第2話 Online
両足が石畳を踏む感覚がして、アルドは目を開けた。
眼前に広がるのは石畳の町並み、白壁の家々。ロードオブマナの城下の町並は、アルドの育ったAD300の城下町ユニガンに似ている。どことなく慣れ親しんだ空気を感じられて、アルドはこの仮想世界の城下町を気に入っていた。
「ふう、やっと着いたな」
H棟をでてシティエントランス行きのカーゴに乗り、学生寮の部屋からやっとロードオブマナにログインしたアルドは、仮想空間に広がるゲームの世界、プレイヤーが最初に降り立つ城下町の、ほぼ中心に立っていた。
ここならば、よく”コスプレ”と間違われるAD300の恰好でも違和感がないかもしれないが、今のアルドはほかの「ソルジャー」と同じブルーの甲冑姿で、剣を携えている。
この世界でゲームのプレイヤーは、「ソルジャー」「アーチャー」「ソーサラー」の3つのジョブに各々別れている。仲間とパーティを組んでボス戦を突破したり、クエストをクリアしたりしてそれぞれゲームの攻略を目指していく。しかし、攻略から外れた、城下町やフィールドでの友人同士の交流も、IDAスクールの生徒たちがゲームをするメインの理由であるようだ。城下町、フィールド、そこここで、仮想現実に接続したIDAの関係者がチャットで会話する姿が見られる。
「よく待ち合わせに使うのはバーだと思うんだけど」
アルドは城下町のほぼ中心に位置しているバーを振り仰いだ。
「待ち合わせは、草原って言ってたな」
草原に向かうべく、アルドは東の門に向けて歩きだした。
「アルド」
「おお、ルイナもログインしてたんだな」
声の方を向くと、IDAスクールの風紀委員、ルイナが低く結ったトライテールを揺らしてアルドのほうにやってきた。ゲーム内でのルイナは制服姿ではなく、甲冑に剣を携えている。
「アルド、今日はどこへ行くの」
ルイナの澄んだ赤い瞳はまっすぐな眼差しでアルドを見つめていて、その瞳から感情を読み取ることは難しい。いつも通りのルイナだ。
「これから草原に行くんだ。ミイナという子に頼まれて」
アルドが答えると、ルイナのとがった耳がピクリと動いた。
「いつも、友達いっぱいのミイナちゃん」
とルイナは言った。ミイナを知っているようだ。「友達は、大事だと思う」
表情にはほとんど変化がなかったが、考え込むようにルイナは口元に手を当てた。
「でも、あんなに大勢に囲まれて、みんなを大事にするのは大変そう」
「そうなのか?オレもたくさん、仲間がいるぞ」
リィカ、エイミ、サイラス...仲間たちの顔が思い浮んでは消えていく。本当に、たくさんの仲間とめぐり合って、ここまで旅をしてきたな、とアルドは感慨深かった。
「アルドは、必要だと思った時にわたしを呼んでくれる。それは、とても、嬉しい」
ルイナは、じっとアルドを見つめた。深い赤の瞳の中に、吸い込まれそうなほどまっすぐな視線。
「私も、アルドを呼ぶ。それは、仲間だから。でも」
そう言うと、言葉を探すようにゆっくり視線をさまよわせて「わたしとアルド、と、ミイナと大勢の友達、とは、違う気がする」とルイナは言った。
「そうか...」
「説明するのが、難しい...まだ学ばないといけないこと、たくさんある」
ルイナは下方に視線をさまよわせ、なにやら考えているようだった。
「ルカって子は知ってる?」
「ルカ...?その子は、知らない」
「ルイナでも知らないのか」
アルドのつぶやきに、ルイナはうなずいた。
「アルド、また。必要な時はわたしを呼んで」
「ああ。またな、ルイナ」
「うん」
ルイナと別れて、アルドはまた門に向かって歩き出した。
青く澄んだ空に滲むように雲が広がり、一面の緑は風に吹かれたように優しく揺れている。風が頬をくすぐる柔らかな感覚まで感じられるようで、アルドは何度来てもここが仮想世界だとは思えなかった。
草原の端に立って、アルドは周囲を見回した。人待ちをしているらしき人物は見当たらない。
「ルカはどこかな。あっちの、人が多そうな方に行ってみるか」
見える範囲だけでも数か所でパーティが組まれ、バトルが行われているようだった。
「ジョブはソーサラーだと言ってたっけ」
ミイナの言っていた”ソーサラーの男の子”を探して、アルドは草原を歩き回る。
「ゴブブッ」
「お」
角を曲がったところで、ゴブリンが現れた。人探しに夢中になっていて、エネミーアイコンの点滅に気づかなかったらしい。
剣を引き抜こうとアルドが身構えると、後ろから誰かがやってくる音がした。
「ごめん、ちょっと急いでるんだ...」
「ゴブッ!?」
杖の一振りで、アルドの後ろからやってきたソーサラーが、あっけなくゴブリンを吹き飛ばした。どうやらゴブリンとのレベル差によってエンカウントがスキップされ、自動のモーションによってゴブリンは吹き飛ばされていったらしい。
「ごめんね、エネミーアイコンを見てなくて」
アルドになのか、ゴブリンになのか、ソーサラーは申し訳なさそうに言うと、アルドを優雅に抜き去っていった。少し行ったところで立ち止まり、あたりを見回している。誰かを探しているように見えた。
「(誰か探しているのか?もしかして...?)君、ミイナを探してる?」
あたりを見回しながら歩き去ろうとしていたソーサラーの背中に、アルドは声をかける。
「!うん、このあたりで待ち合わせをしているんだけど、見当たらないから探していたんだ」
歩み寄るアルドにソーサラーは振り返って答えた。落ち着いているけれど、少し小さな声だった。
「じゃあ、君がルカか?」
「...うん。そうだけど」
ルカはあいまいにうなずいて言った。「ミイナから聞いて?」
「ああ」
「君は、えーと...」
「オレはアルド」
「アルド、ミイナがどこにいるか知ってる?」
ルカはアルドの次の言葉を待つように、少しだけ首を傾げた。
「ミイナは、来られなくなったって。それで、代わりに草原の待ち合わせ場所に行ってくれ、って言われてきたんだ」
「ああ、そうだったんだね」
そう言うと、ルカは少しうつむいて小声で付け足した。「(リアルでの連絡手段がないからね)」
「え?」
最初の返答は聞き取れたが、後半の声はとても小さく、アルドは聞き取ることができなかった。
「ううん、なんでもないよ」
そう言って、ルカははかなげに微笑んだ。
「わざわざ言いに来てくれて、ありがとう。それじゃあ…これで?」
そう言うと、ルカは歩み去ろうとするように、アルドに背を向けた。
「ちょ、ちょっとまってくれ!」
アルドは慌てて引き留める。
「それだけじゃなくて。その、フレンドIDを交換しないか?」
フレンドIDの交換はゲーム内ではできない。だから、現実で待ち合わせをする理由にちょうど良いとアルドは踏んでいた。
「え...君と?」
ルカは戸惑ったようだった。
「ああ。だ、ダメかな?」
「いや、初対面だし、その...」
緊張したような面持ちで、ルカは言った。アルドは説得の言葉を思いつかず、2人の間には沈黙が訪れる。
「(やっぱり、ミイナが待っているって言わないとおかしいよな...でも)」
突然待ち合わせ場所にやってきた、友達の知り合いだという見ず知らずの奴に、フレンドID交換を持ち掛けられても、二の足を踏むのは当たり前のように思われた。
「その...ミイナと3人でパーティを組みたいんだ。だからIDを交換したいんだ」
「...ミイナがそう言っているの?」
ルカは緊張を濃くしたように、眉間にしわを寄せた。ミイナの名前を出せば多少は緊張が和らぐのではないかと思っていたアルドは、少々面食らった。
「あ、ああ(これでよかったのか?)」
ルカは考え込むようにしばらく黙っていた。
「...わかった。どこかで待ち合わせる?」
「H棟2階の、授業が終わっている空き教室はどうだ?」
ルカから了解の返事をもらったことにほっとしながら、アルドは待ち合わせ場所を伝えた。ルカはわかった、とうなずいた。
「ミイナも待ち合わせ場所に来るんでしょう?」
「!ああ、そうだけど...」
どぎまぎするアルドをよそにルカはぼんやりと遠くを見る。
「現実で会いたがっていたのは、気づいていたんだ。もうどうしようもなくなってアルドに頼んだってところかな」
そう言って愁いを深くして目を伏せる。「そうだね。もう、これ以上は...」
「どういうことだ?」
自分を納得させるように、ルカはつぶやいたきり、アルドの問いには答えない。
「アルド...その、驚かないでね。教室で、会ったときに」
「え?」
「じゃあ、またあとで」
そう言うとルカは申し訳程度に笑って、アルドに背を向けた。数歩歩いて距離をとると、空中に手をかざして、ログアウトのモーションを行う。
明滅するデジタルの光を残して、ルカは空の中に消えた。
「(最後の、何だったんだろう)」
引っ掛かりを覚え、寸の間考えてみるも、思いつくことは何もない。疑念は一旦横に置き、H棟の空き教室に向かうことにする。
ログアウトのモーションを行うと、アルドの体は光になって、デジタルの海に溶けていった。
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