19:ついに来た! 隣国の国王と直接対決!

 ハルドンが窓から落とした手帳の切れ端は、挙兵の合図だったのだ。


「ちょっと、グローリア! 大変だよ!」

「ハルドン国王がこの国を支配するとか言い出したわよ!」


 団長と副団長を先頭に、王城から団員たちが全速力で飛び出してきた。


「グローリアの演奏で、一旦は落ち着いてくれたんだけど、トゥムルからうちに逃げてきた人がいたらしくて、それでまたハルドン国王がお怒りに……」


 上がった息でそう伝える副団長。

 団長は城門を指さして叫ぶ。


「みんな、ここは危ないかもしれないから、早く外へ!」

「そうなることも考えて、騎士団に伝えておきました。外に騎士団がいるはずです」


 私は、騎士団長にお願いしたあのことを知らせた。


「じゃあ僕が伝えにいきます!」


 私の言葉を聞いて真っ先に名乗り出たのは、さっき「出番だ」と伝えてくれた、楽団最年少の人である。

 しかし。


「うわぁぁぁぁっ!?」


 ダッシュし始めて約二十秒後、その人の悲鳴が響いてきたのだ。

 反射で城門の方を振り返り、必死の形相で逃げ帰るスプリンター。


「やばいですやばいです! 包囲されてます! トゥムル軍に!」

「「「ええっ!?」」」

(うそ……どうしよう!?)


 このままじゃ今日のこれを提案した私は……じゃなくて、普通に痛い思いして死ぬかもしれない……!

 私がなんとかしなくちゃ!


「みんなは王城の地下から逃げてください! 私が演奏しておとりになります!」

「ダメだ、グローリア!」

「いいから早く逃げて!」


 最後の手段――とりあえずトゥムル軍を蹴散らす。

 私は王城を背に立ち、何度も後ろを振り返って楽団のみんなが逃げたことを確認した、その時。


「そこにいるのは『サクソフォン』とやらの楽器を演奏していた女か。フハハハハハハハ! 他の団員に見捨てられたか!」


 会談をしていたあの部屋から、ハルドンがこちらを見下ろしていたのだ。


「お前は逃げなくていいのか? ここはもう私の手中にある!」

「団員は『私が』逃がしました。いや……」


 私は鋭い目つきで振り返ってハルドンを凝視した。


「アールテムを乗っ取ろうとしている奴に、私の相棒をばかにした奴に敬語なんて使う必要はない! ハルドン、あなたにその報いを受けてもらう!」


 私の言葉で、王城を包囲している軍までも凍りついたのが分かる。ほぼ敵なしで逆らえないハルドンに、初めてタメ口を使ったからである。


「ただの音楽家が何ができる。不敬罪であの女を捕らえろ!」


 懐から取り出した指揮棒らしきもので、ビシッと私をさしたその瞬間、王城の囲いを突き破ってトゥムル軍が雪崩のように侵攻してきた。


 目を閉じて聴覚に意識を集中させ、同時にハルドンへ湧き上がる怒りの『想い』をためていく。

 おもむろにサックスを構えた。


「……音波砲」


 私はハルドンに抱いた怒りの『想い』を凝縮し、一瞬で『音』として解き放った。


 ピィッ!


 リコーダーを吹いた時に穴がふさげてないと鳴る、あのような音が聞こえたのもつかの間。


 ――見えない壁によって、トゥムル軍が一斉に数十メートルほど飛ばされた。


「五十メートル走のゴール付近にいる、タイムを計る先生との距離くらい吹っ飛んじゃった」

「何が起こった!?」


 王城から見下ろすハルドンがぼう然としている。

 前の方にいた兵士は直接音波砲にやられ、後ろの方にいた兵士は音波砲に加えて、兵士の山の下敷きになってしまった。


「えぇいっ、何のびている! 私を侮辱したあの女を早く捕まえろ!」


 指揮棒はまたも私を指し示すが……誰一人動かなかった。

 王城を包囲していたトゥムル軍は、ただのしかばねと化していた。


「ハルドン! 今度はあなたの番だからね! 降りてこないとそもそも、愛しい自分の国に帰れないけど?」

「この私も倒そうとしているのか。いいだろう、上等だ」


 あれ、指図されたから怒るかなーって思ったけど、意外と乗り気?


 ハルドンはおとなしく、ボディーガードとともに王城の外に姿を現す。ボディーガードはジリジリと私につめより、サーベルの切っ先を向けてきた。


「ハルドン、さっき私は『愛しい自分の国に帰れない』って言ったけど、今トゥムル王国は国王がいないってことだよね?」

「そうだ」

「その絶対的な権力をふるって国を治めてるのに、今、国にいないってことは?」


 己を過信しすぎているハルドンに目覚めてもらおうね!


「戦争で無理やり奴隷にしたり祖国を滅ぼされた人が、黙っていないはずだけど?」


 ボディーガードの目つきはより鋭く、サーベルの切っ先は目前に迫っている。


「ケッ、他人に言われるまでもあるまい。私がそれはそれは信頼をおいている家臣に任せている」

「あなたが信頼していても、その家臣から信頼はされてるのかなぁ?」

「おのれっ……!」


 ハルドンの怒り声に呼応してかすかに動いたサーベルを、サッとよける。

 怒るってことは、もしかして自信ない?


「さっき私たちが演奏した時、このサクソフォンを『野蛮なおもちゃかと思った』ってばかにしたよね? 音楽を誇りに思って仕事してる人に一番言っちゃいけない! しかも、私を平民から貴族にしてくれたこの国を……」


 私は自ら、向けられているサーベルに歩みを進める。

 楽器を持っていることもあり、手が出ないボディーガード。


「このアームテムを支配して『あげよう』だなんて、絶対許さない!」


 そう叫んだとたん、私の目に火がついた。心の中で怒りの『想い』がうず巻き、私の中に眠る魔力にエネルギーを注いでいく。


「あの女に……な、何が起きている!?」


 ただならぬ気迫とあふれ出る魔力とにらみつける目に圧倒され、一歩一歩とハルドンは退いていく。


「炎と竜巻のイリュージョン……くらえっ!」


 思いっきり息を吸ってお腹に息をためる。怒りの『想い』を音に乗せてサックスに息を吹きこんだ。

 サックスの荒々しい音が、巨大な竜巻を召喚した。


 ゴォォォォォォォォォォッ!!


 あの大公爵を吹き飛ばした時とはケタ違いの竜巻が、火の粉をまとってハルドンとボディーガードに襲いかかる。


「なんだっ!?」


 捨て台詞を吐く暇もなく、態度も見た目もデカいハルドンは軽々と飛ばされていく。ボディーガードもあっけなく竜巻に飲まれる。


 遠くの方でなんか断末魔の叫びが聞こえるけど、まぁいいや。


 私は途切れとぎれの息で、楽器から口を離した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る