11:国王が重病!? お呼ばれしちゃいました……
サックスが手元に戻ってきてすぐ、アールテム王国王都にはこんなうわさが広まっていた。
「王様が重いご病気になられているらしいわよ」
「ベッドからも出られないなんて聞いたわ」
「それで王都が荒れたら嫌ね〜」
噴水広場で演奏したついでに寄った市場で、婦人たちがこんなことを言っていたのだ。
国王といったら、私が週一で行く農村に圧力をかけている張本人である。
「確か王都の市場に並ぶ食材って、農村からめっちゃ安く買い上げたやつだよね?」
それを何も気にかけることなく、自分を含めた都の民は食べている。国王とかなら、もっといいやつ食べてるんだろうけど。
「ここぞとばかりに農民が
その時、私はまだ他人事のようにしか思っていなかった。まさかあんなことを言われるなんて!!
次の日の昼頃、例の噴水広場でサックスを演奏しながらら投げ銭を入れてもらっていた。やり始めて二ヶ月、一日で銀貨七枚(日本円で約七千円)分も稼げるように。
最初は一日二食、パンとスープくらいしか食べられなかったが、今は一日三食、野菜も肉も魚も食べられるようになった。
特にめっちゃかわいいほぼ妹みたいなリリーには、ちゃんとしたご飯食べてもらいたいからね! とりあえず貧乏生活脱出! ……というところだった。
「君が、毎日ここで演奏をしている平民か?」
演奏中にもかかわらず、横から突然声をかけられる。
着ているジャケットから、いかにも高貴な人であることは伝わってくる。どっかの貴族かな?
「そうですけど……何のご用ですか?」
「先日農村に偵察で行ったところ、君の話を聞いてな。そしたら楽器を演奏して、農民のケガやら病気やらを治しているらしいが?」
そう言って、十センチくらい上から見下ろしてくる、シルクハットをかぶった貴族らしき男。
何なの、めちゃくちゃ高圧的だし、はじめましての人くらい敬語使えって……!
「……ダメでした?」
「いや、君に頼みたいことがあってね」
「どんなご要望ですか?」
「国王陛下のご病気を治してほしいのだが……」
え? ……………………はぁっ!?
「こ、こ、国王!?」
「隠蔽しておこうと思ったのだが、どうやら平民にも知られてしまったようでね」
そういうことじゃないって! 要は、国王に呼ばれたってことでしょ!
「こんな私ごときが……。他のお医者様でも治せなかったのですか?」
ああ、とうなだれる男。
ていうか、そんなことを頼みにくる人ってすごい偉い人だよね?
「申し遅れた。私は国王陛下の側近のトリスタンだ」
トリスタンはそのシルクハットを取っておじぎする。
今、なんて? 側近とか言った? 側近がわざわざ誰もお着きの人もつれないで、こんなところまで来たの!?
「私はグローリアです。……分かりました。承ります」
「よかった! 急で悪いが、明日の昼ごろに来てほしい。いつ陛下がどうなられるか分からないからな」
「承知しました」
頭が半分真っ白になりながらうなずいていると、厚めで手のひらサイズの羊皮紙を渡された。『入城許可証』という文字とサインらしきものが書かれている。
「明日、これを門番に見せてほしい」
はいと言って、それをワンピースのポケットにそっとしまう。
この騒がしい広場の中にいても、ドキドキと鼓動が体に響いている。
「どういう症状なのかは明日言う。ここでは誰かに聞かれてしまうかもしれないから」
そういうと「それではまた明日」と、王城に続く道へと行ってしまった。
ポケットの中の羊皮紙を触る。
数秒ぼうっとして、我に返った。
「えぇぇぇぇっ!! やばいって!!」
「ねぇねぇねぇねぇ! 二人とも!」
私は家のドアを開けてすぐ、興奮した声で中に駆けこんだ。
おかえりのハグをするつもりだったリリーは、私に伸ばした腕を引っこめる。
「どうしたんだい?」
「明日、
「おう……じょう……かい?」
あまりにも急な報告に、キョトンとするベル。
「そう! さっき広場でサックス吹いてたら、いきなり国王の側近が来てさ、『国王陛下のご病気を治してほしい』って言ってきたの!」
「最近、農民たちにふるまっている、あのことかい?」
「お姉ちゃん、どういうこと?」
一発で状況を理解したベルと、頭に?マークがたくさん浮かんでいるリリー。
「あのね、この国の王様が病気になっちゃったんだって。どのお医者さんでも治せなくて、王様のお友達が困っちゃって。この間、リリーのすりむいたお膝を治したように、今度は王様の病気を治してほしいって、そのお友達が頼みにきたの」
一つ一つ丁寧に教えると、リリーはその目をキラキラ輝かせて「お姉ちゃん、すごい!」と抱きついてくる。
「それじゃあ、ちょっといい格好していかないといけないねぇ。確かあそこにしまってあるような……」
ベルはゆっくりとした足取りで、奥の方へと行ってしまう。
私もサックスのケースを柱の横に下ろすと、ベルの後に着いて行った。
「死んだ息子が着ていたスーツが……あ、あった」
ベルがホコリよけのための麻布を取った。
そこからは、ついこの間貧乏生活から抜け出したばかりとは考えられないほど、ピシッとしたスーツがかかっていたのだ。
「私のを貸そうと思ったんだけどねぇ、グローは背が高いから息子のものでも着られるだろう。合わせと肩のあたりを調節すれば」
背が高いって、確かにこの世界じゃそうだろうなぁ。普通に百六十センチくらいだけど。
グレーのジャケットとパンツ、そして珍しくブラックのシャツが合わせられていた。
うん、レディーススーツだったら、もうちょっとスリムに作ってあるよね。
「ちょっと着てみなさい」
ああ、久しぶり。制服以来のこの感じ!
確かに肩とか胴とかは余ってるところがあるけど、丈はちょうどいい!
「こことここをつめて、なるほど、これくらいか」
ベルは、生地をつまんだり長さを測ったりしている。
「明日の朝までにできるようにしておくからねぇ。王様とお会いするのはとても久しぶりだから、気合が入るわい」
私と違って裁縫上手のベル。私なんてミシン使おうとしたら、絶対糸が絡まっちゃうもん!
テキパキと慣れた手つきで道具を準備していくベルに、私は尊敬しながら、「やってもらう代わりに、今日は私がご飯作るよ」と言葉をかけたのだった。
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