02:ここはどこ? って、ぎゃぁぁぁぁ!!

 目が覚めると、私は薄暗い冷たい石壁に囲まれていた。


「おばあちゃん! お姉ちゃんが起きた! おばあちゃん!」


 ザッザッと足音を立てながら、向こうの方に走り去っていく赤髪の少女。

 だれ……けっこうちっちゃい子……。


「おぉ、そうかい。よかった、よかった」


 ゆっくりとした足取りで、老婆のような声の人が近づいてくる。


「全身傷だらけでよう助かった。あんたは旅人かい?」


 旅人……じゃない。起きたばかりで頭がぼうっとして、まだ状況が整理できていない。

 しわだらけの手が伸びてきて私の額に触れた。


「熱も下がったようだね。ここの集落 総出で手当てしたかいがあったよ」

「あぁ……ありがとうございます」


 私は痛む体に歯を食いしばりながら起き上がる。

 下に敷いてあるのは、わらが詰まった麻袋のようなもの。上にかかっていたのは、ゴワゴワとした麻布だった。


「ここは……どこですか」

「どこって、アールテム王国王都の西地区さ。旅人なのに知らないで来たのかい?」

「いや、私旅人じゃないです。というか、アールテム王国……初めて聞きました」

「聞いたことがないとは……そんな遠くから来たのかい!」


 自分の出身を言おうとして、私はみるみる青ざめた。

 私ってどっから来たんだっけ!?


 最後に記憶にあるのは、どこかのホールの舞台裏。確かそこは名古屋だったから愛知県。でもそこにはバスで来たし、前の日はホテルにも泊まってるし、あっ!


「埼玉! 埼玉から来ました!」

「さ、さい……たま?」

「えっと……東京の隣です」

「と……うきょう?」

「東京を知らない!? じゃあ日本! ジャパン!」

「にほ……ん? ジャパン? あんたは何を言ってるんだ?」


 ええっ、この現代で日本も東京も知らない人っているの? 私もアールテム王国なんて初めて聞いたけど。


「私は商人だから色んな国の話も聞くんだけどねぇ。全く聞いたことがないわ」


 世界史取ってたから分かるけど、これ、中世ヨーロッパ時代の家と似てるんだよね。一階は石壁になってるこの感じ。

 それなら他の家とか外の雰囲気も、ヨーロッパっぽくなってるはず。

 私は足を引きずりながら外に出ようとしたが――


「あんた、靴!」


 薄い革の簡単なつくりの靴を渡される。そうだった、外国は家でも靴生活だもんね。

 外を見た瞬間、私はあることを悟った。


「あ…………やっぱりか」


 外はどこを見ても洋風な建物ばかりで、前の道路は石畳で舗装されている。行き交う人々はみな『外国人』のような見た目。でも、話されているのは日本語。


「私、異世界にいるのかも。異世界転生ってやつだ。私、死んだんだった」


 風が吹き、横髪が揺れて視界に入った。……ピンク色のものが。


「へぇっ!?」


 それをつかみ、こわごわまた視界に入れる。


「ぎゃぁぁぁぁ!! しかもめっちゃ髪短くなってるーーーー!!」


 頭を触り、首に手を当てるが、ない。髪がない。


「うそ!? 大学デビューしたくてずっと伸ばしてきたのに!」

「おまえさん、頭もケガしてたんだよ。髪の毛は血だらけでカピカピで手当てしづらかったから、切らせてもらったよ」

「そんなぁ……!」


 JKは髪が命なんだって!(特に前髪!) ここじゃあJKっていうのも関係ないと思うけど……とほほ……。


 おばあちゃんに手鏡を貸してもらい、どれくらい切られてしまったのか確認する。


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 これじゃあベリーショートだし、何か目が赤いんですけど! ピンクっぽい髪になっちゃったし、瞳の色が赤とか怖すぎるし、しかもこの髪の長さ!

 もう悲しくなってきたよ……。まだ前髪があるだけマシかぁ……。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 私が着ている、羊毛の赤いワンピースの袖が、ちょんちょんと引っ張られる。あの赤髪の少女である。


「大丈夫じゃないよぉ……。お姉ちゃん、起きる前と起きた後で、見た目がすっごい変わっちゃってて」

「そうなの? でもお姉ちゃんかわいいよ!」

「……ホントに?」

「髪は男の子みたいだけど、お姉ちゃんだとかっこいいよ!」


 ホントのホントに? この子めっちゃ天使じゃん!

 老婆がのっそのっそと歩み寄ってきた。


「さっきボソッと言っていた『転生』とやら、それは本当なのかい?」

「はい……どうやら。私、死んでこの世界に来てしまったみたいなんです」

「なるほど……、生き返ったということかね?」


 うなずいたのを見た老婆は、「第二の人生じゃ。名前をあげよう」と言い出す。


「リリー、このお姉さんの名前、何がいいと思うかね?」

「神様のお名前!」


 無邪気に答える赤髪の少女。

 そっか、そういう感じで考えるんだ。神様と同じ名前とか、日本じゃああんまりないよね。


「死ぬ前は何をしていたのかい?」

「高校生……学生でした。あと楽器吹いてました」

「若い時から芸術に触れていたのかい。それなら『グローリア』はどうじゃ?」


 感心するように目を細める老婆の口から出たのは、この世界で『音』を司る、音楽の神『グローリア』の名だった。


「すごいよお姉ちゃん! グローリア様と同じ名前!」


 私の腰に抱きついてきた。


「せっかく決めてもらった名前、使わせていただきます。……私は、グローリア」

「いい名前だよ。……おっと、私たちの自己紹介をしていなかったね」


 さっきおばあちゃん、この子を『リリー』って呼んでたけど。


「私はイザベル・プレノート。ベルって呼んでおくれ。こちらが孫のリリアン」

「みんなからリリーって言われるから、お姉ちゃんもリリーって呼んで!」


 あっ、イザベルさんのニックネームってベルなんだ! 確かに言われてみればそうだよね。


「あと、敬語はよしておくれ。あまり使われると背中がムズムズする」

「分かりました……じゃなくて、分かった」

「はい、よし」


 私は冷たい石壁に寄りかかった。

 あぁ……私、転生してきてどこかに倒れてて、ベルや近所の人に助けてもらったってことだよね? 「全身傷だらけ」って言ってたから、死んだ時の傷が残ってたのか。

 あの髪は何回頭を洗っても取れなかったから、おそらく地毛だろうって。そういえば眉毛もピンクっぽかった気がする。なんでこんな変な見た目の私を引き取ってくれたんだろ。


 だがただ一つ、転生前よりいいことがある。

 Bカップだったおっぱいが、圧倒的に大きくなっていることだけは。

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