09:心も体もあったまる農村パレード♪
人の声と作業する音だけが響く農村に、楽器の音が風のように吹き渡っていく。
私は体の内側からあふれそうなエネルギーを調節して、相棒から旋律を奏でている。
ゆっくり歩みを進めながら、左右を交互に向いて音を飛ばす。
私の演奏を聴きながら、案内人が小さく叫ぶ。彼女の人差し指の先が光り始めたのだ。
「なにこれ……昨日包丁で切ってしまったところが……治ってる! まさか、あのお方の演奏で?」
やっぱり傷治せるんだ……!!
その声に思わずにやけそうになり、サックスから右手を離し、緊張したほほを軽くつねった。
私が奏でる音に反応して、周りの家々から農民が顔を出す。外にいたのは男の人が多いが、家の中から出てくるのは女の人が多い。
「誰か来たわよ?」
「あの人から音がしてるんだよね?」
「これが音楽? 王都以外で聴けることがあるのね!」
物珍しさに、作業の手を止めてこちらをジロジロ見てくる。
すると、こちらに子供がスタスタと走ってきて、私の目の前に止まってしまった。
「ママ、すごぉい!」
「こら、邪魔しちゃ!」
私は追いかけてくるお母さんらしき人に目を合わせ、目を細めて制止させる。
一旦吹くのをやめ、その子供に話しかける。
「私と一緒におさんぽする?」
「うん!」
「じゃあ、私のまねっこして」
私はテンポ100くらいのスピードで、小幅で歩き始める。そして、偶数拍目で手拍子をする。
あとを追いかけるように子供はついてきた。
「いち、に、いち、に」
「いち、に、いち、に」
掛け声とともに一定の速さで歩いていって子供が慣れたところで、私は
「私はさっきの続きを吹くから、今のを続けて」
いち、に、と言いながらコクっとうなずいたのを確認すると、サックスに息を吹きこんだ。
即席の極小編成のマーチングバンド――マーチングデュエットが誕生した。
やはり幼い子のテンポ感というのは、それはそれはすぐにズレてしまう。こちらが合わせるようにするしかない。
パチッと小さい手から放つ音は、かわいらしい以外の何物でもなかった。
ズレズレのテンポの中でも私は見た目を華やかにするために、楽器を上に上げながら拭いたり、横に揺らしたりしてみる。
「俺も混ぜてよ!」
「楽しそう!」
歩いていくうちに数人の子供が駆けよって、マーチングバンドに加入していく。最初の子供のマネをして、手拍子と掛け声は大きくなっていった。
その様子を案内人の女の人も愛おしそうに見ていた。
村内を半周して幅の広い道に出たところで、私は立ち止まってその場で足踏みをする。さすがにずっと吹きっぱなしで疲れたので休憩したい。子供たちもお利口に、先に行かずに私の周りで足踏みをする。
先回りをしたのか、道の両端には分厚い人垣ができていた。
スタッ……
直立し、遅れて子供も不思議そうな目をして止まる。
空を切るような最高音で、私は曲を終わらす。
一人が拍手を始めると、周りの人たちにも
「都の民は演奏に感動したら、こうするのじゃろ?」
「そう……ですね」
そういえば、拍手をする意味って考えたことなかった。演奏に限らず何かの発表の時も、終わったらその人に拍手をするっていう習慣というか。お決まりのことというか。
死んで初めて、音楽に携わっていた自分が『拍手』の意味を知るとは。我ながら恥ずかしすぎる。
ずっと歯が当たり続けて、唇の裏側にくっきりと歯型がついているのが分かる。痛い。
「うちの娘がすみません。ご迷惑ではありませんでしたか?」
最初にマーチングバンドに入ってきた子供のお母さんが、頭を少し低くして謝ってきた。
「全然大丈夫ですよ。どう? 楽しかった?」
腰を曲げて子供に聞いてみる。
「楽しかった!」
「それならよかった」
両腕を広げて
子供たちとおしゃべりしながら休憩し、五分ほど経って再び人垣の前に立つ。
「せっかくお集まりいただいたので、みなさんにここで一曲披露いたします」
ここまでは歩くくらいのテンポで明るめの曲を吹いてきたけど、今度はバラードにしてみようかなー。
「ちょっとみんなのところに行ってくれないかな?」
私の周りにまとわりついている子供たちに、人垣の方へと促す。転生してからは、聴衆がここまで集まったのは初めてだ。
ちょっと
「前の方の人は座っていただけると、後ろの人も見やすいと思うので」
私を中心にぐるっと農民が集まって円が作られている。奏者の奇抜な見た目と楽器の物珍しさに、興味津々そうだ。
「それではお聴きください」
ゆったりと、拍動と同じくらいのテンポで伸びやかに奏でていく。
吹きながら目に止まったのは、右腕が肩から数センチ残して欠損している人だった。生まれつきなのか、病気なのか、ケガなのかは分からない。
ただでさえ、農民っていうだけで都の民から搾取されて大変だろうに……。
哀れみの気持ちが体内で渦まき、音とともにバラード調で放たれる。それこそが癒しの音である。
相棒から出る甘い音に、農民の誰もが魅了された。それゆえ演奏を聴いている時には気づかなかったのだ。
伴奏なしの完全ソロのバラードを吹き終わると、私はさっきより断然大きな拍手をもらった。
「すごいぞ!」
「本当に王都から来た人なのよね?」
そんな声が私の耳に届いたその時。
「おい! みんな聞いてくれ! あの人の音を聴いたら、俺の母ちゃんの熱が下がったんだ!」
「「「ええっ!?」」」
ここにいる農民全員が驚嘆の声をあげ、私も声を出さずにはいられなかった。
ま、ま、マジで言ってんの、この人!
どうやらここ何週間も熱に侵されて、どんどん衰弱していたらしい。もう治ることはないと、村の中の誰もが思っていたのだという。
それが、私の音で治っちゃったって?
「言われてみれば……朝から痛かった頭が治ってた!」
「俺の派手にコケてできた傷も!」
「お腹痛かったけど、もう大丈夫だ!」
「屋根から落ちて手の骨折ったところが、全然痛くない!」
えぇぇぇぇっっ!!??
「ワシの腰痛も治ったわい」
と、村長までも。
「ケガは治したことあるんですが……まさか病気まで治しちゃうなんて……」
「ワシらを癒すためにやって来たのであろう? 恩に着るぞ」
あ……まぁ間違ってはないし。治せるかもって思ったのは、ついさっきだけど。
「あはは……そ、そういうことにしておきましょう」
農民たちに音楽を聴いてもらう、いい機会だったし。治せなくても結果オーライ!
「都の民が俺ら農民に手を差し伸べてくれたぞ!」
ザワザワと、ところどころ雄叫びに近いような歓声も聞こえるが、私のことを悪く言っている様子ではない。
「それじゃあ、あともう半分村の中を周りますので、ついていきたい人はどうぞ」
何もお金はもらえないけど、たまには農村でチャリティーコンサートしてもいいかもね。
そんな考えが浮かんだあと、私はついてくる十数人の農民とともに、再びマーチングバンドを組んだのだった。
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