第6話   聖女を導くドルイドたち

 すべての事象の起きるか否かの確立を決める賽は、ダイスの聖女が強く望めば、ひとりでに振られることが多い。

 しかし、あくまで「多い」と言うだけであり、少女の意のままに転がってくれるわけではなく、出目も選べない。


 少女が希望する能力スキルが発動するかどうかは、すべて賽の出目にかかっていた。


 いかれる戦士のために使ってきた数多の能力も、彼女が生まれ持っていたものではない。聖女に選ばれた際、多数の司祭ドルイドからの祝福とともに、特別に付与された。


(彼は、私の能力スキルでどうこうできる程度なのだろうか)


 少女が今まで請け負ってきた人物は、意思疎通に多少の弊害があったとしても、彼女の扱う能力の通りに支配され、その無念を吐露し、少女とともに解決にあたってきた。


 無念が晴れ、魂の浄化に成功した例もあれば、原因は不明だが旅をするうちに魂が摩耗してしまい、いつの間にか消滅してしまった者、少女と波長が合わずに自ら去っていってしまった者など、ときに解決に至らない場合もあったが、それは極めて稀であり、少女の任務達成率はとても高かった。


 そんな少女が、今回は初っ端から困惑している。


 天を仰ぎ、少女は祈った。


 はたしてその祈りが届いたのか否か、賽が鳴った。


「……召喚成功。きみは三名の助力を得ることに成功した」


 彼女の心の機微を察知し、召喚に応じてくれた者が三人、少女を三角形に囲んだ。


「迷っておられるようだな、ダイスの聖女。この司祭ドルイドに、なんなりと尋ねるが良い」


 会話が少ししづらい程度の距離をあけて、三名は座っている。不仲というわけではなく、少女の足元に浮かび上がった魔法陣の召喚者三名の定位置が、そこなだけであった。


 少女と似たような服装の、しかし裾がぼろぼろに擦り切れている白い外套で身を包んだ彼らの顔は、目深に被ったフードで見えない。老齢を迎えてしゃがれた声が、唯一彼らの性別と年齢の判断材料であった。


「導きの助言を」


 困った時は、いつも素直に助けを求めるのがこの少女だった。自分の見栄を気にするよりも、今とてつもなく苦しんでいるこの魂が救われることを、最優先する。


 老人たちはしばし黙りこくり、指先が見えぬほどの長い袖の下の両手を、胸の前で組み、祈りの姿勢をとっていたが、やがて一人が片手を挙げながら口を開いた。


 フード越しでは口の動きがわからず、誰が発言しているのかもわからないため、発言者は挙手するように少女が頼んでいたのだ。


「我々は聖女様が授かった能力だけで、充分に対応できる案件だと判断します」


 話し合わずとも、司祭ドルイドたちの個は互いに繋がっていた。聖女の身に起きたことも全て、既知の範囲である。


「私でできるでしょうか。彼のあらゆる負の衝動を、私の能力スキルで抑えきれるか不安なのです。賽の出目次第では、私の旅はここまでとなり、いたずらに世に放たれた彼もまた、多くの悲劇を生む厄災となるでしょう」


 別の司祭ドルイドが片手を挙げた。


「すべては出目次第だと言ってしまえば、それまでなのだが、聖女を失ってしまうのは我らも恐ろしい」


 恐ろしい恐ろしいと口々にする司祭ドルイドたち。数多いる聖女の一人でも欠けることを、彼らは嫌った。


 こうしている間にも、巨人のような存在となっている黒い甲冑の男は、右往左往と大股で辺りを練り歩いている。小さくマジョマジョと繰り返しながら。


「ふむ、魔女かぁ」


 最後の司祭ドルイドが、長い袖から色の悪い肌で覆われたしわしわの手を出して、フードの下の顎をさすった。


「その甲冑と似たような雰囲気の、とある森の中にな、魔女が住む城があるのじゃ。何か関係しているのやもしれんなぁ」


「森は、この地域には存在していないかと。オアシスならば点在しておりますが」


 少女は森というものを見たことがなかった。書物と、点描画の挿絵。それが彼女の知る森の全てだった。


「魔女は遠くに住んでいるのですか? 私で辿り着ける距離でしょうか」


「世間一般の移動方法では、到底無理じゃろうのう」


「右に同じく。あの魔女には我々も手を焼いております。この戦士もまた、魔女に何かしらの強い執着があるようですね。もしかしたら魔女に恨みがあり、殺したいのかもしれませんね……。それで彼の魂が浄化されるというのなら、聖女様もその地に赴いてみてはどうでしょうか?」


 どうでしょうかと言われても。先ほど、一般の移動方法では無理だと言われたばかりな少女は、金色の眉毛が真ん中に寄った。


「どのように行くのですか?」


「ふーむ、これもダイスの女神様がお創りになった、賽の機嫌次第じゃのう」


 司祭ドルイドの一人が、不自然に長く節くれだった手をゆっくりと開いた。その手に握られていた紫色の、十面体の賽子サイコロが三つ、宝石のように輝いた。


 老眼の進んだ司祭ドルイドの一人が、外套の下から鈍器になりそうなぶ厚さの本を取り出して、地面に広げた。顔を遠ざけたり近づけたりして、ようやく読んでいる。


「うーむ、お前が扱える能力スキルの種類を、もっと増やしてやれたら良いのだが。なにぶん、女神が創造されたルールブックと言うものが、複雑に暗号化されており難解極まりなく、おまけにノミのように小さな文字ゆえに、解読作業が……。歳食った我らには厳しいのだ」


 少女はそのルールブックとやらを読んだことがなかったが、ここから垣間見えるページには、確かに粉微塵のごとき文字の羅列がびっしりと。虫眼鏡がいる細かさである。


 賽子を持っていたドルイドが、魔法陣の上でも気にすることなくポイと投げた。


 すると、あの音が鳴り響き、それは賽子が停止するまで続いた。


 出目を確認し、複雑な計算方式を踏まえつつ、ルールブックから必死に項目を探す司祭ドルイド


 賽を投げたほうの司祭ドルイドは、すべての計算が終わるまで待っていた。


「女神様はなぁ、この世のすべての出来事を、小さな賽子数個だけで操るという、とてつもない仕組みを創造されたのじゃ。これによりすべての事象は、賽子まかせの確率で起きる。極端な偏りのない、それでいて独裁的にこの世界を支配しようとなさったのじゃ。儂らはその考え方に、非常に感服いたしておる。我が主ほど寛大にしてお優しい人はおらんじゃろうのう」


 少女はちょっと共感しかねたが、それは彼女が女神に会ったことがないせいもあった。遠い昔に封印されたと云うその存在を、十数年前に生まれた彼女が、出会う由もなかった。


「移動魔法の発動、成功。これで我らの使う魔法にダイスの女神からの補助がかかり、お前とその戦士を、任意の場所へ移動させることができる。女神もきっと、この賽子を通して、我らが行う復活の儀を応援されているに違いない」


「私と彼を、魔女が住む場所まで移動させるつもりなのですね」


「いろいろと不安であろう、だが、ダイスの女神は必ずやお前に微笑んでくれる。無理だと感じたら、また我らを呼ぶが良い」


 一応、助言はしてくれるようだが、ほとんど少女に丸投げである。


 少女は内心とても心配していたが、それは我が身のためではなく、自らが復活させてしまった彼がその後どうなってしまうのかを、懸念していたからだった。


「ちょうどここに、移動用の魔法陣がそのまま残っておるのう」


 司祭ドルイド達三名は、両手を魔法陣にべたりと着けると、陣を描く線がにわかに虹色に輝きだした。


 しかし、あたりをうろうろと歩いている甲冑の戦士が、なかなか魔法陣の上に来ない。


「おいコラ、早く踏むんだ。我らは長時間ここにいられないのだからな」


 だがしかし魔法陣を警戒してか、戦士が近づかない。仕方がないので、またあの賽子に頼み、ルールブックをめくり、無理矢理に彼を動かして、魔法陣を踏ませたのだった。


「怖がらなくても、大丈夫ですよ。私がついています」


 少女は彼と手をつないだ。


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