第17話   奇妙な邂逅②

 聖女は魔女と少年の会話を、じっと聞いていた。どうやら魔女は魔力を失っており、その原因は少年らしいが、魔女は怒っていないと言う。


 二人の関係性は、詳しく聞かなければわからないだろう。そしてそれよりも聖女には、もっと気になることがあった。少年からの申し出の内容だ。聖女がこれから行いたい事に関して、有益な情報に感じた。


「夢を介して、記憶を探るとは、初めて耳にする方法です。失礼ですが、あなたは何者なのですか?」


 聖女が金色の眉をひそめて、少年を訝しんでいる。


「僕は特殊な方法で現実世界に現れている、夢魔なんです」


「夢魔……?」


 少女は小首をかしげ、傍に控えているドルイドたちに、自分の知的探究心を送信した。


 姿こそ消えているが、彼らは聖女と常時つながっていた。それこそ今では、気配がすぐ近くに感じられるほどに同化が進んでいる。


「ふむ、我らの知識が欲しいと。では、図書館スキルで良いだろうか」


 そう言ってドルイドたちは、賽を振った。出目の数と、複雑すぎる計算方式により、成功の値が出た。


「ハア、ハア……毎回この計算を素早く行うのは、骨が折れるわ。もっと簡単な計算で出れば良いのに、女神様もなかなかに酷いお方だ」


「図書館、成功。夢魔は、夢と現実を行き来し、夢で起きたことを現実に反映させたりと、夢を介したら彼らの右に出るものはいないほど、何でもできる存在である。その反面、体力も魔力も極端に少なく、討伐は意外にも容易である」


 それは城の本棚で魔女が調べた資料と同じ内容であった。


「これはこれは! なんたる幸運。なんたる出会い! ダイスを使わなくても、このような出会いを引き寄せることができるのだな!」


 聖女は、少年相手に心理学も要求した。ドルイドたちが再び悪戦苦闘して暗算する。


「心理学成功。きみに救いの手を伸ばしたいと申し出るこの小さな少年からは、淀んだ感情をいささかも感じない。本気できみの記憶を探りたいと申し出ているようだ。きみのためではなく、この魔女のために。少年の目的はどうあれ、彼の行動がきみに良い働きをもたらすだろう」


「おお、得体の知れない夢魔にも効くのか」


 賽子を振ったドルイド達のほうが驚いていた。


「ふーむ、あの男の浄化が成功すれば、聖女様の信頼がますます上がりますな。少しやり方は間違っているかもしれませんが、この夢魔の力に頼るのも、聖女様の人徳の為せる技かと」


 聖女も少年が信用に足る人物だと判断した。


「わかりました。今日振れるダイスを全て賭けて、彼を眠らせましょう。どんな出目でも、自動成功いたします」


 耳慣れない言葉の連続に、少年が小首をかしげた。


「ダイス? 自動成功?」


 説明の代わりに、どこからともなく複数の賽の音がこだまする。


 聖女が大きく息を吸い、空高らかに叫んだ。


「女神の加護付与!! 隠密クリティカル! きみは築数百年に及ぶ城の耐久性を凌駕した自らの体重に気づかず、城の頂きに辿り着く奇跡を起こした。しかし、朽ちゆく建築素材に裏切られ、あえなく急降下してゆく。しばしの安息が必要となるだろう」


 老朽化した城の城壁が突然剥がれだし、戦士が仰向けに落下してきた。轟きを上げて強打した背中。戦士の腹部に、容赦なく瓦礫が落ちてくる。


 当たり所が悪かったのか、戦士がおとなしくなった。だが、ひっくり返った亀のように手足をゆぅらりと揺らしている。起き上がる意思はあるようだ。


 少年は羽ばたきながら、少し後退した。


「……この戦士は、あなたの言いなりなんですか?」


「そういうわけではありませんが」


 聖女は詳しい説明を省くと、少年に一礼した。


「それでは彼のこと、よろしくお願いいたします」


「あ、はい……」



 少年は魔女からもらった肉体を木陰の下で横たわせると、肉体からするりと抜け出して、もとの実体のない夢魔となった。


 爆睡しつつも微妙に手足がバタついている戦士の、頭部に接近。おでこからするすると入り込み、夢の中に侵入することに成功した。


 黒く、もわもわとした煙たい世界で、夢魔少年は、今になって自分が何をしているんだか理解不能になってきた。


(なんか、流れで立候補しちゃいましたけど、なんで僕がこんなことを……ま、いいでしょう。もっと奥深くまで進んで、この男性の記憶を探ってみますか。魔女魔女ってうるさいですから、魔女という言葉で検索してみましょう)



 夢魔少年は、魔女という言葉が聞こえてくる夢をどんどん引き寄せた。やがて集まってきた、いくつかの風船のような物体。少年の一番前に来た風船

が、時系列が古い思い出だった。


 夢魔少年が入り込んだのは、はるか昔の、とある少年の記憶だった。



 夢魔少年は、夢を見ている本人の視界を借りて周囲を見回した。船の上だろうか、甲板らしき場所から、波打つ海原と、遥か遠くに城らしき建物のとんがった屋根が見える。


(なんですか? この筋肉隆々の上半身に、鎖だけ巻き付けたサンタクロースみたいな人は)


 目の前に立っている中年戦士は、すごい量の髭をぶら下げていた。黄金の冠を頭にのせている。


 夢魔少年は、夢を見ている本人の記憶を探り、この中年戦士が父親にして一国の王であることを知った。


 この少年はどうやら、この船で最年少の乗組員。そして一番最後に生まれた末っ子の王子様だった。


「此度の戦も、難儀であったな」


 少年も同意とばかりにうなずいた。親子はちょうど戦地から帰る途中であり、その成果はいささかも芳しくなく、全ての疑念は、国の一切を神託で司どっている聖女へと向けられていた。


「今度の聖女の様子も、どうにもおかしい。神託は外れに外れ、あわやこの戦にも負けるところであった。政治の全ても聖女に任せていたというのに、それも成果が上がらぬ。儂の父の代では、絶対に起こりえなかった由々しき事態だ」


 この国は、その成り立ちから今日に至るまで、何から何まで聖女の神託に、頼りきっていた。


 王が潮風に髭を揺らしながら、船が目指す先を眺めた。


「今また次の聖女の候補が上がっておる。だが、その娘にも期待通りに神託が授かるようには思えなんだ。第一印象からして、暗く冴えない娘だった。責務を果たすやる気すらも、感じられん」


 師匠サマの事ではないかと、夢魔少年は心配した。やる気がないわけではなく、自分が聖女に向いていないことを初めから自覚していたから、自信がなかっただけ。この男は彼女について、何もわかっていないと密かに憤慨した。


「儂の代で、もう何十人と聖女が交代を続けてきた。総じて儂は、こう思うようになった。聖女は、神ではなく別の存在のしもべと成り果て、それ故に我が国に損害を来たすことばかりを、さえずるようになったのだと」


 隠者達の事だと、夢魔少年は思った。


「聖女に頼る時代は、もはや終わったのだ。儂はあの娘を最後に、教会から政治と軍事を切り離すことにする」


 海原を眺めていた王が、少年に振り向いた。眉間に険しく三本筋を立てて。


「あの娘が神託を外したときが、教会の最期だ」



 ところ変わって、目の前に立派なマントを肩にかけただけで先ほどと服装がいささかも変わっていない王が、大きな玉座の前に仁王立ちして、少年を見下ろしていた。


「お前なら立候補すると信じていたぞ。だが、危険を伴う仕事だ。くれぐれも気づかれぬように、探るのだぞ」


 少年は緊張した面持ちで返事をした。神託を一向に授からない聖女が、わが国に不忠であるか否かを確認するために、王子である身分を隠して教会に潜入する役割を、彼自らが立候補したのだった。


「これを、肌身離さず着けておきなさい。これは王家に伝わる銅板の魔除けだ」


 手渡されたソレは、夢魔少年と魔女が暮らしていた城に飾られていた、あの用途不明の銅板であった。


 受け取った少年が、重過ぎて身に付けるのは無理があることを訴えると、


「なぁに、そのうち筋肉がついて、身に付けていることすら忘れるほどに慣れてしまうさ」


 と返された。しかし、重たい金属板を、どのように体にくくりつけておけばよいのやら、すぐには思いつかずに少年は困惑している。


「それにな、それがないと儂は、自分の息子か、それともそっくりの別人なのかの区別がつかんのだ。なにせ正妻も側室も、どういうわけか五つ子六つ子を産みまくるものだからな、ものすごい人数の子供たちがいるのだ。実の息子の区別どころか、名前も覚えられないこの父を許せ」


 顔がそっくりな子供たちが大勢いるらしい。そんなことってあるのだろうかと、夢魔少年は眉根を寄せる。


 少年が改めて銅板を観察すると、何やら裏表に色々と文字が、彫り込まれていた。王いわく魔除けのようだが、夢魔少年と魔女が壁に飾っていても、特に気分が悪くなったりはしなかった。どうやら魔除けの効果などない、ただの気休めのようだった。


 受け取った少年は、その銅板を大事に懐にしまい、それでは行って参りますと、父に深々と頭を下げたのだった。


(このお城の内部、師匠サマの住んでいるお城と、造りも雰囲気もちょっと似ています……。もしかしたら、師匠サマは聖女に選ばれた際に、お城に招かれていたことがあったのかもしれませんね)


 こんなに天井の高い建物に招かれては、強く印象に残るのもわかる気がする夢魔少年。魔女は聖女だった頃、狭い小部屋に閉じ込められていた事も相まって、広い建物が自由の象徴となったのだと想像した。



 またまたところ変わって、白の大理石で造られた、清潔な神殿が現れた。


 狭い小部屋の、天蓋付きの大きな寝台につっぷして、聖女が泣いていた。肩を震わせ、声を殺して泣いていた。


 何もかもが聖女の神託頼みのこの国で、その重圧と、重すぎる責任の理不尽さに泣いていた。


(この女性は、まさか、師匠サマですか!?)


 この少年は、彼女が泣いている理由を知っていた。何もかもうまくいかないまま年月が経ち、どうにもならなくなった感情が、溢れ出ているのだと。彼女には助けが、必要だと思った。


 少年は来る日も来る日も、聖女に寄り添い続けた。そして自分の一番大事な物であるお守りを、聖女に貸した。少年は家族の元を離れて寂しくなったときは、この銅板を懐に入れて耐えてきた。それは父との数少ない思い出から生じる力強さなのだが、少年はこの銅板に、不思議な力が宿っていると信じるようになっていた。そしてその力は自暴自棄になり弱っている彼女にも、必要なのだと感じたのだった。


 聖女は銅板を受け取ると、これは何かと少年に尋ねたが、少年は詳しくは言わなかった。父から預かったお守りなのだと言ってしまったら、優しい彼女はきっと、受け取れないと言って速攻で返すから。


『いつか、僕が必ず引き取りに参りますから、それまで聖女様が預かっていてください』


 聖女は、小首をかしげながらも銅板を受け取った。よくわからない物を渡されても、とりあえず預かってしまうくらいには、この少年のことを信用しているらしい。


(師匠サマ……あれからずっとこの銅板を持ってたんですね……)


 聖女にとっては、用途不明の謎の金属板。どんなに時が経とうとも、彼女は彼が引き取りに来てくれるのを、待っていたのだろうか。


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