第17話 一番はずれのモンスター職

「でも、一番のはずれ職があると聞いています。転職がまったくない職能」

 姫はじっと俺を見ている。

「その代償なのかどうか知りませんが、便利な能力をもっていると聞きます」

「もしかして、テルのものまね師がそうなのか」

 本当はミミックで、モンスター職なんだけどね。

「そうらしいですね。でもレベルが低いとあんまり役に立たないので試練にだして生き残ったのを隷属化させたと書いてありました」

「その知識は、何か本で? 」

 その本読んでみたい。

「ええ、ちいさいころにイースティ家に遊びにいったときに」

 つまり、召喚をばんばんやってる今の王の手元にあった本。子供むけの本とは思えないな。

「ですからセイリア、テルの収納のことは誰にも言わないように」

 姫はたぶんモンスター職についても知っているのだろう。たぶんミミックのことも知っている。収納を見せたときの彼女の表情、あのときに思い出したんだ。

 あと、いつのまにか呼び名がテルで定着してしまった。呼びやすいのかな。

 夜が白んできた。全身を疲労が満たしているが、妙に興奮しているところもある。徹夜したんだ。疲れてないわけはないし、いろいろ脳内物質がでてないわけがない。

「ありました」

 姫が何かみつけたらしい。

 横道にはいって少し森にはいると、真っ黒に苔で覆われた丸太小屋があった。大きさは峠のあの小屋くらい。

「これ、使えるんですか」

「まあ、見てて」

 姫がドアにふれると自然に手前にひらいた。中にぱっと灯りがともる。

 外からは信じられないようなきれいな室内だった。奥には天蓋にカーテンまでついたベッドがある。左右にもおつきの人用なのかシンプルなベッドがあった。

「修業時代に使ってた小屋よ。心配性のおじい様が作ってくれたの」

 いくらかけたのだろうか。灯りにも、中の保全にも、とんでもない数の魔法が使われている。

 このドアは姫しか開けられないらしい。中の明りは外には漏れない。どうみても廃屋にしか見えないだろう。

「じゃ、寝るね。寝付いたらいちゃついてていいよ」

「はいそうですかって、できるわけないじゃないですかっ」

 セイリアが怒る。だが、簡易鑑定するともう姫は寝ていた。早い。

 セイリアと目があった。どうする? と聞かれている。今回は手籠めにされずにすみそうだ。


 起きると、セイリアが囲炉裏でなにか作っていた。なんだか、袋ラーメンのようなものだ。姫がお姫様にあるまじきしゃがみポーズで楽しそうにまっている。

 俺に気づいてまたあのずるい笑みを浮かべた。手がだせないなら下僕になるしかない笑みだな。

「やっと起きた。ごはんがすんだら収納あけてください」

「なにを作ってるんです? 」

「先王朝のころ、試練をくぐって神農帝国まで逃げた召喚者が作った保存食よ」

 まさか。

「インスタンラーメというのだけど、テルの知ってるもの? 」

 やっぱり。年数を数えるとちょっとおかしいが、このにおいとかまちがいがない。

「俺の分、ありますか」

「あるわよ。ほら、もうできるわ。どうぞ」

 どんぶり、というよりボウルとよんだほうがよさそうな木の椀にもられたそれを木のフォークですくってすする。ちょっと魚くさいが、醤油ラーメンっぽい味だ。魚介系と思えばいける。

「おいしい? 」

 こくこく。

「姫、悪くなってないようなのでおめしあがりを」

 むせた。毒見につかわれたのか。

「大丈夫? 吐き気がしたらトイレにいってね」

 セイリアがはいってすぐ右の壁のドアをあけた。ファンシーにかざりつけられた様式便所っぽい小部屋があった。かなり快適そうだ。よく考えたら、こっちにきてから外でしか用を足してない。

 あとで使わせてもらおう。人心地がつきそうだ。ぜいたくをいえば風呂にもはいりたい。

「いや、だまって人を毒見につかうのはやめてほしいのだけど」

「すっごく食べたそうにしてたから」

「幸せそうに食べてましたね」

 うん。まさかこっちで出会える味とは思わなかった。名前も知らない先輩に感謝だ。ありがとうラーメン先輩!

「これ、一食いくらくらい? 」

 高くなければ姫を送り届けたあと、自分で買おう。

 帝国銀貨で二枚。一枚千円相当のようで、つまり二千円だ。ぜひ買おう。

 その前に当座の金とか収入とか心配事があるけど。


 山小屋には地図があった。東のはしっこがこの山地の、神農帝国の地図だ。国境線というものはひかれていないが、峠の頂上からみて西側は帝国とみなされている。

 線をこえたらうるさいあちらの世界とは違い、こちらはおおらからしく人里にでるまで油断ができないそうだ。

 一番近いのは遠目に見たあの大きな川のほとりにある町だ。地図では城壁もある立派な町だ。みんな歩きだし、つくまでにかかる時間は不明だが早いほうがよいのじゃないか。

「いいえ、今日の昼くらいまではじっとしていたほうがいいでしょう」

 姫の意見は違った。

「彼らが峠の魔物と衝突した場合、しなかった場合、一番長く時間を稼げるのは魔物と衝突し、軽傷者のみで勝った場合です。重傷者が出る以上の悪い結果なら急いでキャンプに戻らないといけないでしょう。魔物とぶつからなかった場合は、朝までにもどらないとカンセル殿が不審に思うでしょう。話が本当なら、タイシの任務は飛竜討伐のあかしをもって辺境伯領に戻り、叔父の望み通り貸しをつくることです」

「むしろ、さっさと移動したほうがよさそうに思えるんですが」

「あのレンジャーの存在を忘れてはいけません。彼らには確か追跡のスキルがあります。守りはありますが、最悪この小屋の外まで来ている危険があります」

 それは詰んでないかと思うのだが、あちらにも時間がないためタイシとジョナサンが引き上げざるを得なくなるまで待つのがよいというのが彼女の考えだった。

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