第9話   総動員でお出迎え

「きみよ、どうか鎮まりたまえ。きみの絶叫で、多くの魔物が引寄せられてしまう」


 少女の声など瞬く間にかき消され、戦士は不気味に長く伸びた腕で、押し寄せる魔物たちを掴んで引きちぎっては投げ、その辺の木も引き抜いては投げ、まるで猿のように暴れていた。


 魔物たちも、団子のようにぶつかってくるばかりで、戦い方に知性がなかった。前が見えていないのではと思うほど、真っ直ぐに向かってくるのである。仲間の死体も踏みつけて、怯むことなく真っ直ぐに。


(なんだか、戦士とこの魔物たちは、似ている気がします……。見た目が、特に、生えている棘の形や様子が、そっくりです。司祭ドルイドたちが言っていた『何か関係があるかもしれない』という予想は、当たっているのかもしれません)


 戦士も魔物も、もはや条件反射的に戦っていた。


(これは、彼の自我と記憶をもう少し修復する必要性がありますね。自分がなぜ戦っているのか、なぜこのようなところにいるのか、それを自覚してもらわないと、延々と魔物を引き寄せて、戦い続けてしまうかも)


 それはさすがに、まずいと判断した。呪いにより無敵と化している彼はともかく、少女は生身の人間だった。このままでは、このよくわからない異世界空間で、魔物にやられてしまうか、のたれ死んでしまう。


(私にできることは、天に向かって祈り、賽が振られるのを希望するだけ。私が彼のために使う能力スキルが、成功するかどうかは、彼に割り振られた確率可能性に影響されるから)


 彼が記憶を取り戻す確率可能性がゼロならば、いくら賽を振っても、絶対にうまくいかない。


 封印されてなお運命さえも操作する、絶対的な存在である女神が背景にいるのだから、大抵の事は、かなりの確率で成功するのだが……大失敗することもある。


 それがファンブルと呼ばれる現象だった。


 場合によっては、取り返しのつかない大惨事を引き起こし、立て直し不可となる。


 このような不気味な異世界で、もしもファンブルを起こしてしまったら、少女の旅も、ここで終わるだろう。


(最後に賽を振った時間から、かなり経っている。これなら――)


 一日に振れる賽の数には、限りがあった。そして連続で振り続ける回数も、限られていた。


 少女はこの異世界に来てからというもの、森から溢れ出る魔物たちと戦うために、暴走戦士をダイスの力で制御してきた。


 主に、際限なく目の前の魔物に飛びかかろうとする彼の意識を、他へと移し、前へ前へと進ませるために。これをやらないと、彼はその場で延々と戦い続けてしまうため、前進してくれなくなる。


「アイデア成功。きみはキリの良いところまで魔物たちを倒すと、残りは押しのけて、前へと進んだ」


 この森に来たばかりの頃は、とにかくひたすらにアイディアで振り続けた。奇跡的に成功が続いたが、失敗も何度か起きた。そうなると彼は、その場で立ち止まり、気が済むまで魔物たちを殴り殺していた。


 少女が少々気になるのは、この魔物たちの声だった。子供なのだろうか、やたら甲高く、鋭い声をしていた。


 これには耳を塞ぎ、逃げ出したくなる気持ちが沸いて出る。人間の子供に危害を加えているみたいで、さらに自分の身内を思い出してしまって、とても辛い。


 だが、声は可愛くとも見た目は棘に覆われた不気味な魔物たちである。躊躇していては、こちらがやられてしまう……少女はそう自分に言い聞かせ続けて、何度も自分を奮い立たせて、彼のために前へと進み続けた。


「賽の冷却時間クールタイム終了」


 少女は天を仰ぎ見た。作り物の薄暗い空は、しかし少女の願いを聞き入れた。作り物のさかいを超えて、そのさらに先へと。


 賽の音が、大きく響く。


 少女は大きく深呼吸し、自らの意思を大勢のドルイドたちとつなぎ、その作戦を口にした。


「女神の加護付与!! 隠密ステルス、クリティカル! きみの気配は掻き消え、その巨体に似合わず、魔物たちに見つかる事はなかった。彼らの殺気は、きみを刺激する事はなく、きみもまた、しばしの安らぎを得ることができるだろう」


 記憶を修復する前に、まずは安全地に立ち止まってもらわなければならなかった。



「互いの運命を、不自然なまでに大きく変えましたね」


 少女は、薄暗い木陰で膝を抱えて座っていた。大勢いるドルイドたちへ一斉交信するのは、何度やっても、混乱する。まるで自我が彼らと溶けいってしまうかのような感覚を覚える。


 自分が自分じゃなくなるみたいで、良い気分ではなかったが、少女はごくたまに、最終手段に頼る。


「本来ならば、敵味方双方の気配を完全に消すなど、起きえない事象です。それこそ、ゼロ……初期値すら設定されていません。ですが、私は本日の賽を振る機会を全てつぎこみ、それと引き換えに奇跡を起こしました。……ここから先はしばらく、賽に頼れません」


 少女は、自分の細腕を、ぎゅっと抱きしめた。


「これが、ダイスの聖女の力の限界。なんでもできるようでいて、なんにもならない、それが、私たち……」


 戦士の記憶を修復するための、賽がしばらく振れなくなった。長期の冷却期間が過ぎるまで、この異空間で戦士に頼りながら生きていかなければ、旅は終わってしまうだろう。


 睡魔と戦い、長時間、辺りを徘徊していた戦士が、ズズゥンと地響きを上げて、横たわった。


「ゆっくりお休み下さい。明日も長いでしょう」


 少女は疲れた身体に鞭打って立ち上がると、戦士の背中の棘に引っかかっていた革袋を二人分取り返し、静かに火を起こして、食事の準備を始めた。


 賽に頼らずに、自力で火を起こすのは手間取った。戦士を操って火を起こさせることができないのだから。


「魔物たちを見て、気がついたことがあるのですが」


 少女は戦士がグーグーと寝息を立てているのを知っていて、話しかけていた。


「この森に潜む魔物たちは、あなたと特徴が似ていますね」


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