第11話 峠越え
野蛮な感じはしない。それがセイリアの第一印象だったが、訂正する。大変野蛮だった。力ではかなわなかったし。力ではかなわなかったし。言葉責めも負けたし。
まあ、すんだことはおいておこう。力尽きて二人してすうすう寝てしまって姫に蹴り起こされ、仲がよいこと、とにっこりされてしまったので、力関係は完全にはっきりしたといえる。その点、セイリアの狙い通りなんだが、なぜか彼女のほうがひどくうろたえていた。
「さ、気をとりなおしてまいりましょう」
ルートとランドマークの書きこまれた地図を前に俺たちは頭を寄せ合っていた。奴隷商人の持ち物だ。ハニの都、辺境伯領、オアシスの村、それにいまいるオアシスはじめ野営向けの場所に印がはいっている。印はあとから書き入れたもので地図そのものはだいぶ古く、あの遺跡都市ものってるし、オアシス村のところには都市があることになっている。砂漠の南半分のど真ん中にあるのが神殿の町、どまんなかがオアシスの村、東に行けば王国の要塞があり姫たちはそちらから逃げてきた。オアシスの村の北西に辺境伯の町があって、砂漠はそこから森林と湖の地方になっている。
そしてハニの都はそのさらに西にあって、交易で繁栄しているそうだ。
「この砂漠も遠い昔は豊かな王国で、ハニの都はその王都、この神殿の町はその国の太陽信仰の聖地であったそうです」
その太陽神殿に強い魔物がすみつき、ご神体をのっとり、この国の太陽神のめぐみを呪いに変えた結果、今の砂漠になったのだそうだ。本当はどうかわからないが、あのご神体には悪意のようなものがいたし、そのくせそれを払った直後は欲しい情報を恵んでくれた。少なくとも話の一部は本当のようだ。
「あまり期待はしていませんでしたが、セイリアとヨアンしかいないわたしたちは、神殿に捨てられた召喚者を味方にできないかと思っていました」
「ヨアン? 」
「あの村まで同行してくれた騎士です。いかにセイリアが強いといっても女二人は用心が悪くて面倒が増えそうでしょう」
「そんな人は見かけなかったが」
「ええ、あそこにいないか目をこらしましたが、姿がありませんでした。わたしたちが叔父の手先でなく、奴隷商人の手に落ちたということは、彼はわたしたちの素性はあかさないまま、おそらく殺されたのでしょう」
これについては言葉もなかった。その男のことは知らないが、女二人の逃避行に同行してもらう時点で信頼していたのだろう。そしてこの姫様はそれでも彼が裏切った可能性を考えてそれを否定してのけた。
「だから、あなたが同行を承諾してくれてうれしいわ」
その笑顔はずるいと思う。
「目的地は? 」
「このへん、神農帝国の東都ヘイグン。そこで帝国に保護を願うつもり。わたしの母は今の帝の従姉なので断られる心配はないわ。帝国からしても政治に使える駒が一つ増えて損はない」
地図には何も書かれていなかった。西の端っこのほうに少し囲んだ地域があり神農国とある。たぶんそれが帝国に発展したのだろう。この地図の原図が書かれた時代にはずいぶんいろいろちがっていたのだな。
「しかし、ここにいくためにはハニの都を通る街道しかないようだけど」
砂漠の西には山地がかかれているし、街道もその山を避けている。険しい山なのだろう。
「ここを越えるわ」
姫はその山を指さした。
「魔物が出るって噂の峠道があるの」
「危険じゃないか」
「だからよ。ハニの都には叔父の手のものが間違いなくいるでしょう。いるかいないかわからない魔物のほうがまだ安全」
どういう理屈だ。
馬車が通れる道ならいいのだけど。
馬車は早々に捨てることになった。
一応道はあるのだが、長年誰も手入れしてないので、灌木の茂みになっていたりごろごろ石がころがっていたりで到底たえられる乗り心地ではない。
トカゲ馬が恨みがましい目でこっちを見るのも堪えた。
持てるだけ荷物をもっていくとして、トカゲ馬はそのまま荷馬として背中にのせられるものをのせ、持ちきれない分は捨てていくことになった。
いや、少しでも価値のありそうなものは実はこっそり三つに増えた収納の一つにほうりこんでおいたのだけど。
東都にたどりついたら、姫との同行はそこまででそこから先はわからないので、換金できそうなものはもっておきたかった。
おっかなびっくりだが、俺とセイリアで荷馬となったトカゲ馬を引く。馬車をひくための馬具はちょっといじると背負子のようになって、そこに荷物をつんでくくりつけ、前あしにからめた革ひもをひっぱればついてきてくれる。
馬車をひくより重荷ではなくなったので、トカゲ馬たちは幸せそうだった。
姫はけっこう健脚だった。職能が何かはあかしてくれなかったが、狩人に偽装して不自然でないくらいにはもともと山野を走り回り、弓を射ていたらしい。
「今、深窓のお嬢様っぽくないと思ったろ」
セイリアが俺の疑問に先に答えた。
「意外だな、と思ったけど何かそういうことの必要な役割でもしてたのかな。神事かなにかで」
「うむ、その通りだ。よくわかっているではないか」
なぜあんたが偉そうなのか。
山に登る道が遠目にも見え始めたころ、姫が顔をしかめた。
「誰かいるわ。けが人もいる。全部で十五人」
峠のすぐ手前に、野営地があった。
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