03:まだまだいたって! 異世界転移!

 コンコンコン


 木のドアがたたかれ、ガタイのいい男の人が入ってきた。


「おばあちゃん、毛糸たんまり持ってきたよ! って、おとといそこに倒れてたお嬢ちゃんじゃないか!」


 入口に大きな袋を三袋置くと、男の人は私を指さした。


「元気そうでよかったよかった! 俺がこの家の奥に、お嬢ちゃんを運んだんだからな」


 自慢げに歯を見せつけてくる。これはお礼を言えってことだよね……。


「そうだったんですね、ありがとうございました」


 おとといってことは、私、昨日は丸一日寝てたってことか。お昼寝は好きだけどいくらなんでも寝すぎでしょ!


「ところでお嬢ちゃんがしょってた黒いカバン、あれはどこ行ったんだ?」

「カバン?」

「中に金色の曲がった筒みたいのが入ってただろ? 楽器みてぇだったけど」


 へ? 私そんなの背負って倒れてたの? ……それってまさかだとは思うけど、まさかね。


「ああ、それは金になりそうだから、昨日売ったよ」


 悪びれることなく、ベルはさらっと言い放った。

 私の背中に冷や汗がツーっと流れた気がした。


「ベル、それってこれくらいの大きさで、こんな形してた?」


 半分パニックになりながら、床に敷いてあるわらをどけて、地面に指で絵を描いていく。まさか、あいつも一緒に転生してきちゃったりして!?


「そうそう、これだよ」

「人の持ち物を勝手に売っちゃったの⁉︎」

「そんなに大事なものなのかい?」

「めっちゃ大事なものだよ! そうじゃなくても勝手に売っちゃダメだから!」


 おいおいおい、ベルってそんな人なのかよ……。ホントに相棒も転生してきたなら、またあの音色を聞きたかったのにぃぃぃぃ!!

 すると男の人が自分の胸を叩き、少しかがんで私の涙目をじっと見てきた。


「それなら俺が見つけてきてやるよ。昨日売ったんならまだ後を追えるかもしれないからな」

「ホントですか!」

「俺は運び屋だからな。お嬢ちゃんの想いもしっかり運んでやる」


 こんなことをさらっと言えるとか、心すっごいイケメンじゃん! 初めて話した人にそんなこと言えないって!

 このあと男の人は、ベルが誰に売ったのかを聞き出し、紙にカリカリとメモをする。


「次会う時は見つけられるようにするからな! あ、俺はルークだ」


 去り際に名を名乗ると、私も反動で「グローリアと言います。よろしくお願いします!」と深々と礼をする。


「見つかるといいなぁ。何日も吹いてないから、その時にはちょっと衰えてるかもだけど」


 ガタイのいい背中が通りの奥へと消えていった。






 その日の夕食。パンを頬張っていると、リリーが何か話したそうにこちらを向いていた。


「リリー、なに?」

「おばあちゃんが売ったのって、そんなに大切だったの? これくらい?」


 食事中ずっとリリーの背中にいるクマのぬいぐるみを引き寄せ、私に差し出した。お世辞にもきれいとは言えないほど汚れており、ベルにぬい直してもらったのか、何ヶ所かツギハギがされている。


「それはね、私がリリーに初めて作ったおもちゃでね、外に行く時も寝る時もずっと一緒なんだよ」

「へぇ、手作りなんだね!」


 ボロボロということもあって分からなかったが、作りたての新品なら、前の世界でも売れそうなほどの出来栄えだ。さすがは機織り職人。


「うん、私もそれくらい大切なものだったよ」

「おやすみする時も一緒?」

「いやいや、さすがにそれはできなかったけど、本当は一緒に寝たいくらい」

「じゃあリリーと一緒!」


 片腕でぬいぐるみを抱きしめるリリー。

 それまでこのやり取りを黙々と聞いていたベルが、重たく口を開いた。


「グロー、そんなに大事にしていたものだったんだね。すまないね」

「でも、まさか楽器も一緒に転生してるとは思いもしなかったし……。ルークに言われなければ気づかなかったと思う」


 とりあえず擁護しておく。まぁ、擁護になってないでしょうけど。

 私とベル、価値観が違うのかな? お金がないのはこの家を見れば分かるけど、私があれを大切にしてるかもしれないって想像ができなかったのかも。


「おばあちゃんは、この子売らないよね?」


 その真剣な目で見られたベルは「売らないよ。グローの悲しんでいる顔を見たからね」と言うしかない。


「あとは、無事に戻ってきますように。また相棒を吹けますように」

「戻ってきますよーに!」


 両手を組み合わせて素直に拝むリリーに、無邪気さからくる言動に、私は新鮮さを感じたのだった。






 数日後。この間のドアの叩き方と同じリズムが鳴ったあと、麻袋と黒い箱型のカバンを持った人が入ってきた。


「グローリア! 見つけたぞ!」


 ガタイがいいせいで小さく見えるが、本当はそれなりに大きい。約束どおりにルークは持ってきてくれたのだ。

 途中でどのように扱われたかは分からないが、その筋肉に似つかないほど、そっとカバンを置く。


「今すぐ中身を確認してくれ」


 私は吸い寄せられるようにカバンの下に走っていき、その表面をなでる。名前が刺繍ししゅうされているので、明らかに自分のものだと確信した。


『Kanane』


 まだ泣くのは早いと分かっているものの、すでに目頭は熱い。深呼吸してチャックを開けた。

 確かに、金色のサックスが静かに鎮座していた。

 マウスピースも、予備に入れておいたリードも、いつも入れっぱなしのストラップも、何ひとつ中身が抜き取られたものはなかった。


「本体は……」


 おもむろに金色の楽器に手をかけて起き上がらせる。ひざに乗せてキィを動かしてみる。うん、大丈夫そう。


「はい、私のです。ルークさんありがとうございました」

「それならよかった! 危うく国外に売り飛ばされるところだった。危ねぇ、危ねぇ」

「これ、サクソフォンっていうんですけど、珍しいんですか?」


 楽器ぽいとは分かるらしいが、運び屋のルークでさえ知らない楽器なのだ。


「サクソフォン? やっぱり聞いたことねぇな。こんな楽器、世界中どこ探してもないかもしれねぇぞ」

「そこまでなんですか!」


 えっ、だって転生する前は……それはそれは人気の楽器で、『サックス=かっこいい』のイメージじゃないの? 誰もが知ってる楽器じゃないの?

 やっぱり異世界だ。


「お姉ちゃん、やってみて!」


 久しぶりの再開なのに涙を流す暇もなく、リリーに催促されてしまった。


「何日も吹いてないし、転生したから感覚が違うかもしれないけど」


 マウスピースにリードをつけ、ストラップを首にかけて楽器本体に引っかける。

 楽器が組み上がり、準備は整った。


「じゃあちょっと吹いてみるね」


 立ち上がってキィに指を置き、マウスピースをくわえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る