18:私に任せて! グローリアの秘策

 午後になり、ついに両国国王会談が始まった。


「まず、トゥムル王国がアールテム王国の継承権がある理由を説明してください」


 議長が話を進める。ちなみにアールテム王国の侯爵だ。

 予め用意していたメモを見ながら、トゥムル王国国王・ハルドンが話し出した。


「私の妻は御国の元王女で、貴殿の妹君だ。私の息子がわアールテムの血を受け継いでいる。したがって息子にアールテム王国の継承権をいただきたい」


 ハルドンではなくトゥムル王国の皇太子に、らしい。

 ハルドンの奥さんがアールテム王国の元王女。その息子はアールテム王家の血を引いているため、王位継承権があると言うのだ。


 国王がスっと手を挙げた。


「国王、どうぞ」

「お引き取り願いたい。わが国では王位継承に該当する子孫がいなくなるまで、アールテム家が継承することになっている。該当するのは男系の子孫のみだ」


 国王の話ならハルドンの息子は継承できない。女系となってしまうからだ。


「いや、私の国にはそのようなものはない。血縁関係があれば継承できる」

「アールテムを継承するなら、こちらの法律にしたがっていただきたい」

「継承するのは私の国の方だ」


 もはや議長そっちのけで言い合う二人。お互いに譲らず、しまいには王位継承に関係のないことまで持ちこまれて、国王とハルドンはにらみあっていた。


「そこまで頑なに断るのなら、手紙の通り兵力を使う」


 ハルドンが勢いよく立ち上がり、黙々とメモの紙を片づけていると、外から何やら聞こえてくる音が。


「!」


 スーッと頭に上った血が引いていき、どうしてここまで怒っていたのだろうかという錯覚に陥る。


 さっきの『サクソフォン』の音色だった。






 アールテム管弦楽団 総動員で、両国国王会談は言わば監視されていたのだ。


 まず会談が行われる、三階の部屋の前に団長と副団長を。二階への階段に一人、二階の廊下に一人、一階への階段に一人、玄関に一人、その他は王城の建物の外に待機。廊下に曲がり角があればそれぞれに一人ずつ置いた。


 会談が難航しているかどうかを、団長と副団長が判断し、それぞれの場所に待機する団員に伝えていくしくみだ。


「今回の会談、明らかにうちの国は不利です。言い合いになることは間違いなしなので、私の演奏で取り直してくれれば……」


 私はさっき招待演奏が終わった後に、楽団のみんなにお願いをしてまわった。

 何をしてくるか分からないハルドンの手下になることを考えると、みんなはオッケーしてくれた。


 そうだよね、絶対イヤだよね!


「国王陛下にもハルドン国王にも気に入られた音色なら、絶対できるよ! 頑張って!」


 楽団の団長に肩をたたかれ、さっき副団長とともに会談の部屋に向かっていった。

 すんなり話が進むことが本望だけど……。


「グローリア! 出番だ!」


 最年少の団員が走ってこちらに伝えにきた。玄関で指示を受け取った団員が、外で待機するこの団員に頼んだのである。


「やっぱりね! 分かった!」


 私は、あらかじめ首から提げていたアルトサックスに手をかけ、目を閉じる。

 サックスを『おもちゃ』とばかにされたムカムカが復活しそうになるが、ぐっとこらえる。そのこらえようとする『想い』を、サックスの音に乗せた。


 つい数時間前も吹いた六神への賛美歌を、超スローテンポでためるように吹いていく。


「あっ、ハルドン国王!」


 そばにいる団員たちが一斉に上を見上げる。ハルドンが窓から顔をのぞかせていたのだ。

 私は視力二・〇の無駄にいい目で、ハルドンの目をじっと見る。

 十数秒 私の演奏を聞き、首をかしげると、ハルドンは腕組みをして窓から離れていった。


 私はキリのいいところで、マウスピースから口を離した。


「……どうかな? 取り直してくれるかな?」

「あの反応だとうまくいったと思うよ」

「そうだといいんですけど」


 私たちは会談が終わるまで、その結果を固唾をのんで見守った。

 目の前を、騎士団の人が大急ぎで走り去り、王城に入っていった。






「さっきまでのは一体……」


 いがみ合って頭に血が上っていたはずが、外からの『サクソフォン』というらしい楽器の音を聞いたとたんに、治まってしまったのだ。


「……貴殿、今回は諦める。アールテムには優秀な人がゴロゴロいて、手を出すと痛い目にあいそうだ」

「そのようにしていただければ」


 これでアールテム王国の勝利となりそうだった、が。


 コンコンコン! ガチャ


「申し上げます!」


 よろいを着た騎士が部屋に転がりこんできたのだ。


「先程、トゥムル王国からの逃亡者を確保いたしました! どうやらこの国王会談を見計らって逃げてきたようで……」

「「なにっ!?」」


 国王はイスを倒しそうな勢いで立ち上がり、ハルドンは一瞬で困惑の顔から憤怒の顔に変わってしまった。


「私の国からアールテムに?」

「大変申し訳ございません!」

「なんだと……!」


 せっかくグローリアの演奏で治まった怒りが復活してしまう。ハルドンの機嫌を損ねると、治めるのにはかなり大変なのだ。


「貴殿、国境警備に不備があったようだな。いいさ、アールテムに逃亡しても」


 ハルドンは胸ポケットから出した手帳の一ページを破り、窓から外に落とす。


「だが……この私が作り上げた完璧な国に何の不満があるというのだ!? 市民を野放しにして、権威は貴族に乗っ取られているアールテムに逃げやがった!!」


 この隣国の国王、怒りにまかせてつい本音が飛び出てしまう。


「ぐっ……!」


 反論できない、頼りなきわが国王。


「フハハハハハハ! ちょうどいい。私が政治の腐ったこの国、いや、国とも呼べぬこの地を支配してあげようではないか!!」


 外からは鎧がこすれ、ガチャガチャという音が聞こえている。

 部屋の外で会談を聞いていた楽団の団長と副団長は、一目散にその場から離れていった。

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