第4話 Not Found
H棟の2Fを端から端までめぐり、アルドとミイナはハルカを探した。
廊下のそこここで談笑する生徒。生徒たちの脇をゆったり通過して行く、学園を見守るアンドロイド。生徒やらアンドロイドやら植木やらを器用によけながら、次の授業に急いでいる教師。雑多な日常の間を縫うようにして、2人の足音が響く。しかし、ハルカはどこにも見当たらない。
「いないな...」
アルドは、ハルカは少なくとももうこの階からはいなくなってしまったのだろうと見当をつけた。
アルドのつぶやきに、ミイナは視線を落として寸の間考えるようにした後、前方に視線を止めると、そのまま石のように動かなくなった。
「...」
「...」
「ミイナ?」
耐えかねて、沈黙を先に打ち壊したのはアルドだった。ミイナの視線をアルドが追うと、騒がしい生徒の一団があった。3人ほどが階段の前で輪になって、弾んだ声で談笑している。
なるほど、あの子たちなら、もしかしたらハルカを見かけているかも知れない、とアルドは思った。先ほど飛び出してきた空き教室から一番近い階段の前で、3人組はさっきから話し込んでいる。ハルカがこの階段を使ったとしたら、上っていったのか下っていったのかだけでも、わかるかもしれない。アルドは3人組のほうに近づいていった。
「なあ、ちょっといいかな」
アルドが話しかけると、3人組は一斉に振り返った。
「なに?」
「どうしたの?」
3人組のうち、ツンツンした髪の男子生徒と髪の赤い女子生徒が口々に言った。
「ハルカって子を見かけなかったかなと思って。短い黒髪の女の子なんだけど」
「ハルカ...?」
「さあ...あ、ミイナ!」
アルドの問いに首をかしげる男子生徒の横から、赤い髪の女子生徒が声をあげる。アルドの後方で佇んだままだったミイナを見つけたようだ。ミイナはびくっと肩を震わせた。3人組を見て、さも「今しがた気づきました」というように目をまん丸に見開いているのが白々しい。
知り合いに見とがめられ、観念したようにミイナはゆっくりと3人組のほうに近づいて、アルドの後ろから顔を出した。
「ミイナちゃん、どうしたの?」
おかっぱ頭の女子生徒が首をかしげる。
「一緒に話そうよ」
赤い髪の女子生徒が笑顔で誘った。ミイナは曖昧にうなずきつつ微笑んだ。
「あの、あのね、聞きたいことがあって...」ためらいを見せるように間をおいてミイナは言った。「ルカ...ハルカを見かけなかった?わ、わたしじゃないのよ!?アルドが探してて...」
「ああ、ハルカちゃん。ミイナちゃんよくロードオブマナで遊んでるよね」
「え!?」
おかっぱ頭の女子生徒の思いもよらぬ答えに、ミイナは驚きを隠せない様子だ。
「ロードオブマナ以外で話してるの見かけたことないけど」
「...」
スクールでのハルカとロードオブマナのルカを知っている友達だっている。そんな事実に今気づいたようにそわそわするミイナを見て、アルドはため息をついた。
「ハルカって、わたしのこと、なにか言ってる...?」
おずおずと、ミイナは聞いた。
そうだなあ、という風に、おかっぱ頭の女子生徒が口元に手を当てた。
「ミイナちゃんが友達と話していた時に、遠巻きに見ていたから、一緒に話さないの?と聞いたことがあったんだけど。ミイナちゃんはいつも友達と楽しそうに話してるから、自分はいいんだって言ってた」思い出すように一呼吸置いた。「ゲームだったら、役に立てるし、ミイナちゃん楽しそうだからって。でも、教室では、話さなくていいんだって言ってたことがあったよ」
「ふ、ふうん...」
「なあ、ハルカがどこに行ったかわかるか?」
中断された問いをアルドが再び投げかける。
「ハルカちゃんなら、さっき階段を降りて行ったよ」
「ありがとう」
答えるおかっぱ頭の生徒にアルドは礼を言った。
「ミイナ、行こう」
「...うん」
3人組と別れて、2人は階下へと下って行った。
1Fを巡ってみても、ハルカの姿はなかった。
「H棟からも出て行ったみたいだな。どこまで行ったんだろう」
「...そうだね」
「エアチューブステーションを見に行ってみよう」
「...うん」
ミイナは3人組と別れてからなんだか考え込むように眉間にしわを寄せていて元気がない。少し心配になりつつも、ハルカを探しに行こう、とアルドはミイナを促した。
2人はエントランスを抜けて、H棟を後にする。エアチューブステーションまで出ても、やはりハルカはいなかった。
あたりを見回すと、カーゴの停車場付近に男子生徒が立っている。腕時計を気にして、誰かを待っているらしかった。ハルカを見かけなかったか尋ねてみようと、アルドは男子生徒に近づいた。
「ちょっといいか?」
話しかけると、男子生徒は腕時計から顔をあげた。
「何か用?」
「ハルカって子を見かけなかったかなと思って。短い黒髪の女の子なんだけど」
「ハルカ?さあ」
心当たりがないようで、男子生徒はちょっと首をひねった。足取りが途絶えた。ここから先はシティエントランスの方に行ったのか、シータ・ガンマ区画がある町のほうへ行ったのかわからない。アルドは落胆して肩を落とした。
すると男子生徒は何かに思い当たったように「あ、そういえば」と声をあげた。
「僕が待っている間に、カーゴ・ステーション行きに乗った女の子がいたよ」
「!ありがとう」
髪が黒だったかまでは覚えてないなあ、と怪しんで眉根を寄せる男子生徒にアルドは礼を言った。
「人を待ってるだけだから。礼はいらないよ」
と言って、男子生徒はまた腕時計に目を落とした。「遅いな~。ここで待ち合わせの約束なんだけど...」
文字盤を覗き込んで首をひねっている男子生徒を横目に、アルドはミイナに話しかける。
「カーゴ・ステーション行きに乗って、町を探してみよう」
折よくやってきたカーゴに2人は乗り込んだ。
カーゴ・ステーションに着くと、ぽつんとハルカが座っていた。
なんてことを1ミリくらいは期待したが、そんなに都合のいいことはなく、やっぱりカーゴステーションにも見当たらない。
ステーションには女子生徒が立っているのが見える。「もう!どこで油売ってるのかしら。遅い!」とぶつぶつ呟いている。その剣幕に圧倒され、アルドは近づくのがためらわれた。
「エルジオンのエントランスで、ハルカを見た人がいないか聞いてみないか?」
「...そうだね」
細々とたどってきた手がかりの糸を手繰り寄せようとアルドは必死に頭を回転させる。途中で聞いたことが全然違っていて、見つからない可能性だってある。
「しろいせいふくだ...!」
2人は同時に振り向いて視線を落とす。幼い女の子がおさげを揺らして歩いてきて、目を輝かせてミイナの制服を凝視していた。
「一人なの?」
ミイナが屈んで問いかけると、女の子はうなずいた。
「カーゴをみにきたの。にゅうがくしたら、のれるって。でも、それまではみるだけだってママとやくそくしたの」
どうやら学齢期まえの女の子のようだ。
「IDAスクールに入学したいのか?」
アルドの問いに女の子はにっこり笑うと、勢い込んで腕を振り回した。
「うん!しろいせいふくをきて、せいとかいちょーになって、わるいヤツをやっつけるの」
イスカの活躍はこんなところまでとどろいているらしい。しかし生徒会長という言葉の意味は取り違えているようだった。ヒーローと同じように考えているようで、微笑ましい。アルドと同じように微笑ましく思ったようで、ミイナはふふと笑った。
「正義の味方だね」
「そうだよ!おねえちゃん、かいちょー?」
「違うよ」
やはり、生徒会長の意味をはっきり理解していないらしい。
「ふうん?でも、せいぎのみかたでしょ?わるいヤツやっつけるんでしょ?」
「うん、悪いヤツがいたら、おねえちゃんやっつけちゃう」
ちょっと違うんだけどなと思いながらも、純真なまなざしを受けてミイナは女の子に合わせるように答えた。
「!かっこいい」
「えへへ。わたしは、白制服で、人気者の...」
はたと口ごもって、ミイナは首を振った。今しがた浮かべていた勝気そうな笑みは、こみ上げる悲しみに徐々に負けて、今にも泣き出しそうな顔に変わっていく。
「どうしたの?」
不思議そうに問う女の子を前にかろうじて涙をおしとどめ、ミイナは答える。
「悪いヤツじゃなくって、友達を傷つけちゃったみたい。酷いことを言っちゃったの。だから、わたし正義の味方なんかじゃ、ないの」
「ミイナ...」
思わずつぶやいたアルドは、しかし掛ける言葉が浮かばなかった。
女の子はちょっと心配そうにミイナの顔をうかがうと、閃いた、というように顔を明るくした。
「わたしもね、おともだちとたまにケンカしちゃうよ。でもね、わるいとおもったらすぐにあやまりなさいって、ママいってたよ」女の子は母親の言葉を思い出そうとするように一瞬宙に目をやって、「なかなおりしたいとおもってるだけじゃ、つたわらないでしょって」
と言った。
「...そうだね。ちゃんと言わないと、伝わらないね」
励まそうとする女の子の健気さに答えるようにミイナは言った。
「うん、そうだよ!」
女の子は元気よく頭を上下に振って頷いた。
「ありがとう。入学するの、楽しみだね。困ってる人を助けてあげてね」
にこにこする女の子の頭を優しくなでて、ミイナは言った。
シティエントランスに向かおうとミイナは立ち上がり、アルドを見やった。その時、女の子がふと思い出したようにミイナのスカートの裾を引っ張った。
「わたしね、さっきせいふくのおねえちゃんみたよ。すごくかなしそうなかおしてたから、かいちょーにわるいヤツやっつけてもらえば、っていったの」
「!それってもしかして...?」
アルドが顔に希望の色を浮かべて言った。
「でもね、じぶんのせいだから、やっつけてもらうひとはいないんだ、っていってた」
一息ついた女の子の前に、ミイナは再び屈みこんだ。
「制服のお姉ちゃんは、どこかに行くって言っていた?」
「えーとね、エアポートにいくって」
「ありがとう」
ミイナは立ち上がり、アルドと目配せする。女の子に視線を戻すと、少し悲しそうな笑みを浮かべて言った。
「ばいばい。あなたは、わたしのヒーローだよ」
「?ばいばい、おねえちゃん」
アルドとミイナはエアポートに向かうべく走りだした。
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