第3話   二人が出逢った記念の日

「さて、クレヨン十二色を全部使って、魔法陣を描いちゃうわよ〜。ではインプくん、魔法陣図鑑を二人分、持ってきて〜」


「じゃん、すでにテーブルに準備してあります」


「あら、えらいわ! もしかして、今日の教材のクレヨンを見て判断したの?」


「はい!」


 魔女がにこにこしながら、拍手する。


 少年も初めはドヤ顔だったが、やっぱりなんだか子供扱いされてるみたいで、すぐに真顔に戻った。


 魔女は魔法陣の図柄を暗記しており、何も見なくとも、古びた石材の床に、クレヨンで直接描き始めた。定規やコンパスが必要そうな線も、腕の勢いだけで綺麗な一発描きを決める。


「師匠サマ、その魔法陣の目的はなんでしょう」


「うふふ〜、図鑑で探してみて〜」


 少年は超絶にぶ厚い図鑑の頁をめくりまくって、魔女が描く魔法陣を必死で探す。


(うぬぬ、ぜんぜん見つかりません!)


「続いては、呪術者が使っていた道具ね」


「あ、この紫色のつのが生えた頭蓋骨ですね」


 少年が図鑑をテーブルに置いて、骨を両手で掴むと頭上に掲げた。割らないでね〜と魔女に優しく忠告され、そっとテーブルの上に戻す。


 魔女はその頭蓋骨を、透明スライムにかぽっと被せた。下顎のない頭蓋骨の下で、蠢くスライムみぞれ味。


 魔女は透明スライムを両手で持ち上げると、床の魔法陣へと移動した。魔法陣の真ん中に設置する。


「さて、この魔法陣の中の、三角形の図のかどに、大きなヤシの実が置けるくらいの円が、三つあるわね」


「はい、あります」


「てっぺんのかどに、あなたが立って」


「え? 僕ですか?」


「ふふ、そうよ。そして右端の丸には、この金属の卵を、左端には粉末状にしたパンツね。そしてこのみぞれ味ちゃんは、真ん中に設置!」


「あ、みぞれ味っていうんですね」


 少年は恐る恐る、みぞれ味を観察。頭に被ったつの付きの頭蓋骨が、ずぶすぶと体内に沈み込んでしまっている。


「怖いです……いったい何をするんですか?」


「怖がらなくても、痛くもなんともないわよ? あなたにはなんの悪影響もないわ」


「ほ、ほんとですかぁ? 信じてますからね……」


 少年が恐る恐る定位置に立つと、魔女は聖女の遺物だった粉を、その辺にあったメモ用紙に載せて、金属の卵とともに、それぞれの円の中に置いた。


「準備万端! それでは、始め!」


 魔女が鋭い一声とともに、パンッと手を鳴らした。


 魔法陣が強烈な閃光を放ち、透明スライムが突如伸び上がって、少年を丸呑み!


 続いて金属の卵を丸呑み、最後に聖女のパンツ粉も丸呑み。頭に被っていた頭蓋骨も併せて、体内でグジュグジュとうがいをするように、お腹の中でかき混ぜて、少年だけプッと吐き出した。


 床に転がる少年。


 粘液でびっちゃびちゃになっている。


「うう……目が回る」


 さすがに師匠に文句を言わねばと立ち上がったその時、透明スライムが少年に向かって、何かをブッと吐き出した。床にカランと金属音が鳴る。


「あ……これは……」


 呪詛で黒々と染まった金属の刀身。確実に獲物の息の根を止めるという強い意志を匂わせる、湾曲した刃。あちこちには、苦悶の表情に変形した小さな頭蓋骨たちの装飾。

 少年の小さな手でも持ちやすい、細くて、滑り止めがついた長い柄。


「これって、鎌ですか?」


 タロットカードの死神が携える大きな鎌と比べたら、少年の身長の三倍ほどしか丈が無いが、農作業で使う道具と比較すれば充分に物騒だった。


「そうなの。今日は私とあなたが初めて逢った日だものね」


「え……? ええ!? そ、そそそそうでしたっけ……」


 少年はほっぺたが真っ赤になって、熱くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、うつむいてしまう。


「あなたの誕生日はよくわからないけれど、今日は二人の出逢いがあった記念日ということで、お祝いしましょう」


「この鎌を、僕のために、わざわざ……?」


「あなたはまだ強くないから、武器に頼ったほうがいいわ。この城は、あなたにとって安全とは言い難いから」


 魔女が困り顔で肩をすくめながら、ほっぺたを掻いた。


「私はずっと一人ぼっちで、この城をとにかく守りたい一心で、薬で凶暴化させた魔物をあちこちに配置してしまったの。おかげで私は安全に暮らせるようになったんだけど、魔物たちの中には、まだあなたが新しい仲間であることを理解できない子が多いの」


「あーなんか狂戦士バーサーカーみたいなヤツ多いですもんね。師匠サマの言葉も届いてなさそうなヤツ、けっこう見かけましたし」


「うふふ、反論できないわね〜。いざとなったら、あなたはそれで自分の身を守ってね」


 少年は両手で鎌を持ち上げた。ずしりと重く手に食い込む。


「これは、全体重をかけて振り回したほうが、遠心力も加わり高い打撃の効果も得られます。扱うのは大変そうですが、日々の鍛練あるのみです!」


 瞬時に己の力量と合わせて判断し、目標を定めた少年の目が、輝いた。


「わかりました師匠サマ。この贈り物、後生大事にいたします。自分の身を守り抜き、そしてそして、何より師匠サマの身を第一に死守していきたいと思います!」


「あら〜? 私はいいのに」


「またそのような謙遜、了承できません! まだまだ未熟な僕が、こんなにも過ぎた武器をいただいてしまった手前、僕はこの使い手にふさわしくあるべく、成長していきたいと思います。そしてこの鎌の使い手は、きっと己の保身のみに特化した男にはふさわしくないと思うのです! 師匠サマ、これであなたを守らせてくださいっ!」


 魔女はポカーンとした顔で聴いていたが、やがてハの字眉毛で微笑んだ。


「あ、ありがとう。本当にあなたは、私の理想の男の子だわね」


 魔女が少し悲しそうに笑う理由が、少年にはわからなかった。


(まーた僕のこと子供扱いしてますね。素直に喜んでワーイってはしゃぐヤツだと、思われてたんでしょうか)


 少年はどうしたら一人前の男として魔女に見てもらえるだろうかと、今夜もまた悶々とする自分が、想像できたのであった。


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