第9話 姫君と護衛

 セイリア、長身の女は俺をじっと見た。そして自分の連れを見た。

 それから寝ているはずの一同を見て、いきなりゴールにむかって跳んだ。なまくらの剣をふりかぶっている。護衛の男はなすすべもなく切られるかと思ったが、ぱっと目をあけるや腕をあげ、彼女の斬撃を受けた。

 金属の噛みあういやな音。ゴールはさすがというか鎧の金具の部分で直撃を受けていた。だが、滑った刃にざっくり腕を裂かれてぼたぼた血を流している。並大抵のものなら腕一本斬り飛ばされているところだろう。

「いってぇなぁ、畜生」

 彼は自分の剣を片手で器用にひき抜いた。

「何事です」

 元ご主人様が驚いた声をあげる。

「見ての通り。奴隷の反乱だよ」

 セイリアと二合、三合うちあいながらゴールがわめく。

「わかったらちったぁ手伝え」

 小狡そうな使用人はものもいわず馬車の陰に逃げ込む。御者も続いた。

「タリン、ゴールを援護しなさい」

 といってから彼は俺を簡易鑑定することに思い至ったらしい。

 彼は何もかも忘れたように唖然とした。そりゃそうだろう。魔法使いという判定だったのに、今は奴隷商人だ。そして隷属化解除をもってることに気づいた。

 その額に矢がつきたった。目の玉がくるっと裏返り、ご主人様は倒れた。

 金髪のほう、アキが弓を手に「思い知ったか」と息をあらげている。

 セイリアとゴールの打ち合いは激しさをましている。水弾か石弾で援護したくてもセイリアにあててしまいそうで使えない。

 せめても、ということで硬度上昇は自分でかけられるだろうからと衝撃上昇を三十分でかける。少量の魔力消費でも倦怠感があるものだ。

 トカゲが不機嫌な声をあげた。主人がやられたのを見たあの使用人と御者が馬車を出して逃げようとしていた。車輪止めをはずそうとしている使用人に、石弾を放つ。狙いは足だ。

 使用人はとんでもなくでかい悲鳴をあげて倒れ、情けない声をあげた。

 御者はだまってかまわず馬車を出そうとした。アキの矢がこめかみに容赦なく突き刺さった。

 セイリアとゴールの戦いも形勢が傾きつつあった。片手が使えず、出血し、だんだん弱るゴールに対し、セイリアの剣撃は衝撃上昇で威力を増している。

「降伏、は受けちゃもらえないかね」

「殺す理由しかないな」

「だよなぁ」

 ゴールは足元の砂をセイリアにむけてけりとばした。隙を作って、かと思ったがそうではない。

 俺のほうに斬りかかってきたのだ。

「道連れだ」

 石弾、石がない。水弾、二拍の間になますだ。軍隊格闘技はもう使えない。やばい、あの剣をなんとかしないと。

 どうかしてたのだろう。溶断の呪文を使って剣を受けようとしたのだから。

 あっさりと彼の剣は切断できた。遠心力で剣は柄からまっすぐに飛び出し、俺のほほをかすめて飛んで行った。ゴールの振り抜いたからだがぶつかって押し倒される。

 彼の手元にある剣の残りでも人一人殺すのは難しくない。這って逃げる俺に追いすがったゴールは残った刃を振り上げた。

 その喉をセイリアの剣が後ろから突き通した。

 急に静かになった。使用人の彼もわめくのをやめていた。アキに喉を裂かれ、うつろな目で砂に染み込む自分の血を見ているようだ。

 立ち上がろうと思ったが、膝に力が入らない。あたりは血の臭いでいっぱいだ。

「大丈夫か」

 セイリアが声をかけてきた。

「たぶん」

 という声が少し裏返っている。臆病な男と思われただろうな。その通りなんだよ。

「いろいろ聞きたいこともあるが、まずは感謝を」

「ハニの都についたらやばそうだな、と思ってただけだから」

「そのとおりだ。おかげで、わたしも姫もたすかった」

「姫? 」

 セイリアの視線を追うと、仁王立ちでにこにこしているアキの姿があった。

「そんな人がなんでこんなところに」

 それに職能が狩人ってありえない。

「偽装がきいておったのだ。神殿の鑑定神器でもなければ見抜くことはできまい」

 そして俺の顔をじっと眺める。

「で、奴隷商人がなぜ奴隷商人につかまっておったのだ」

 これは面倒なことになった。

「ん、簡易鑑定ではまだ奴隷商人のままか」

「ああ、だがさっき使った魔法は見えないな」

 ということは擬態の元が死んでも擬態はとけないんだな。

 心象最悪の奴隷商人のままってのはよくないな。もってる魔法もそんなにいいのはないし。

「そうだな、少しまってくれ」

 五秒、じっとアキを眺めた。どうせなら珍しい職能に擬態してみたい。

 何かにはじかれた感じがあった。なんとなく察した。まだこれは擬態できない。

 かわりにセイリアを眺めた。

「なんだ。さっきからじろじろと無礼な」

 こっちは普通に擬態できたようだ。

「鑑定してみてくれ」

「え、」

 セイリアの目がまんまるになった。でかい瞳がさらにでかい。

「何をやった。なんで貴様がわたしと同じ職能になっている」

「たぶんものすごく珍しいのだと思うけど、俺の職能はものまね師だ。魔法使いもものまねしてたんだよ」

 そして手がかりをもとめて奴隷商人の真似をしたところ、隷属化もとけて、隷属化を解除する魔法も覚えたと説明した。

 まあ、嘘はいってない。

「では、姫の真似も」

「それはできなかった。勝手に試したのはすまなかった」

「かまわん。一度は許そう。それより後片付けとこれからのことだ」

 

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