第47話 屋敷に残された謎は秘密!
「秋津様、秋津様……」
ノックの音とドア越しの声に眠りから引き戻された僕は、鉛のような体をやっとの思いで起こすと「はあい」と返事をした。
「起きておられるのですね?少しお話をさせて頂きたいのですが」
頭が覚醒するにつれ、僕は少しづつ現状を理解し始めた。未明に西方を救出に行った後、マダムの家で休息をとって屋敷に戻ったのだ。合宿自体は破たんしているが、夜が明けたらチェックアウトさせてもらうという形でマーサ、ミドリと共に帰ってきたのだ。
「お手数ですが、ご準備ができたらドアの前まで来ていただけますか」
「わかりました、今、行きます」
おざなりの言葉を返しつつ、僕はおやと思った。ドアの外から聞こえる声はマーサの物ではなく、男性の物だった。
――この声は聞き覚えがある。確か……角舘さんだ。
「お目ざめですか、秋津先生。お休みのところ大変失礼いたしました」
部屋着を引っ掛けてドアを開けると、思いのほか健康そうな角舘の顔があった。
「三日ぶりですね、角舘さん。もうお加減はよろしいんですか」
「「はい、お蔭様で。朝から不躾な振る舞い、お許しください。実は二、三、申し上げたいことがございまして」
「申し上げたいこと?何です?」
「はい、実は神谷様から連絡がございまして、お客様たちの予定を今日まででいったん中止させて頂きたいとのことでございます。つきましては本日、ドラマのロケで撮影隊がこの『宵闇亭』にいらっしゃいます。チェックアウトを終えられた後、屋敷内で過ごされる場合は撮影隊の皆様と譲り合う形でご利用されることをお願い申し上げます」
「もちろん、構わないよ。撮影を見たいのはやまやまだけど、ミドリ……ミス・ビリジアンと一緒にすぐ帰るよ」
僕がそう答えると角舘は「承知いたしました。良い一日を」と、ごたごたなど無かったかのようにそつのない態度のまま去っていった。
「さてと……撮影隊と顔を合わせないうちに引き上げるとするか」
僕は身支度を整えると、リビングへと移動した。チェックアウトを済ませる前に、来ているのならもう一度みづきと会ってみたかった。が、彼女の立場では難しいかもしれない。
――なにしろ四日にわたって僕を騙し続けていたわけだからなあ。
僕は駅前で合った時の初々しい印象を思い返し、まったく女ってのは女優だなと呟いた。
リビングに足を踏み入れた僕の目に最初に飛び込んできたのは、ごつい撮影機材を抱えた数名の男たちと、応対に追われているマーサ――麻実の姿だった。
「マーサさん」
僕が声をかけると、麻実ははっとしたように振り返り「あ、昨夜はどうも」と言った。
「もう来てしまったんですね、撮影隊が」
「ええ。何でも今日は二シーン撮るそうです。最初に『離れ』で、次がこのリビングです」
「あそこを使うんですか。そりゃまた縁起でもない……」
「採用された迷谷先生のシナリオがそうなっていたらしいんです」
「彼女のシナリオが……」
「詳しいことは知らないのですが、村を訪れた若者と村の女性、幼馴染との三角関係だそうです。『離れ』では、なんでも若者と女性が記憶を失う薬を飲まされるシーンだとか……」
「悪趣味だなあ。それってつまり」
「はい。きっと私たちのことを題材にしたのだと思います」
麻実は困惑気な表情を浮かべると撮影隊の方を一瞥した。複雑な思いがあるのだろう。
「あ、ところでミドリ……ミス・ビリジアンを見かけませんでしたか。角舘さんが復帰されたことだし、チェックアウトを終えたら一緒に麓に降りようと思っているんですが」
「彼女は……そう言えば三十分くらい前に外に出て行くのを見かけたきり、見ていません」
「参ったな。どこに行ったんだろう。撮影の邪魔してないといいけど」
僕が唸っていると、麻実は「あの、昨晩は本当にありがとうございました。では私は仕事がありますのでこれで……」と言って僕の前から去っていった。
僕はとりあえずミドリの姿を探してみることにした。機材スタッフが行き交うリビングをすり抜けて外に出ると、少し離れた場所に大きめのワゴン車と数名の人影が見えた。
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