第6話 まただまされる

「そうかね、それはひどい目にあいなすったのう」

 布を二つにおって首だけだしてかぶり、腰のへんで帯でしばっただけの恰好の子供たちが頭だけだしてこちらを見ている。五つくらいの小さい男の子と姉らしい八つくらいの女の子、村長の年格好からして孫なんだろうか。

 彼らの目は好奇心というより何か違うものを見る目だった。何か期待している目。彼らの母親らしい若い女が飲み物のうつわをもってくるついでに追い払う。

「なんもない村ですけど」

 お茶の一種らしい。何かを煮だしたお湯。村長の分もあるし、彼はためらうことなくすすっている。

 一度のんだことのあるドクダミ茶のような風味だ。

 老人といっていい白髪、白髭の村長は同情してくれているようだ。

「なんとかしてさしあげたいが、おまえさん、無一文だろう」

「はい、身一つです」

 今は無腰だ。村に近づく前、鉈は収納にしまった。ついでにステータスボードも入れておいた。持ち主以外が見て見れるものかわからない。モンスターの職能なんて、一番知られてまずいことだ。

「何か、できることはないかね? あまり豊かな村ではないので、助けてさしあげるにしてもなにか働いてもらわないと」

「魔法が少し使えます」

 村長はおお、という顔をした。

「魔法使い様でしたか。ますます災難ですのう。もしや、紋章も盗られてしまいましたか」

 そういうものを持ってるものなのか。擬態は知識までもってこれないので、そういうところからボロがでやすいな。

「恥ずかしながら」

 そもそもそれを知りません。言いたいことは嘘じゃない。

「それはそれは。さぞやお気を落としでしょう。今夜はどうぞごゆっくりおやすみくださいませ」

 眠気がましてきた。今日は本当に疲れたな。用意された寝床は粗い織り目のシーツでシュロの皮のようなものを包んだごわごわした布団だったが暖かく、ちくちくして本当は眠れないのだろけど俺は簡単に眠りに落ちてしまった。

「あたしきれいな服! 」

「僕はおもちゃ! 」

 この家の子供たちのはしゃぐ声が聞こえたような気がする。


「起きろ」

 低いどすのきいた声。壁のすきまから朝日がさしこんで心地いい。よく眠れたようだ。それにしてもここはどこだ。なんでこんなところで。

 寝ぼけた頭はごつんと小突かれて覚めた。

 昨晩は、村長宅の客間で寝たんじゃなかったっけ。ここはなんだろう。妙に臭いし、ふとんじゃなくって藁に埋もれてねている。

「使える魔法をいってみろ」

 こっちを偉そうににらんでいるのは派手めのこぎれいな服を着た小太りの男。髪の毛をてかてかにかためてまとめたうえに青い帽子をかぶせている。口ひげもきれいにかためてぴんとたつようにしていて、たぶんおしゃれなんだろう。背後にこれまた筋肉質の革の防具をまとった男が腕組みして立っている。護衛だろうか。肉体自慢らしく、素肌の上に露出の多い鎧を着ている。女性じゃないのが残念だ。

 事態を飲み込み切れずにいるのにかかわらず、口が勝手に動いて魔法の名前をつらつら語る。擬態しているほうが覚えている魔法ばかりだ。

「ふむ」

 口ひげ男を俺の首からさがっている木の札をぐいとひきよせた。というかいつのまにかそんなものが首から下げられているとは知らなかった。

「嘘はいってないな」

 香水でもつけているのか。口ひげ男からはきつい匂いがした。

「ゴール、おめえ、たしか足の小指を昔斬り飛ばされたといってたな」

 マッチョ護衛がうなづく。

「へい、おかげさんでちょっと足元がいまいちで」

「こいつに見せろ」

 護衛はめんどくさそうにサンダルの紐をほどき、俺の前に突き出した。すごい体幹だな。腕組みしたままぴっとつま先がこっちにのびている。がさがさで汚い足なのが残念なくらい。

「治せ」

 古傷は直せるのだろか。手が勝手にゴールの足に伸びて、魔力の抜けていく感覚がある。

「うお、かゆい」

 マッチョ男ゴールは顔をしかめ、身をよじった。

「我慢しろ」

  十分ほど身もだえする男と魔力の抜けていく感覚で憔悴していく俺とで我慢比べのような状態が続いたかと思うと、何かすっぽりぬけた感じがして終わりになった。

 じりじりのびていった足の小指は一人前の大きさになっている。生まれたばかりの赤ん坊のようにきれいだ。すぐに汚れてしまうのが残念なくらい。四肢回復の呪文はこれでミミックのほうも覚えたんじゃないだろうか。四肢回復というくらいだから足や腕も再生するやつがあるんだろうけど、もっと時間もかかるし何日もかけてかけていくもののような気がする。

 マッチョ男ゴールはできたばかりの小指をこすりながらかゆいかゆいとつぶやいている。口ひげ男は満足そうににやぁと笑った。

「こいつはいい値で売れるぞ」

 さっきから意思に反して命令された通り動いてるの、これご都合主義の小説に出てくる隷属の魔法とかじゃないだろうか。

「よし、お前はそこで休んでいろ。それと、新しい名前を与えなければな。もとの名前では素性がばれたときに面倒だ」

 口ひげ男は俺にむかって宣言した。

「そなたの名前はこれよりタリンとする。これにより元の名は破棄される」

 なんだかびりびりくる言葉だ。これは魔力を秘めた言葉なのだろうか。

「よし、わしは出発の手配をする。ゴール、小屋に施錠してついてこい。タリンはここでくつろいでおれ」

 がたん、と小屋の扉がとじて一人になったところで実感した。

 俺まただまされたんだな、と。

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