第12話 飛竜
「気づかれる前に迂回すべきです」
セイリアが意見具申した。
「いや、もう気づかれてる」
姫は淡々としたものだ。
「それでも、接触は避けましょう。イースティ公の手のものでなければハニの太守の兵です。あそこにいっていいことはなにも起きますまい」
賛成だ。少々腕がたっても人数には勝てない。ゴールだって不意をつかれず一対一ならセイリアに負けなかったと思う。
「ふむ、ではもう少し南に死ぬほど怖いが道があったはず。そっちに向かう」
左に折れてとことこ歩くのを遠くの彼らはじっと眺めているようだ。
「わかってると思うが、尾行がつくぞ」
「かまわず先を急ぎましょう」
水は俺が召喚できるし、このへんになると砂漠でもちらほら緑が見られるようになり、乾燥に強そうな小動物を時折みかけた。姫の弓が神技としか思えない精度でそれを射抜くので、夕食にはことかくことはなさそうだ。
水が魔法でだせるので、野営地にオアシスを選ぶ理由はない。警戒するのによい地形で拾い集めた薪でささやかな焚火を起こして周辺を警戒する。見えるようなところに追跡者の姿はない。
焚火では途中でとった小動物をさばいて焼き、夜に暖を取るための石をあたためる。これらを俺はセイリアからならった。魚もおろしたことのない俺には厳しい体験だったが、これからはこういうこともできないといけない。あまりの不器用さに泣き笑いが浮かぶ。
「テルは何もしらないのだな」
便利な道具だらけの世界からきたからね。
食事のあと、セイリアが練習をするというのでそこらの枝をもってメイス戦闘の練習につきあう。擬態してるのだから、同じくらいの腕前のはずなんだが、ちっともかなわない。アドバイスをうけてあれこれやってるのは練習につきあっているというより稽古をつけてもらってるようだ。
「そういや、俺たちは呼ばれるときに職能を選ぶし、スキルもそのとき覚えるんだが、普通はどうやって覚えるんだい」
「なりたい職能のためのスキルを習得して、職能の神様の祝福をもらうんだけどね。そのあとはレベルがあがれば新しい関係スキルを覚えたり、もともとのスキルの熟練度があがって上位のスキルになったりする可能性が高くなる。祝福をもらうときにお布施をださないといけないので、スキルだけで職能なしの人も庶民には多いよ」
ふうむ、スキルを覚えるだけなら職能は関係なく、職能があればスキルの発達が早いということか。
「柔術はメイスの関係スキル? 」
「そうだね」
熟練度は鑑定では見えないらしい。あげるために熟練度同等以上と実戦または訓練で理解を深めていくしかないらしい。
棒きれのうちあいは、彼女のアドバイスもあって最後には一、二度彼女にひやっとしたといわせることができるくらいにはなった。それ以外は数えきれないくらい負けてるし、ひやっとさせたときも負けてる。つまり全敗だ。
「真似じゃ本物に勝てないなぁ」
頭をかくと背中を叩かれた。
「簡単さ、なんだって最初は真似だ。あとは自分のものにする努力だよ」
ごもっとも。少しならったことをおさらいして、毛布にくるまった。
焼いた石を焚火をまぜる火箸でつまみ、分厚くくるんだものをだきかかえ、毛布をありったけまきつける。温石というそうだ。毛布を敷いても地面から冷えるのは防ぎきれない。交代で見張りながら、俺たちはうとうとと夜を過ごした。
夜明け前、あまり眠れなかったので白み始めたのを口実に早々に出発する。
朝食は昨夜ののこりと干し野菜少々。
誰の姿も見えないが、すぐれた追跡者というのはそういうものらしい。いるかいないかわかるものじゃないと。
「まずいね」
姫が空を見上げた。
何が? と思ったとき、さっと何かの影がよぎる。
恐竜図鑑でみた翼竜のような姿が体をかたむけ、旋回している。トカゲ馬たちが怯えた鳴き声をあげた。
「飛竜だ。人間くらいさらっていける大きさがある」
セイリアは顔をしかめている。
「さらうって」
「あのくちばしで咥えてさっとね。で、どっかにたたきつけておとなしくなったのをまるのみだ。もってかれたらまず助からないよ」
あれは擬態できないな。バカみたいな感想しかでてこなかった。
「来たらとにかくよけて」
低空飛行に入ってる。やばい。
「そこの岩陰に」
大きな岩がいい場所にあったので声をあげながら飛び込む。
トカゲ馬たちは大騒ぎだ。
ものすごい風を巻き起こして飛竜は通りすぎた。でかい。そして通り過ぎたところでまた旋回する。あきらめてないようだ。
「このままじゃいつか誰かがさらわれてしまう」
トカゲ馬もはねまわってるだけだが、そのうち逃げ出してしまうだろう。
「弓で落とすには速すぎます」
セイリアにいたっては肩をすくめただけ。
確かにあの速度じゃあてるのは無理だ。
だが、あいつはこっちに突っ込んでくる。
必要な魔力をさっと計算した。半分以上もってかれるがカウンターであたればあいつもただではすまないはずだ。
だめならあきらめるまで鬼ごっこ。トカゲ馬たちはその間に逃げてしまうだろう。
十キロくらいの石をもってやつの進路に出る。よし、むかってきた。首をひねってくちをあけようとしている。くわえるつもりだ。
今だ。距離はあるようだが、あいつがその態勢にはいったのならそれくらいだと思う。
土操作で一拍に十メートルまっすぐその口に向けて飛ばす。スクーターの走行速度くらいだ。一気に魔力がぬけて気が遠くなりそうになるが、地面をけって進路からさける。石ころだらけの地面に転げようとかまいはしない。
石はスクーターの速度でも、あいつは自動車くらいの速度は出ていた。たぶんやつの悲鳴だろうと思われる声が聞こえ、俺の体は何か弾力のあるものにあたった。やつの翼だ。次の瞬間、地面にたたきつけられ、ごろごろ転がる。どっか骨がいったような感覚がある。衝撃で麻痺してわからないが、命はあるようだ。
飛竜は石の直撃を口の中に受けて地面に突っ込み、俺を翼でさらって後ろにこぼしたらしい。これで死んでくれなきゃ、確実にあいつの餌だ。
血でにじむ視界にセイリアと姫の戦う姿がうつっていた。
飛竜の目を二つとも弓の速射でつぶす姫、頭に飛び乗りフルスイングでメイスをふりかぶるセイリア。気が遠くなり、俺は意識を手放した。
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