17:隣国の国王へ招待演奏!(ピキピキ)
翌日、トゥムル王国国王・ハルドンのもとに一通の手紙が届いた。
「さて、早々と王位継承の返事が来たのか」
ペーパーナイフなどもちろん使わず、手で封筒を破って便せんを取り出す。
「ケッ、何だこれは」
返事かと思いきや、『話し合いたいからこっちに来てくれ』という内容である。要約すれば。
「応じなければ武力を使って継承権を取ると書いたのに、なぜこんなにも強気なんだ!?」
手紙をテーブルに
「いくつもの国を滅ぼしては併合しているこの私に、あのあやつり人形ごときが命令しただと? てっきり私にひれ伏してさっさと継承権を譲ると思いきや……!」
「命令ではなく、ご招待でございますよ」
「なぜ私が行かねばならぬ!」
執事のなだめはハルドンの耳にすら入っていない。
しかし、
「……待てよ、私の護衛のために騎士団をごっそり連れていくよな。これに応じれば、アールテムの領土に入れるんだよな」
ハルドンの顔は怒りから、みるみる悪だくみの顔に変わっていく。手紙をにぎりつぶし、固くなったものをその握力でバラバラに破いてみせた。
「これはよい機会かもしれんな。ガーハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
腹式呼吸の高笑いはこの部屋中を震わせ、窓のさんに止まっていた鳥すら飛び立っていった。
ハルドンはすぐさま紙を引っ張り出してきて、筆をとった。
自分が提案したことが、相手国に隙を与える結果になっているとは露知らず、私はリリーにサックスを教えていた。
ドー、レー、ミー、ファー、ソー、ラー、シー、ドー
「すごいすごい! 一オクターブ吹けるようになった!」
一音一音、踏みしめるように吹くリリー。
前世とは違い、鍵盤ハーモニカもリコーダーも吹いたことがないのでタンギングを知らない。
肺活量も七歳のわりにけっこうあるようで、かすれることなくしっかり音が出ている。
えっ、リリーって管楽器の才能あるんじゃない?
「私ね、前世のアンマジーケでもサックス教えたことあるんだけど、リリーが一番うまいよ!」
「リリーじょうずなの?」
「うん、めっちゃうまい!」
ニコニコを通り越してニパァと笑顔になるリリーに、私はギュッと心をつかまれてしまった。
ダメだ、めっちゃかわいい! 癒されるぅ……!
「じゃあ次は……」
初めてのサックスは、たった一時間で音を出せたうえに、音階が吹けるようになり、しっかりタンギングもできるようになったのだ。
「これ、ヘタにリコーダーとかを吹いたことがないから、思いっきり息を入れられるのかな?」
最後に私と一緒に、ドから高いドまで吹く練習をした。
それと同時に、前世のことを思い出してしんみりきてしまう。
……まぁでも、確実に前世よりいい仕事してるし! 転生してよかったんじゃないの?
私は前世からの思い出がつまったサックスのケースを、パタッと閉めた。
そして迎えた、両国国王会談 当日。
トゥムル王国との国境は厳戒態勢で、ハルドンが通る道は封鎖され、国王に仕える私たちは特に緊迫していた。
今、王城の中にあるホールの舞台裏にいる。
「会談の前に、私たちが演奏するのよね?」
「そうです。頑張りましょう!」
初対面から無茶ぶりをかけてきたあの女の人が、少し緊張しながら話しかけてきた。
「お気に召してくれればいいんだけどね」
「ベストを尽くすだけですよ」
「そうね、頑張らないと」
(攻めこまれないよう)ベストを尽くすだけ、と事情を知っている人なら意味深に聞こえてしまう返しをしてしまったが、そのようには悟られなかったようだ。
前世からの相棒のアルトサックスを持ち、アールテム交響楽団の中に混じってステージに移動した。
サックスは金属製でありながら木管楽器であることや、ホルンと相性が良いことを考慮して、ホルンとクラリネットの間に座る。
一人だけサックスってちょっと浮いてる気はするけど、まぁいっか。
「ハルドン様お入りになられます」
ついにわが国を脅かす存在の登場だ。
大きな体を揺らして堂々と……よりかはのっそのっそと入ってくる。うん、見るからに怖そうな感じ。
さすがはいくつもの国を滅ぼして支配してる人だなぁ。
「ようこそアールテム王国へお越しくださいました」
指揮者がハルドンに一礼をして、まずは六神(火・水・風・地・光・音)への賛美歌を演奏した。
トゥムル王国もこの六神信仰があるので、宗教の問題はない。そもそも選曲にはかなり注意を払ったので、ハルドンを不快にさせる曲は省いている。
都の民から農民まで人気の『アールテム英雄物語』とか。
「ほう。あれは……」
ハルドンは明らかにこちらを見ている。
前世の経験から、ホルンと同じメロディーを吹いたり、クラリネットのメロディーに深みを加えたり……。
今、引き立たせなければならないのはどの楽器か。周りの音を聞いて感じながらサックスを吹く。
第二楽章の最初、本来はクラリネットのソロなのだが、お試しということで私がソロをやらせてもらえることになった。
ついに来た。国王からも認めてもらった音を披露する時が。
「これは珍しい」
ホール内にまっすぐ響く音は、ハルドンにまっすぐ素直に届く。
「楽器だけの演奏のはずが、コーラスが混ざっているようにも聞こえるぞ……」
ハルドンは完全に心を奪われていた。
十小節のソロを吹ききり、私はとりあえず一安心。
最後まで演奏が終わる。ホールの中にはハルドンとその護衛たちの拍手、その一粒一粒がよく聞こえる。
「ブラボー!」
イスに深く腰かけ足を組むハルドンの肉声を初めて聞いた私。
「第二楽章のソロ、私でさえ見たことがない楽器だが……、それは何だ?」
私でさえって……態度がデカくてムカつくけどスルー。
鍛えてきた腹式呼吸で答える。
「サクソフォンといいます。最近できたばかりの楽器で、オーケストラに合うか試しているところです」
「なるほど、アールテムのことだから、おかしな野蛮なおもちゃかって思ったぞ!」
おかしい野蛮な
こめかみがピキピキと鳴るが、深呼吸をしてムカムカを鎮める。
「オーケストラと合っていると思うぞ。いい演奏だった」
そう言うと、また拍手をしてから立ち上がった。
「そろそろ行くぞ」
護衛たちを連れ、態度も体もデカいハルドンはホールから去っていった。
「『おもちゃ』はないよね……」
「やっぱりひどいな」
「グローリア、大丈夫?」
嵐が過ぎ去ったホールの中に、宮廷音楽家たちからの非難の声が上がる。
「大丈夫ですよ。オーケストラとサックスが合うって言ってくださいましたし」
吹奏楽部でさんざんやったポーカーフェイスで、苦笑いを作り出す。
しかし心の中は違った。右手を握りしめて歯を食いしばる。
(これで会談がうまくいかなくて、戦争することになったらマジで許さない! 相棒をばかにしたその報いを受けてもらうからね!)
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