04:前世と今世の共通点発見! まさかの決断?

 私は相棒に息を吹きこんだ。ああ、これこれ。この感じ。

 耳だけでなく、自分の両手にも細かい振動が伝わってくる。久しぶり。


 今吹いているのは、今年の春にソロコンテストで吹いた曲だ。本来はピアノの伴奏があるが、今はないので仕方がない。

 うろ覚えだけど、ミスってもそういう曲だって思ってくれるでしょ!


「おもしろい音が出るんだな」


 木製のイスに腰かけているルークが、腕を組んでうなずいている。

 ベルとリリーは黙って私の演奏を聴いてくれている。


 キリのいいところまで吹き終わると「ブラボー!」と、全力で拍手してくれた。本当は、死んだあの全日本の舞台でしてもらいたかったんだけど。


「何の曲かは知らないが、聞いていて心地がいい演奏だったな」

「木管楽器と金管楽器を合わせたような音してるね。こんなにおもしろい楽器だとは」


 ルークとベルが口々に感想を述べる。

 そんなおもしろい楽器を、本人がいないところで勝手に売ったんだよ、ベル。まったく。


「私も少しは音楽の教養があるから分かるんだけれど、それって木管楽器なのかい? 吹くところがクラリネットと似ているからね」

「本体は金属製だけど、ベルの言うとおり木管楽器だよ」


 前世でもよく言っていたフレーズなので、すらすらと出てきたって……え?


「ベル、今クラリネットって言った?」

「それがどうしたんだい?」

「こっちにもあるの!?」


 そもそも金管楽器と木管楽器っていう定義がある時点で、前世にあったような楽器があるのかもしれない。クラリネットは木管楽器だっていうのも同じだし。


「じゃあさ、フルートってこっちにある?」

「ああ、あるよ」

「トランペットは?」

「あるねぇ」


 えっ、ホントにここって異世界だよね!?


「もしかして、グローリアはアンマジーケから来たんかい?」

「あ、アンマジーケって?」


 どうやらこっちの言葉で『魔法がない世界』という意味らしい。確かにそういうものはないし、前世の世界はこの人たちが言うアンマジーケなのかもしれない。


「今から百五十年前くらいに、アンマジーケから来たっていう人がたくさんの楽器を持ちこんだんだよ。その中に、さっき言ってたクラリネットとかフルートとかトランペットがあったんだよ」


 何それぇぇぇぇ! 私の前にもここの世界に来ちゃった人がいたの⁉︎

 この地区の長老のベルが言うなら、本当にそうかも。


「今はその楽器を使ってオーケストラやら何だがあるみたいだが」

「オーケストラ⁉︎」

「もともとオーケストラはアンマジーケにあったものだからな。やっぱりグローリアはアンマジーケから来たんだろ?」


 うわぁ、ぜったいそうじゃん……! オーケストラがあるならアレもあるよね?


「ねぇ、それなら吹奏楽はある?」


 私が言ったとたん、得意げに話していたベルの口が動かなくなった。ルークの動きも止まってしまった。


「えっ? ウィンドアンサンブルとか、ウィンドオーケストラとか、ブラスバンドだよ?」

「……俺の記憶の中では……ないな」

「オーケストラは知っているけれど、吹奏楽は聞いたことがないね」


 青春をすべて吹奏楽にささげた私に雷が打たれる。前世の世界では、そもそも学校の部活動としてあるくらい、有名なものなのに。他の国だって音楽の授業の一環でやるらしいし。


 ちょっと待って……サックスがないなら吹奏楽できないよね!? そりゃあそっか!


「それなら、例えば戦争とかで兵士を鼓舞する時ってどうしてるの?」


 前世の世界では、吹奏楽はそういう時に爆音で音楽を奏でて、敵をビビらせることが始まりだったような。たぶん。


「トランペットとかトロンボーンとか、太鼓を使うよ。やっぱり大きな音が出る楽器を使うらしいねぇ」


 ああ、そういうこと。マーチングバンドの小規模版っていう感じかぁ。

 やっぱり私の担当楽器だったサックスがないのが、残念でもあり寂しい。だが裏を返せばサックスなど未知の世界。


 サックスのよさを売るには絶好の場所じゃ……?


「ベル、これを売ったのってお金がないからだよね? それなら人前で演奏して、お金を稼いできてあげる!」

「おおっ! グローリア、名案じゃないか!」


 筋肉ががっつりついた腕で背中をたたかれる。優しくやってるつもりなんだろうけど、痛いって。


「うちのためにやってくれるのかい? 私はこの楽器を売っちまった人なのに?」

「うん、ただ居させてもらってるだけじゃ悪いから」

「おばあちゃん、商人のくせに貧乏だからなぁ。グローリア、ちゃんと腹いっぱい、朝と夜のメシを食わせてあげるくらいな」


 苦笑する私の肩に骨ばった大きい手が、ずしっと置かれた。


「えっ、そんなに!?」

「私も頑張るけれど、そうしてくれるなら心強いねぇ」


『心強い』と期待された上、自分で言っておいて引き下がることはできない。

 そもそも、相棒が戻ってきたらやりたかったことだし。畑仕事とか裁縫とか機織りとか、ちまちましたやつはやりたくないし……。


「お金もらえるように頑張ります。あ、最初から期待はしないでね?」


 うまくいかなかった時のための保険を作っておき、私は再びマウスピースに口をつけて練習を始めた。

 音がでかいから近所迷惑になってなきゃいいけど。


 後輩をかばって死んだ私は、異世界に転生して、まさかのストリートミュージシャンとなったのだった。


 よし、今世こそ音楽で生きて、音楽で食っていってやる! そもそも痛い思いして死にたくない!


 ということで、私の相棒はアルトサックスです。

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