、ライトを点けると見回りの警備員に見つかってしまうかもしれません」

「……ああ、なるほど」

 由宇崎の夜目が利くかどうかはさておき、確かに、今ここに誰かが介入することは好ましくない。ここが立ち入り禁止場所である以上、大人に見つかれば二人共ただでは済まない。

でも、この距離でお互いの顔が判別できないくらいの闇の中だ。

せめて、小さな明かりだけでも欲しいところではあるが、由宇崎は「それに、今明かりを灯してしまうと影ができてしまいます」と付け加えた。

「影?」

「もし、暗くて見えないのであれば、片目を閉じてみてください。えっと、利き目はどっちでしょうか」

「右、だけど」

「では左目を閉じてみてください。慣れないかもしれませんが、しばらくそのままで。人によって差異はありますが、ある程度の時間をおいて閉じていた片目を開けると脳の構造上夜目が利くようになります」

「へえ。やっぱり変なことを知っているわね」

 篠塚は言われた通り片目を閉じた。しばらくして右の瞼を上げると「おお」由宇崎が言うように少しだけ周囲の机や椅子、彼女の輪郭がぼやけて浮き出た。

「扉を開けてくれればもっと明かりが入るんじゃないの?」

「できません」

 薄ぼんやりとした輪郭の世界で、由宇崎の頭が左右に揺れた。

「あれらは重なった線のある場所を通れませんし触れる事ができません。有名なやつでは、ほら、悪魔や吸血鬼が十字架を怖がるのと一緒です」

「十字架? ああ」

 いきなり話が飛んだのでついていけないかもしれないと思ったが、映画や漫画のワンシーンで見たことがある。十字架を突き付けられた悪魔やヴァンパイアが狼狽えるシーンは誰でも一度は目にしたことがあるのではなかろうか。

「一部の映画ではキリスト信仰の無いものが十字架をつきつけても相手への効果は皆無という描写もありますが、私が思うにあれはそもそも信仰の有無は関係ないのかもしれません――そういう模様や形のある場所を行き来できない、という『向こう側』のルールが存在するのでしょう」

「よくわからないけれど、その話と私の身に起きた事って何か関係あるの? 私をつけてきたやつの正体が吸血鬼ってことはないよね?」

「そんなメジャーな怪異だとすれば対処の仕様がありませんね。でも、性質は似たようなものです。篠塚さんがここに来た時に私がチョークで印をしていたのは覚えていますか?」

「え、うん」

 床に五芒星。他にも、床や壁に幾何学的な模様をいくつも。でも、その中で篠塚の目を引いたのは、「私が扉の端と壁を『×』で描いたのは、あれらが行き来できないようにするためなのです」内心を見透かしたかのようにして、由宇崎が言った。

 ぎぎぎ。

と、教室の外で、今何か、音が。

「篠塚さんが行き遭ったものは『吸血鬼』でもなければ『べとべとさん』とも違います」

 みき。ぎぎぎぎ。ぎし。

 家鳴り。とは、違う。何かがこちらに来ようとしているような。

「由宇崎さん、音が」

「無視して良いでしょう――話を戻しますと、あれが『吸血鬼』と似た性質を持っている、というのはまた別にあります」

 ぎしっ。がが。ぎぎぎぎぎぎぎ。

 次第に耳障りになってくる。

無視しろとは言われたが、篠塚は由宇崎の話があまり入って来ない。

「篠塚さんが行き遭ったのは、『影抜き鬼』或いは『影踏み様』と呼ばれる怪異です」

「か、影抜き……?」

「『影抜き鬼』は、その名前の通り、人間の影を抜き取る怪異です。後ろをつけてくる、という点は『べとべとさん』に通じるものがありますが、『影抜き鬼』が現れるのは決まって夕刻頃。つまり、影が地面に伸びる時間帯です」

「影が」

 篠塚は最初に『それ』に遭遇した時を思い出す。由宇崎の言う通り、夕陽が真っ向から差し、私の影法師が伸びていた。影を「踏む」ならうってつけの状況だった。

「『影抜き鬼』に影を抜き取られるとどうなるの?」

「抜き取られた本人は『影抜き鬼』に存在を乗っ取られると言われています」

 だん。

 遠くの方で、何かが壁にぶつかるような音がした。

「対処法は三段階に分かれます。まず、遭遇した時の事ですが、単純に関わらなければいいだけの話です。相手にせず無視して家に帰れば連れて帰ることもない」

「……だけど私は話しかけてしまった。『先に行ってください』って」

「ええ。中には話しかけてしまうことによって招き入れてしまう者もいる。声を掛ける事自体が自身の結界を破る事になる。『吸血鬼』だって招かれなければ家に入ることができませんから、その点でいえば同じ部類かもしれません」

「私は……」

「もし話しかけてしまったのなら、相手を内に招いたことになる。頻繁に身の回りに現れますが、あれ自体にまだ実体はありません」

 だん。

 ぎぎぎぎぎぎぎぎ。

 だん。ばん。だん。だん。

「音が」近付いてくる。

「早く逃げないと」

「まだ儀式は終わっていません。……『影抜き鬼』が実体を得る為には、対象と目を合わせなければならない。風呂の水面。窓硝子。鏡。自分の姿が映るあらゆる場所に、『鬼』は現れ、目を合わそうとしてくる。そして、左右が逆転したままの像を得て、実体を成すのです。従って、二段階目の対処法は『自身と目を合わせないこと』になる」

「もし目を合わせてしまうと」

「……残念ながら、本人では対処ができません」

 それは、それまでとは打って変わって諦めたような声音。

存在を乗っ取られた段階では、由宇崎でも対処法が見つからないということなのか。

「由宇崎さんは私が、ええっと、『影抜き鬼』だっけ? の話をした時に相手の存在に気付いていたんだよね? どうして相談した時点でもっと具体的に教えてくれなかったの」

 ドン。ドン。ドン。ドン。

 教室の扉が、外から叩かれた。何者かが廊下側にいる。ここに来ようとしている。

 それなのに、由宇崎は黙ったまま何も応えようとしない。むしろ、夜遅くまで時間稼ぎをして、こうなるように仕向けたかのような。

「私が、怖いのですか」

 やや低めの、淡々とした声。

それが、剃刀の如き切れ味を伴って、背筋をざらりと撫でる。

「『影抜き鬼』になり替わられると、内面での見極めは非常に難しい。何せ性格人格ともに本人そっくりそのままなので、他人が看破することは殆ど不可能と言っていいでしょう」

 目が少し慣れたからといって、由宇崎の顔まで見える訳ではない。

 輪郭がぼやけて見える程度だ。開けた教室の中央で、彼女のシルエットがゆらゆら揺れている。もし、彼女がそうであるなら、と、篠塚は制服の胸ポケットに手を差し込み、携帯をいつでも取り出せるように身構えた。

「……偽物が本物の人生を奪ってしまうわけ?」

 いつでもライト機能を点けられるように、指の操作を頭でシュミュレーションする。

「『奪う』という表現は少し違います」

「違う?」

 ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。

 扉を叩く音が、激しくなってくる。しかし由宇崎は一向に動じる様子がない。それがどういうことなのかを考え、篠塚はいよいよ身構える。

「『鬼』という名称とは対照的に『影踏み様』という敬称もあります。私が思うに、見方を変えれば相手は神様にだってなる」

「なっ。神様だったら、どうして」

 神様。その単語を聞いて、篠塚は思わず笑った。

「誰にだって、生きていれば自分が嫌になることくらいあります。そんな時、例えば人はこう願うのではないのでしょうか。『誰かが自分になり替わって欲しい。このまま本当の自分は消えてしまいたい』と」

 その言葉を聞いて、篠塚はポケットの携帯から一瞬手を離した。そうだ、私は。

「篠塚さんが『影抜き鬼』に行き遭った時は丁度、部活で悩んでいた。レギュラーから外された事が原因で部活を休んでいたあなたは、もしかしたら自分自身に嫌気が差していたのではありませんか」

「私が、願ったと……?」

「或いは、無意識に」

 消えてしまいたい。

 いなくなってしまいたい。

 そう思わなかったといえば、それは嘘になる。

「『鬼』と怖れるか『神』と崇めるか、災厄が降りかかったと諦めるか、願いが成就したと喜ぶか。それは、結局のところ本人次第と言えるのでしょう……だから、私は最後に篠塚さんに尋ねます」

 言って、由宇崎が一歩こちらへ踏み込んだ。

「っ」

 再びポケットの携帯を掴み直そうとした。

だが、恐怖と焦りで指が表面を滑り、掌中でしっかりと固定できない。そして、そうこうしているうち、彼女に距離を詰められた。

「何を」

 ドン。ドン。ドン! ドン! ドン‼ ドン‼

 廊下では、何かがひっきりなしに扉を叩いていて、時折、バキ、というような音も混じる。

物理的にも精神的にも限界が来ている。そのはずなのに、依然として由宇崎は何事もないかのように振る舞い、自らのペースを崩そうとしない。

嫌だ。

今から何を聞かれるにしても、私は、

「あなたの利き手は、右手ですか? 左手ですか?」

「………は?」

 その質問に、篠塚は拍子抜けした。しばらく、何も答えられずポカンとしていると、由宇崎が苛立ったようにして声を荒げた。

「ですから、あなたの利き手について聞いているんです」

「右……だけど」

 急かされ、焦った篠塚は左手を由宇崎の前にかざし、ぐーとぱーを繰り返す。

 由宇崎は、ふむ、と唸って更に続けた。

「では、利き目は。利き目とは反対の目を閉じてみてください」

「さ、さっき言ったじゃない。右目だって。片目を閉じれば夜でも見えるようになるって、こう」

 質問の意図は全くわからないが、篠塚は言われた通り右目を閉じた。一体利き手や利き目が何になるっていうのだ、と由宇崎を改めて見る。それまで夜闇に紛れて殆ど輪郭だけだった彼女の顔が、ここでようやく見えた。にや、といやらしく笑っていて、え。

「どうして、利き手利き目とは逆側ばかり動かしているんです?」



     *****



「『それ』と目を合わせてはいけません」

 私が由宇崎さんからもらったアドバイスといえばそれのみで、他にはなかった。

いや、実は他にも色々言われていたりして、詳細は割愛した、という訳でもない。本当に、由宇崎さんが発した言葉がその一言のみだったのだ。

 でも、由宇崎さんが言う「それ」とは、私にまとわりついている「それ」のことで、目を合わせてはいけない、というのはおそらくそういうことだろう。逆に言い換えれば、これからの日常生活の中で「それ」が目を合わせようとしてくるということなのか。

「そうは言ってもなぁ」

 由宇崎さんとのやり取りを思い返し、そんな呟きが漏れる。

 相手がいつどのようにして目を合わせてくるか、という事もわからない。

 一体どういったシチュエーションで「それ」と出くわすのか。わざわざ放課後の教室で二人きりになるタイミングを見計らってまで相談をしたのに「目を合わせてはいけない」のアドバイスだけで一人先に帰ってしまうなんて。

 まあ、幸い、あれからは何も起きてはいない。

 時折、トイレやお風呂場で、じぃっと視線を感じる事があるが、最初や二度目の時ほど強烈な悪寒を感じたりもせず、不快さ、気持ち悪さもない。きっと、独りきりの閉ざされた空間にいるがため心細くなっているだけだろうと思う。つまり、気のせいというやつだ。

 実際、由宇崎さんに相談した日――昨日は普通に家に帰り、夕飯を摂り、いつも通り熟睡できた。朝はいつもより早く起きてしまい、こうして色々考えているうちに目が覚めたのだが、何者かが部屋に入ってきた形跡もなければ変な気配もない。

 肌寒いながらも陽が窓から差し込んで来れば、それまでの不安は遠のいて、ほっとする。

 身体にかぶっていた毛布を剥いで、ベッドから降りる。お母さんが作ってくれた朝食を摂って、歯を磨くため洗面台に立つ。

 しゃかしゃかと右手に持った歯ブラシを機械的に動かし、歯磨き用のコップで口をゆすぎ、そして「ん?」異変に、気付いた。

 洗面台から顔を上げ、鏡を見る。

 そこには鏡像が――私が立っている。

 しかし、変なのは、その私がこちらに正対していないこと。

 鏡に映って見えるのは、私の後頭部、背中、臀部、つまり、私に対して真後ろを向いた私がそこにいた。

 何だ。これ。

 試しに右手を上げると、鏡の中の私は真後ろを向いたまま左手を上げた。

 試しに左手を上げると、鏡の中の私は真後ろを向いたまま右手を上げた。

 どく。心臓が撥ねるように鼓動した。さあっと血の気が引いて、頭が真っ白になる。

「だ、れ」か助けて。ここに来て。お母さん。

 息が上手くできず、声も出ない。

 逃げようとして、でも、足を動かせない。

 また、あの金縛りだ。思うように身体を動かせず、右手に持っていたコップが指から抜け落ちた。鏡の中の私も同じように左手からコップを落とし、そして、

「やめ」

 徐々に、こちらへ振り返る。

 見てはいけない。

 由宇崎さんの言葉を思い出すより先に、本能が、そう私に呼びかける。心臓が早鐘のように胸を打つ。でも、足が、瞼が、言うことをきいてくれない。どうして、どうして、どうし「あ」

 私が、いや、「それ」が鏡越しに私を見た。目が、合ってしまった。

 片目が顔半分位大きくて、片目が豆のように小さくて、それはそれは、歪な、

「カげ、ヌきまス」


     *****


「由宇崎さん、一体何を」

「あなたが『影抜き鬼』に出くわした時、撃退しようとして振り回した鞄は右手に持っていた。あなたが部屋で怪異に遭った時、あなたは携帯を右手で触っていた」

「それが」

「それなのに、あなたがここに来た時、学生鞄は左手に持っていた。利き手利き目とは逆側ばかりを動かせる。まるで、以前のあなたとは左右が反転したように」

「左右? 反転? どういう事なの」

「『影抜き鬼』に影を踏まれた人間を見分ける事なんて、不可能に近い。ただ、『影抜き鬼』は鏡像等を経て対象の存在になりかわる。つまり、『こちら側』の世界に来る際に『左右』が入れ替わってしまう」

「……へぇ」

 扉を叩く音が、ぴたりとやんだ。

 篠塚は、諦める。

この調子だと、音に怖がった由宇崎が扉を開けて逃げることもないだろう。そもそも、『×』が施されている時点で、由宇崎が自分を外に出す気なんて毛頭なかったのだろうけれど。

「百物語なんて、陽が落ちるまであなたをここに留まらせる口実に過ぎません。あなたに私の影を踏ませる訳にはいきませんから」

「由宇崎さん、何か勘違いをしてない?」

 篠塚は即座に胸ポケットの携帯を掴み直した。

 ポケットの中で電源ボタンを押し、ライト機能をオンにする。篠塚の胸元から明かりが漏れ、ようやく、真っ暗闇の空間に「影」を落とす条件が整った。

「影なんて作ればいいじゃない」

 篠塚は、素早い動作でポケットから携帯を取り出し、ライトを由宇崎に向ける。

これで、彼女に影が生まれる。足元に回り込めば、彼女の影を踏むことが、

「あアア?」

 一瞬にして視界が真っ白になり、目が眩んだ。網膜に黒点が焼き付き、焦点が定まらない。

何が起きた? 何をされた? 訳がわからず、ちかちかとする視覚の中で由宇崎を見る。

思わずかざした手の指の間。由宇崎に向けたはずのライトの光が、自らに跳ね返っていることにやっと気付いた。これは。ああ。

「三段階目の対処法は、『影抜き鬼』を見抜いた誰かに己の姿を認めさせるというもの。例えば、このように鏡を使ったりしてね」

 由宇崎がその手に持っているのは、縁が白色の、丸手鏡。

 彼女は、ライトの光を当てられると同時、まるで早撃ちのガンマンの如くその手鏡を自らと篠塚の間を遮るようにして突き付けた。篠塚は、いや、彼女に擬態した「鬼」は、鏡面を介し、ここでようやく自分自身の姿と向かい合う。

 いや、向かい合ってしまった、というべきか。

「但し、条件があって、陽が落ちた時間帯であること。また、本人が鏡の中の自分と目を合わせなければ意味がありません」

「いヤ」

 嫌だ。

 せっかく身体を手に入れたのに。こんな。

「イやあああああああぁぁああアアアアあああああアアァぁアアぁアああああああああ」

 光で目が潰れる間際、「鬼」は再度鏡を見た。

 ミディアムショートの黒髪。健康そうな引き締まった顎筋。高い鼻梁に小さな薄唇。

そして、そのくっきりとした双眸が「鬼」を見、訴えている。

何を? そんなのは決まり切っている。

「身体を返して欲しいですか?」

 由宇崎のその質問は、鏡の中の少女に向けられた。

 本物の篠塚は「鬼」を見据えながら、こくり、と頷く。

 彼女の意思が伝わったかのように由宇崎はふっと微笑んで、

「それでは祓いの儀式を行います」

 苦しみのたうちまわる「鬼」を見下ろしながら、淡々と告げたのだった。

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影抜き鬼 ぴよ2000 @piyo2000

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