第4話 死者だらけの寺院

 寺院は想像以上にちゃんとしていた。さすがに掃除がいきとどき、お供えものが絶えないなんて夢に見そうな状態ではないが。

 壁画に地図はなかったが、この寺院で何が信仰されていたか知るのにそんなに時間は必要ではなかった。

 太陽をあがめていたらしい。

 そして寺院の一番奥、祭壇の高いところに人の背丈くらいある大きな鏡が飾られていた。他の何もかもが朽ちたり壊れたりしているのに、その鏡だけ無傷で据え付けられているのも不思議だ。鏡面はさすがに埃やどろで汚れていたが。

 ここに追放されたのは俺が最初ではないってわかるものが寺院のあちこちにあった。

 着の身着のままのミイラだ。目にしただけでたぶん九人はいる。持ち物は着衣とさわると崩れてしまうがステータスボードとわかる革のきれっぱしだけ。

 いくつかのミイラはかじられた跡があった。いくつかのミイラは頭を石で割られていた。ぞっとしない。

 でも、俺も行く当てがなくここにとどまるなら、ミイラをかじることになりそうだ。

 鏡を拭こうと思ったのはただの気まぐれた。御神体だし、汚れっぱなしだし、こういう世界ならもしかしたら神様が何か助けをくれるかもしれない。

 鏡に召喚した水を注ぎ、ミイラの服ははがしてはたいてきゅっきゅっと磨いてみる。金属の鏡のようだけど、拭いてみるとくもりひとつない。錆がういてそうなのに。

 どれくらいぴかぴかになったかというと、俺の全身が歪みなく見えるくらい。

 遊び惚けている大学一年生の、ちょっとちゃらい顔がうつっている。一年間は遊び倒して、二年からまじめにやろうと思っていたのにもうその機会はないらしい。

 遊びのほうだって、これから本格的にやるつもりだったのに何一つ悪いことができちゃいないじゃないか。

 飢え死にする前に、ここを出て生きていける場所をさがす手がかりを得ないといけない。なのに鏡にうつった自分の姿を見ていると急に泣きたい気分になってきた。

 鏡の中の自分が、じっとこっちを見ていることに気づいた。映った姿じゃない。

 俺の鏡像が鏡から出てくるのを呆然と見ていた俺はたぶん間抜けだったのだろう。

 そいつはそこらに落ちていた石を拾うと殴りかかってきた。

 よけきれず、額にごつんとかすめる衝撃を受けてわれに返った。

 俺の鏡像は石をふりあげて声なき叫びをあげながら殴りかかってくる。

 頭を砕かれたミイラがいたよな。

 恐怖を覚えなかったというのは嘘だ。命の危険を感じた。だが、鏡像の動きはしろうとくさいとも思った。まるで喧嘩などしたことのない人間のそれだ。

 ああ、つまり俺か。

 軍隊格闘のスキルが教本の動きを教えてくれる。無力化しておさえこむならこう。

 数秒後、俺は鏡像の関節を極めて地面に押さえつけていた。

「話せるか。なんで襲ってきた」

 鏡像は首をねじきれんばかりにひねってこちらをにらむ。

「言葉はわかるか」

 唸り声と、自分そっくりの狂暴な顔。

 さて、この状況をどう解釈するべきか。

 白衣の女神は自分で気づかないものには冷たかった。モンスター枠までいってしまったときに少し焦ってたのが彼女の甘さなのかもしれない。

 殺せるか、殺されるか、そんな試練、ということはないだろうか。

 どちらにしろ、この鏡像とは和解できそうにない。見ず知らずの他人でないのは少し慰めになる。

 殺し方は簡単だ。さっき覚えたコンボ、水弾でこの首のうしろのぼんのくぼを撃ち抜けばいい。土の魔法に似たのがあるが、重量の単位がわからないのでやめておく。

 鏡像は逃れようと激しくもがいている。殺意のこもった目の凶悪な表情はこうはなりたくないなと思わせる。

 いや、今まさにそんな顔をしてるに違いない。殺す覚悟を決めるのにまだためらいがある。こいつは怪物、殺さないと殺される。たとえこの後が飢え死にでもいま殴り殺されるのは嫌だ。

 大きな血管を破ってないので、遺体はきれいなものだった。消えるかと思ったが、そのままその場に残っている。もしかするとミイラのいくつかはこうやって敗れた鏡像かもしれない。

 最低の気分で立ち上がると鏡が光っている。また鏡像がでてきたらどうしようと思ったが、そこにうつっていたのは地図だった。

 この廃墟の都市ともよりの町の位置関係がわかるようになっている。

 ミイラの服を裂き、背中の広い生地に少し祭壇に残っていた炭でうつせるかぎりうつした。

 目標ができたら一時もぐずぐずしていたくなかった。夜通し歩くことになるかもしれないが、この隣町をめざそう。

 鏡の地図は、気が付くと消えていた。

 俺の鏡像の死体は消えなかったが、その傍らに見覚えのあるかばんが落ちていた。

 収納にはいっていたのと同じ鞄だ。中身もそっくり同じ。干し肉が二倍になったのはうれしい。

 収納にしまいこみ、鉈一丁だけ手にして俺は遺跡を後にした。



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