39:間一髪……! 音楽隊に協力を仰ごう!

 たった五メートルしかない空間に、私の護衛の騎士たちが入りこんでくれた。


「自分勝手な法律で、グローリア様を捕らえられてたまるか!」


 金属と金属がぶつかり合う音が『王の広間』に響く。

 私が連れてきた護衛もちょうど十人なので、人数としては互角である。

 しかし――


「げっ」


 王城にいた他の警備が、この音を聞きつけてやってきてしまったのだ。しかも大量に。

 私を守るようにして護衛の騎士がまるく囲み、誰が始めに動くかにらみあっている。


 これはかなりマズい。吹っ飛ばしたいところだけど、ここは王城だし。


 どうしよう、逃げるしかない? でもどうやって…………あっ。


 私は竜巻を作ることができるんだよね。要は風を起こせるってことだから……。

 目くらましくらいならできるんじゃ?


 私の中にトリスタンへの怒りの『想い』と、この騎士たちを守りたいという『想い』が混ざりあっている。


「遮れ! 雲隠れの舞!」


 にらみあう騎士と警備との間にもやができたかと思うと、あっという間に私たちを包みこむ。

 次の瞬間、私たちは『さっきいたところ』にいた。






「えっ、グローリア様……今のって瞬間移動ですか!?」

「た、たぶんそうですね」


 私自身が一番驚愕きょうがくしていた。


 瞬間……移動って、こういことなんだ。しかも騎士団寮の庭に着くとか、位置としては完璧なんですけど。

 ただ目くらましで、その隙に逃げたかっただけなのに。まさかあそこから瞬間移動できるとはね!


「グローリア様のおかげで命拾いしました……! ありがとうございました」

「さっき斬られたところを治していただいたばかりなのに! 感謝してもしきれません」

「さすがグローリア様! 守る側の俺たちも救っていただけるなんて!」


 騎士たちに次々とお礼を言われる中、竜巻や癒し以外の魔法も使えたことに、私だけが困惑している。

 騎士たちにしてみれば、あれくらいの魔法ができれば瞬間移動くらいできると思っているのだろうか。


 んなわけないでしょ!


「ともかく、まさか勝手に法律まで作っているとは……。これは出直しですね」


 その場にいるみんながうなずく。


 もしトリスタンを捕らえて国王を解放させるとして、その裏には異国の存在がある。アールテムの中だけでは済まない問題なのだ。

 そもそもその異国とはどこなのか。私を毒殺しようとしたことにつながりはあるのか。

 その異国が攻めこんでくるかもしれない。


「今回こそは、ちゃんとじっくり考えないとか……」


 宮廷音楽家だが、仕える国王がここにいない以上、私にできることは限られている。

 よし、決めた。


 私は騎士たちに告げる。


「今この国で起こっていることは、国民全員に関わってくるとても重要なことです。トリスタンを倒して国王陛下を解放してもらうため、国民全員に協力してもらいます」


 騎士たちは全員、胸にこぶしを当てた。






 プレノート邸には、音楽隊のみんなを集めていた。

 しかし誰一人として楽器は持っていない。


「王都には昨日に、国境付近でも明日には伝わると思いますが」


 私は重々しく隊員に話し始める。


「国民全員で、トリスタンとそれを助けている国を倒したいんです。そこでみんなに、協力してほしいんです」


 メモをしてある手帳を見ながら、詳しく説明していく。


「まず、トリスタンの裏にいる国が分かりました。先月のパーティーに参加していた、カルラー王国です」


 その名が出たとたん、隊員がザワついた。

 あれは三カ国の重鎮たちを招いた、公的なパーティーだった。パーティーをしていることは、王都にいる者なら誰もが知っている。


 その参加国であるカルラー王国が、今はトリスタン側についているということは……。


「もしかして、グローリアが狙われたのって……」

「おそらくそう。あの時からすでにトリスタンは、カルラー王国とつながっていたと思います」


 しかしあまりにも計画的だったため、それを裏づける証拠は残っていない。カルラー王国だと断定することはできない。


「それで本題ですが、隊員のみんなに協力してほしいのは……」


 私は重苦しい顔から、真剣な顔に変わった。


「軍隊の後ろについて、音楽で軍隊を鼓舞してもらいたいんです」


 沈黙が流れる。誰も何も反応しない。

 貴族出身の隊員の一人が、他のみんなを代表するかのように言う。


「戦場に行くってことですか」

「……はい」


 やっぱり躊躇ちゅうちょするよね。だって貴族自身は戦わないもん。

 平民だって農民だって志願しない限りは行かないし。まぁ、農民の場合は畑を荒らされるっていうことくらいだし。


「でも……私たちの演奏があるのとないのとでは全然違いますよ。やる気が上がって勢いが増して、勝つ可能性が上がります」


 そりゃあ私だって穏便に済ませたいって。だけどさ、口でなんとかしようとすると、向こうから絶対に攻めてくるんだもん。

 そうされたらこっちだって、物理的な力で対抗するしかないでしょ?


「やる気が上がるっていうのは何か分かるな。この前マーチをやった時、すごい楽しかったから」


 おっ、ようやく私の意見を肯定してくれる人が!


「あのトリスタン公爵のせいで、三割もの税を払わなきゃいけないんだよ? しかも自分で作った賠償金を払うために」


 私のやりたいことが分かったらしい副隊長が、立ち上がってみんなを説得する。


「相手は一人で何人もの敵を倒してしまう、かなり強いカルラー王国の人だ。国王陛下の護衛さえ倒してしまったくらいだからな。普通に戦うのでは勝てない。そこで僕たちの助けが必要なんだよ」


 そうそう、それを言いたかった! ありがとう!


「生きて返してくれますよね?」


 心配そうに質問する平民出身の隊員。


「全力で努めます。私たちは兵士ではないので」


 騎士たちにめちゃくちゃ守ってくれるようにするよ。だけど絶対にないとは言いきれないから……。

 みんなもそれは分かっているようだった。


「まぁ、グローリアのためならやるしかないよな。僕たちの生活もかかってるし」


 一人一人が口々に疑問をぶつけ合った結果、結局協力してもらえることになった。よかった!


「それで何の曲を吹くかなんですが……」


 アールテム音楽隊は創立二ヶ月にして、国のゆくえを左右する、大仕事を引き受けたのだった。

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