第16話 姫の知ること
仮眠といっても十分くらいしか取れなかった。
「じゃ、でましょう」
「その前に、トイレのふりして気配察知つかいます」
姫が苦笑した。
「わたしも使えます。でも、あなたがやったほうがいいわね。コツを一つだけ。目をとじて、察知したい場所のことを思い出して。そこに違和感があれば何かいる」
できるかどうかはセンスの問題だけど、と彼女は言った。
立小便するふりをしながら、言われたことをためすと、気配はあった。山の木のかげにだれかいる。
のびをしながらカモフラージュのスキルで看破しようとする。これは見つかりにくくするのと、見つけるのと両方のスキルだ。そして真似はオリジナルに劣る。見破れたら幸運程度。
幸運だった。というより、あちらの油断だった。カスミがいる。いるのだが、あの女の子、居眠りしてるじゃないか。
中にもどって報告すると、今のうちだねということになった。もう一回出て、まだ居眠りしているのをたしかめて手招きする。姫が出てくるのは少し遅れた。そろったところで音吸収をかけたままかたまって下りの道に走りこむ。
カスミは最後まで寝ていた。あとで叱られるだろうね。
真っ暗な山道を先導したのは姫だった。夜目のスキルがあるとのことだ。セイリア、俺が相手の背中をみながら遅れまいと走った。
「デコイをおいてきました」
息切れしたあたりで歩調を落として姫が遅れた理由を説明した。
「召喚魔法の一種です。気配だけさせる影を三つおいておきました。寝静まるくらいには消えるでしょう」
「姫」
セイリアの声が急に冷たくなった。
「やっとわかりました、いつもそれを使って……」
「テルは秘密を一つあかしてくれました。わたしも秘密を一つあかしました。セイリア、あなたは何かあかす秘密はありますか」
さえぎって煙にまいてるし、何がどうだったかわからないが姫がやんちゃやってたことは理解した。
「はあ、まあいいでしょう」
深いためいきが聞こえた。
「テル、気配察知を欠かさないように。わたしも使いますが、一人より二人です」
気配は、というとそこら中にあった。夜になって動き出した夜行性の生き物の気配だ。大きな気配はないがずっと使うと疲れるなこれ。
「心細いので雑談をしましょう。勇者召喚については少し知ってることがあります」
姫の声は少し震えていた。
「聞かせてください」
無理をしないでもいい、そういおうと思ったのに、出てきた言葉は正直だった。
「テル、あなたの世界ではレベルアップとともに全快するものですか」
「いや、レベル自体ないですね」
あれはどこかの軍隊のキャリアアップから生まれた概念だったっけ。親父にそう聞かされたことがある。あのおっさんもたいがいゲーマーだったな。
「なのにあなたはレベルアップで骨折すら直った。少なくとも今のあなたはあなたの知ってる前世のあなたとは違う体になっています」
「そうですね」
「単刀直入にいえば、それはモンスターの体です。勇者召喚とは、自分を人間だと思っている成長するモンスターを作る儀式魔法です」
白衣の女神は「能力をもつだけで一応人間ですよ」といっていなかったか?
そういうと姫は否定はしなかった。
「はい、一応人間です。自覚もあるし、できることもだいたい同じ。子も残せます。勇者の子孫もいます。みんな普通の人間です。それでも、事情を知る一部の貴族、
王族はあなたがたをそう思っているということは忘れないでください」
だから平気で死ぬようなところに捨てれるのか。
「召喚をやめた理由はそれ? 」
「まだあります。儀式には生贄が必要です。勇者以外で五人ほど」
俺を鑑定して舌打ちしたあの魔法使いが「あんだけ犠牲にして結局一人か」と愚痴をいっていたのはそういうことか。あのときは五人呼ばれた。つまり二十五人もの生贄をささげたことになる。その人たちはどこから連れてこられたのだろう。
そして、全然違うところの人間を呼ぶのもなんとなくわかった。
「止まって」
大きな気配。姫に遅れて俺にもわかった。
前方をのっそりなにかが横切っていく。胴体が牛ほどもある巨大な蜘蛛だ。こちらに関心はないらしく、ゆっくり姿をあらわし、ゆっくり姿を消した。
「あれが峠の魔物です」
通り過ぎたところでほっとした声の姫。
「こっちこなくて助かりました」
きっと真っ青な顔いろなんだろうなという声のセイリア。
「あれは水をのみにいったのだと思います。その後、狩りにはいるので、急いで通り過ぎましょう」
反対意見はない。俺たちは足元に注意しながら無言で急いで道を下った。
「姫はこの峠にくわしいですね」
「転職のための修行に使ってましたから」
「転職? 」
「条件を満たすと、上位の職能に変わることができるんです。戦士なら聖戦士や暗黒騎士といった職能ですね。レベルは1になりますが、魔力と体力は引き継がれます」
「もしかして、召喚した勇者とやらが最初から上位職だと」
「はずれあつかいでしょうね。伸びしろがありません。基本職で能力値の高いものが理想でしょう」
つまり、白衣の女神の示した一番最初のリストから選ぶのが正解だったのか。
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