ある王国の婚約者の独白

桐弦 京

 私がここに至るまでの話をしましょう。


 私が生まれたのは、この大陸にある3つの大国のうちの一つである王国、そうこの国です。そしてその中でも歴史ある侯爵家に生まれました。長く続く王国の歴史においても、その歴史の深さで他に並ぶ家系は王家を含めても多くはないでしょう。


 そんな侯爵家ですが、私が生まれた時にあったのはそんな歴史と多額の借金でした。借金の原因はよくあるものです。侯爵夫人による装飾品やドレスの購入費用に、侯爵の愛人への贈り物の費用、その他自分達のためだけに民の血税を使っていたからでした。


 こんな事態になった原因の一つは、政略結婚故だったのでしょう。侯爵側はお金のために、夫人側は侯爵家との繋がりのために。そんな中でも愛を育むことは可能だったはずです。政略で結ばれたのちに、その間に入り込む隙もないと言わしめる程になった方々もいらっしゃいますから。しかし、この侯爵家ではなされませんでした。愛人として囲われていた方に侯爵が当時から恋焦がれて、夫人のことを邪険にしていたからだとか。金で夫人の座を買った卑しい女だと侯爵が思っていたからだとか。そのようなことを夫人やその周囲の方々は言っていました。そんな冷え切った関係でしたので、侯爵も夫人も互いに干渉することなくお互い好き放題していた結果が借金でした。勿論、家令達からやめるように言われていたと思いますが、二人ともやめようとしなかったのでしょうね。


 そんな借金を帳消しにするどころかさらなる金銭を得られる契約の話が舞いこんできたのは、私が5歳の頃だったとか。その契約というのが、王子との婚約でした。こんな経済状況の侯爵家との婚約など王家にとってなんら得にはなりません。ですが、この婚約は正式に結ばれました。それはなぜか?婚約を受けてもらえる家が他になかったからです。


 この王国では、王妃となれるのは侯爵家以上の家格の出であることが決まっています。これはそもそもの生まれがですので、養子によって家に入ったものは含まれません。現在この国には、公爵家が1つ、侯爵家が5つありますが、長い歴史の中でこの数は最小といっていいでしょう。そもそもの婚約の難易度が上がっている今の時代の中、このうち3つの侯爵家には当時女子が生まれていなかったために除外。公爵家には過去の因縁から頼みづらいため除外。残るは我が生家を含め侯爵家が2つ。通常なら何の瑕疵もないもうひとつの侯爵家と婚約が結ばれるはずでした。しかし、その侯爵家の令嬢との婚約が結ばれたのは王家とではなく伯爵家とでした。この理由は過去の王様と王妃様の婚姻に関係しています。公爵家との因縁もまた同じ所にあるのですが。


 簡潔に言うなら、不当に公爵家の令嬢との婚約を破棄し、今の王妃様と結ばれたとなるのでしょう。政略を放棄してまで愛をつらぬいた王と王妃の話は舞台で披露されるほどです。そんな大恋愛の果てに結ばれた二人が、幼いながら互いに想い合っている二人を引きはがしたとなればどうなるでしょうか。ちょうど自分達が起こした混乱から回復してきた矢先だったのもあり、再び王家の評判が落ちることがあるかもしれないと考えた結果、その侯爵家との婚約は見送られました。そしてわかるかもしれませんが、想い合う幼い二人というのが先の侯爵令嬢と伯爵令息でした。こちらが瑕疵のない侯爵家と婚約が結ばれなかった理由です。


 そして、公爵家とは先の理由からわかるように不当なというところでした。その令嬢の父である当時の公爵様もその令嬢の兄である今の公爵様もその令嬢のことを家族としてとても愛しておられました。そのためそのような扱いをした王家への抗議もかねて、持っていた役職から全て退き、領地に戻ってしまい、絶縁といっていい状態になっていました。同時に、国に関する業務に支障をきたすことにも繋がりました。そんな事情もあり公爵家に女子が生まれていて王子と婚約するのにちょうど良いことがわかっていても、かつてのことがある以上話を持ち掛けることもできないのが王家の立場だったのです。


 ちなみに、王妃様は平民でしたので本来王妃になることはできないはずでした。しかし、調査していったところ2代前の王が在位の際に没落した侯爵家の直系だったとわかったとか。存続している侯爵家といった指定がされていなかった穴をついたものですが、真実そうだとしても愛する者を王妃にするためのこじつけとしか思えませんし十中八九嘘でしょうがどうなのでしょう?


 また、婚約破棄された公爵令嬢はその後ある伯爵と結婚して幸せにしているとか。一生独り身で構わないと言っていた伯爵でしたが、そんな伯爵のことを買っていた公爵は家の存続といった問題について懇々と説得したとか。結果、実は年上好きで伯爵はとても好みであることがわかった公爵令嬢の勢いと先の説得もあって婚約し、順調に婚姻まで辿り着いたという話は聞かされましたね。有名な話ですしご存じでしょうけど。


 少し話がそれてしまいましたね。まあそんな経緯もあって、王子との婚約が結ばれたのが私だった訳です。王家と侯爵家の状況から考えて乱暴な表現をすれば、私は売られたとなりますか。両家で婚約が決まった後すぐ私は王家に教育のために引き取られました。まあ侯爵家でのことなど朧気に覚えているだけでも侍女達に最低限のお世話をされている程度。良いと思えることなどありませんでしたし、よかったのですが。


 王家に引き取られてから最初に行われたのは教育でした。王子との顔合わせはありませんでした。ある程度の教育が済むと予想される2年後に行われる建国祭で、貴族達を集めたパーティーも実施されるので、その場で婚約の正式な発表と顔見せをすることになっていました。しかし、私は何とか早く王子に会いたい一心で頑張りました。幼い私にとって周りから語られる王子様の姿は憧れの存在でしたから。一刻も早くそのお姿をと。結果として、王子との顔合わせが実現したのは1年後でした。その日が決まってからは、早くその日が来ないものかと心躍らせていました。




 ええ、その日のことはよく覚えています。何せ私の 心に罅が入り始めた日ですから。




 顔合わせの場は王城内の庭園でした。ちょうど薔薇が色とりどりで美しかったのを覚えています。これから長く付き合うことになるのだからと、お茶を頂きながら和やかな場でという配慮でした。王子が庭園に現れた時はその姿に一時見惚れてしまいました。はっと我に返りそれまでの教育の成果を発揮し王子に挨拶と自己紹介をしました。今振り返ると随分と拙いものでしたが、あの当時としては会心の出来だったと思います。それに対する王子の返答が、


「お前は婚約者ではない。王妃となる婚約者は自分で決める。」


 と、確かそのようなことを言われたと記憶しております。おそらくは両親である王様と王妃様の影響でしょう。それだけ言われると王子は去っていきました。私は言われたことを受け止めきれずその後ろ姿をただ見送るだけでした。


 それからしばらくは何事にも身が入らない日が続きました。ようやく自分の中で折り合いをつけた頃、周りを見ると雰囲気が変わっていました。私の両親の悪い評判が知られていた中で、あの王子の発言で私は王子の婚約者でなくなる可能性が高いと思われたのでしょう。先の婚約破棄の件もありましたし。私に対する態度が幼い私にもわかるほどにおざなりになることが増えました。


 状況が変わらないまま建国祭の日を迎えました。お披露目では王子とともに会場に入って、婚約の発表をする予定でした。ですが、予定の時間になっても王子が現れないので、迷いましたが会場に向かったところ王子はすでに会場におり、私とは婚約しないと貴族達の前で宣言していました。結局は王様の説得もあり王子は渋々といった様子でしたが婚約が成立しました。私の 心の罅は広がっていきました。


 そこから王子の心をつかむために努力の日々が始まりました。一部の侍女と教師からの対応は悪くなったものの、真摯に向き合ってくれる方も多くいました。そんな方々から多くを学び、また王子に関する様々な情報を得ました。それらを基に王子にアプローチをかけましたが、どれも良い方には転ばず、それどころか悪いほうにばかり転んでいきました。ある時は自分の方がモノを知っていると主張するのは小賢しいとか、またある時は私が王子の好みを知っていることについて気持ち悪いとその時持ってきていたものは地に投げられることもありましたか。確かに何も言っていないのに好みを把握されているのは怖いでしょうが、婚約者として何とか関心を引こう思い周囲に聞いて回った結果だとわかってもいいでしょうに。


 ええ、そんな日々を7年程続けました。よくもこれだけ続けたものですよね。そんな7年を経て14歳になっていたある日、自身の半生を王子のために費やしたのかと思うとなんともやるせない気持ちになりまして。そこで私の恋心は完全に砕け散りました。決まりに従っているだけとはいえ婚約をしている者に一歩も歩み寄ろうともせず、歩み寄りの姿勢を見せる婚約者を突き放すその態度には幼き頃に築き上げたそれでは耐えきれなかったのです。王子もこの婚約を望んでいない以上解消できれば良いのでしょうけど、婚約の時から現在まで侯爵家以上の家に女子は生まれず、公爵令嬢は侯爵令息との婚約が成立していました。ということは、どこかの婚約を解消させなければ、私と王子の婚約も解消させるわけにもいかない状況ということです。また以前のように実は没落した侯爵家の直系でという手段でもって、婚約を成立させることもできるでしょうが、そうなれば今もある公爵家、侯爵家からいい目で見られることないでしょう。


 そこで婚約は続く以上新たに何か目標をと考えた時、国を支えることが思い浮かびました。当時というよりもっと幼いころから私は何か寄り添えるものが欲しかったからでしょう。侯爵と侯爵夫人は当然のこと、王子もこちらを見ようともせず、王様や王妃様は私のことを見てはくれていましたが、何かあれば王子を贔屓することが多々あった以上除外せざるを得ない。となれば私に真摯に向き合ってくれた人達に報いることもできる国への寄与こそをとなったのです。


 そう決意した私はそれから一層勉学に励みながら、自身をよりよく魅せるための努力も惜しまず、それまではあまり積極的でなかった人の輪を広げることも始めました。悪意を多分に含んだ眼差しに怯え踏み出せなかった一歩も、国のためを思えば踏み出すこともできました。ちゃんと向き合えば手を取り合うことができる方々はとても多かったです。もっと早くからそうしていれば良かった。とはいいましても関係は最悪と言っても王子の婚約者であるので、この立場を羨む方とはあまり仲良くなれませんでしたが。


 この国では王族貴族の子息は16歳になる年からの3年間王都にある学園に通うことが慣習としてありました。王様も王妃様とはここで出会ったのは有名ですね。私は見識を広げるという名目のもと16歳になるまでの2年の間に友誼を結んでいた公爵令嬢と共に友好国を訪問して回るために通っておりませんでした。籍は置いておりましたが。王子は勿論通っておりました。学園への入学までもう間もなくという頃に王子の姿を見かけた際はとても心躍らせておられるのが私にもわかるほどでした。両親の出会いと同じような出会いがあると思っていらしたのでしょうね。


 そしてそれは現実となりました。決意の日から3年後のことでした。先のどうしても仲良くなれなかったと言った方々が、得るもの多かった友好国訪問から帰国していた私にわざわざ伝えに来たのは、王子が3年前に養女として迎えられたという男爵令嬢に夢中になっているという話でした。色々と嫌味と共に言われましたが、正直だからなんだと。その男爵令嬢を妾にしてしまえば済む話でしかありませんから。以前の婚約破棄のこともあるので多少注意しておけばいいかとは思いましたがその程度でした。ですので、調査をしかるべき所にお願いし結果に応じて多少動けば終わりだと思っていました。しかし、事はそんなに甘くありませんでした。愚かにも王子が婚約破棄を計画していることが伝わってきました。両親のそれをなぞってなのでしょうが、冤罪であっただけで実際には起こっていた王妃様への被害と違い、男爵令嬢のそれはありもしない罪で以て。まあ私の場合、生家は没落間近な状態ですから、様々な事情を分かっているはずの王様も王妃様も最後には王子に甘い判断を下すのは目に見えていますし、成功率も高いでしょうから計画を練っているのだと思いました。


 ただ私は3つの理由からそれをさせるわけにはいきませんでした。


 1つは件の男爵令嬢があまりにも出来が悪かったからです。王子の母親である王妃様は平民ながらも優秀な方でしたので、王妃に必要な教育についても身に着けられることを期待でき、そして見事に達成されました。こういう事情もありこじつけのような身分保障に目をつむって婚約が結ばれていたとか。対して、件の令嬢は貴族として最低限の教養・マナーも身に着けておらず、改善する気さえない様子。これでは到底認められません。


 2つ目は大陸の情勢についてです。この大陸では3つの大国がそれぞれ力を誇示することで絶妙なバランスを保っています。前回の婚約破棄の時期は他の2国で、継承に関する問題、飢饉のあった領地の立て直しといった事情でこちらに目を向けている余裕もなかったので、多少の混乱があっても何ら問題になりませんでした。が、現在は違います。2国共に隙があれば仕掛けてくるのは想像に難くないでしょう。無用な混乱は避けなくてはなりません。


 3つ目はひどく個人的な理由です。この3年で私にとって国を支えるという想いは強くなっていきました。この想いは誰にも奪われたくないのです。私の有責による婚約破棄となれば、どこかに幽閉か悪ければ処刑でしょう。この国の機密も多く知ってしまっていますから当然ですね。つまり、婚約破棄は私の唯一の想いを奪うことと等価であるわけです。ですので、絶対にさせるわけにはいきませんでした。






 だから、なのです。






 こう、なったのは。






 お分かりになりましたか?




 王様、王妃様、そして、王子。




 これが、私が玉座(ここ)に至るまでの歩みと想いです。




 とは言ったものの、私自身なぜ自分がここに座っているのかわかっていないのですが。

 その想い故、ですか。私のこの想いに皆ついてきたからこそ私がいるべきはここだと?そうですか、私としては公爵を推していたのですが。

 私には荷が重いというのはこちらのセリフです!この国は勿論他国でも女性が王族どころか貴族の当主になることさえいい顔をされないのです。仮に私が女王になったら、外交で苦労多くなるのは目に見えています。わかりきっているのですから避けるべきでしょう?

 それでも私になって欲しいと?女王である貴女のためならばそれでもいいと?これは、総意であると?

 そ、そうですか。そう、なのですね。……微笑ましくこちらを見るのはやめなさい!全く!

 ああ、放置してしまっていましたね。では気を取り直して、婚約破棄阻止と貴方方を捕らえたところを話しましょう。実はあの時点で王子と私とそれ以外で派閥のようなものができていたのです。王子の場合は王家の支持層がほぼそのまま、私には公爵筆頭に今の王家に思うところがあるものが付き、日和見やあえてどちらにもつかずただ国に尽くすものなどはそれ以外といった具合です。私と王子のそれは拮抗していました。このままいけば国が割れるのは間違いなかった。それは私も望むものではありません。ですから、日和見や中立の取り込みと王子側の切り崩しをしました。結果、消極的なものも含めて約8割の支持を得られました。とても驚きました。ここまでなるとは予想していなかったので。元々は婚約破棄を阻止するための根回しのためだったのですが、これだけ集まったのならいっそのことと公爵が言い出し、多くの他の貴族達の賛同を得た結果、王位の簒奪となり貴方方を捕らえることになったのです。

 まるで私が悪いかのように言うのはやめてほしい?簒奪を唆すのは通常悪いことでしょう、公爵?

 正直、簒奪はやり過ぎだというのはここに至っても思っています。王子と男爵令嬢が国の舵取りをするようになれば間違いなく良くない方へ進んでいくでしょう。しかし、王様や王妃様はそうではないはずです。今の治世を見ればそう思うのは当然です。ですから、このような力に任せた方法でなくても、穏便に王子を廃嫡させて、王位をしかるべき方にお譲りしていただく方法があったのではないかと。

 ええ、わかっています。今更そんなことを考えても意味がないことは。少しでも責任から逃げたくてこんなことを考えているということも。

 最後に、貴方方の処遇についても伝えなければなりません。禍根を残さないためにも処刑を、となっていたのですが、結果的に国に対して目ぼしい損害をあたえていない貴方方を処刑すべきではない。私はそう思うので離宮への幽閉ということにします。処遇をひっくり返した上に甘い判断なのは重々承知しています。ですが、私が今の私となれたのは王子との婚約があったからこそとも思うのです。これはそれを与えてくれた貴方方への最後の温情によるものです。二度目はありません。

 婚約があるのだから助けろ、ですか?ありませんよ、既に。あれは王家と侯爵家の契約でした。ですが、その王家は手続きの上でもうありませんし、侯爵家の方も取り潰して私は新しい王家を作ってその一員となります。つまり、契約が成り立たなくなったことで自動的に失効となりました。あ、あともののついでに、貴方と男爵令嬢の婚姻手続きはしておきました。離宮の方へは令嬢も呼んでありますので仲良くお過ごしくださいね。


 では、伝えたいことは以上です。騎士の皆さん、離宮までの連行と道中の警護はよろしくお願いしますね、。




 ……さようなら、もうお会いすることがないことを願います。







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