10:大きな野望? サックスを増産しよう!
その後私は週に一回、王都の噴水広場ではなく農村に足を運んだ。農民たちの重労働のつかの間の休息として、自分の演奏を聴いてもらうのである。
ついでにケガや病気も、サックスという相棒から出る音で癒していく。
ベルの手伝いとして綿糸の準備をしていると、コンコンと聞きなじみのあるリズムが耳に届く。
「姉ちゃん宛に手紙が来てるぞ」
運び屋筋肉マッチョのルークが、手作り感満載の封筒を持って家に入ってきた。
「手紙なんて、珍しいねぇ」
「どなたからですか?」
綿糸を機織り機にセットする手を止め、私は小走りで手紙を取りにいく。
「えっ、農村の村長から?」
私はペーパーナイフの代わりに、たちばさみで封筒の端を切った(本当はダメだけど)。中から今にも破れそうな紙切れがのぞいている。
そっと取り出して読んでみるが、たまに左右が反転している字がある。農民はちゃんと読み書きができない人が多いもんね。
でも読めるからよし!
「……って、めっちゃ褒めてくれてる!!」
内容を要約すると『病気の農民がいなくなったから作業が捗って捗ってしょうがない』……らしい。
そうだよね、家族の誰かが病気になったら、その看病で手一杯になっちゃうもんね。
他にも、『都の民があのような施しをくださるなんて、今まで一度たりともなかった』とか、『いつも演奏してくれる曲を子供たちがマネして歌っていて、聞いてるこちらが笑顔になる』などなど。
しまいには『他の都の民ならできない。聖女じゃ!』と。
「聖女なんて、さすがに言いすぎじゃ……」
私は苦笑しつつも、ベタ褒めされて悪い気はしない。
「私はただ、農民の人たちにも音楽に触れてほしかっただけなんだけど」
ほぼ毎日噴水広場に出没しているのもあって、徐々に顔が知られるようになったらしい。
この世界では珍しいので、よく楽器の名前を聞かれる。その度に『サックス』と答えているので、私のことを『サックスのお姉ちゃん』と呼んでくれる人が多くなった。
投げ銭でお金をもらえるのもいいことだが、何よりウケがいい農村で吹いているほうが楽しい。
「ねぇねぇ、あの曲やって」
そう言われてよく吹くのが、アールテム王国の国教・ヴィデウス教の賛美歌である。火・水・風・地・光・音にそれぞれ六人の神がいるとされ、その一人一人を崇める歌詞になっているのだ。
それを私は耳コピして演奏する。
日照りが続く時は水の神に、雨が続く時は光の神に、よい土壌になるには地の神に、お祈りをする。農民にもヴィデウス教は浸透していた。
ちなみに。
「お姉ちゃん」
一番のファンは、一緒に住んでいるこのリリーである。
「どうしてお姉ちゃんはサックスを始めたの?」
家に帰るといつも、高い位置でツインテールにした赤髪を揺らして「おかえり」と抱きついてくる。それが癒しでしょうがない。
「前世のアンマジーケには、吹奏楽っていうオーケストラとはまた違うやつがあってね」
リリーはこのように好奇心旺盛で、前世のことも興味があるらしいのだ。
「ちょうどリリーくらいの年の時に、たまたま吹奏楽を演奏してるところを見かけたの。それでサックスを吹いてる人を見て『かっこいい! 私もやってみたい!』って思って」
本当は『近所のショッピングモールで高校生たちが演奏しているのを見た』と言いたいところだが、この世界にショッピングモールなどないし、学校すらない。
部活動といってもまずそれを説明しなければならないので、あれくらいのふんわりとしたままで留めておいた。
「じゃあリリーと一緒だ!」
「何が?」
「リリーもお姉ちゃんみたいに、サックスやってみたい!」
あぁ……やっぱそっかぁ。
「お試しならやってもいいんだけど」
いざ、本格的にやりたいと言い出したら……。もし、
「この世界じゃ、私しか持ってないんだよね、サックス」
「うん……」
「また、ちょっと考えてみるね」
完全に忘れてたけど、サックスのよさを布教したところで、「じゃあ自分も!」ってできないんだった。
トランペットとかクラリネットがあるなら、サックスも作れなくはなさそうだけど。
「楽器職人、いつも行くあの楽器屋の主人なら知ってるかな?」
そこでは、音を出す重要な部分である『リード』を、サックス用に特注品で作ってくれている。口にくわえるマウスピースについている、小さな板のようなものだ。
「明日あたり、聞いてみよ」
リードは消耗品なので、週に一回は変えないといけない。
私はエメラルドのようにキラキラしている瞳を見る。
「リリー、すぐにはできないかもしれないけど、明日、相談しに行ってみるね」
「ホントに?」
「うん、できるまで長くなるかもだけど待っててね」
なでられたリリーの顔は少し不服そうだったが、「ダメ」と切り捨てられなかっただけ、笑顔も見えていた。
次の日から『サックス増産計画』が始まった。
特注リードを取りに、市場の一角にある楽器屋に入る。
「はい、
「ありがとうございます! そうだ、知り合いに楽器職人とかいませんか?」
「ああ、ちょうどそこにいる人がそうだよ」
店の主人が指をさした先には、腕を組んで何かを凝視する、茶色のひげ面のおじさんがいた。
「おや、私のことかな?」
「はじめまして。いつもお昼くらいに、そこの噴水広場で楽器を吹いている、ストリートミュージシャンです」
「ああ、『サックスのお姉ちゃん』か!」
おっ、私のこと知ってるんだ! それなら話は早いかも!
「それで私になんの用かな?」
「今、ここの主人にあなたが楽器職人だって教えてもらったんですけど、サックスを作ってもらうってことはできますか? これなんですけど」
私は背負っているケースからサックスを取り出し、おじさんの前に差し出す。
……初対面でいきなりお願いしちゃったけど。大丈夫かな?
「なるほど……作れなくはなさそうだね」
よく見ると細かいパーツがあるサックスだが、このおじさんの手にかかれば、一日で設計図は書けそうだとのこと。
「丸一日はかかると思うから、あさってに返そうか」
ということで、あさっての昼にここの楽器屋で返してくれることになった。
このサックス増産計画で私がねらっているのは、一緒に吹く仲間を増やすことである。一人で吹くのもいいが、このアルトサックスをもとに色々な大きさのサックスを作れるようになったら、アンサンブルができる。
そしてゆくゆくは、吹奏楽団を作りたいのだ。
「前世でいう自衛隊の中に音楽隊がいたように、軍隊に音楽隊ってすごい重要だと思うんだよね。兵士を鼓舞して、『音楽』で相手をビビらせる、なんてね」
久々に手元にないサックス。いない間に私は大きな野望を燃やしていた。
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