第46話 覆面一家の結束は秘密!


「なんだって、じゃあ駅前の交差点で僕に声をかけたのも計算づくだったっていうのかい」


 やっと動けるようになった徹也と麻実の提案で、僕らはマダム・ベラドンナの家に落ち着かせてもらうため『離れ』を出た。


「そうだ。一緒に屋敷の怪しい点に驚いて見せることで、親近感を持たれようとしたのだ」


「いったい誰の指示で……」


「それを知るには宿泊客と屋敷の使用人を一か所に集める必要があるな」


 中庭の手前でミドリが答えた、その時だった。暗い木立の奥がぽっと光って見えた。


「どうやらマダムもお帰りのようだな。彼女はどっち側の人間なんだろう?」


 僕が問いを放つと、徹也がふいに「彼女はどちら側でもありません」と口を開いた。


「迷谷先生とマダムは私たちの計画に賛同し、協力を申し出てくれた方たちなのです」


「協力って、神谷先生との対決に?どうしてまた」


「奥様とマダムが元々旧知の中で、神谷から『宵闇亭』に作家を集めたいと打診を受けた奥様がマダムに二つの計画を同時に実行するチャンスだと持ちかけたのです」


「二つ?一つは神谷先生を『離れ』に誘き寄せて脅すという計画でしたね。もう一つは?」


「それは奥様に直接、お聞きになられた方が良いと思います。つまりマダムと迷谷さんは我々の側でも神谷側でもなく、強いて言えば奥様側の人間だったのです」


「あの二人の間に関係があるとは……」


 僕は近づいてきたマダムの家を見て息を呑んだ。この際だ、聞けることは聞いてみよう。


                ※


「なるほど、そりゃあ難儀な目に遭ったねえ。どうりでひどいなりをしていたわけだ」


 小さなリビングに僕らを招じ入れたマダムは、西方の話を聞き終えるとそう漏らした。


「神谷先生はもう、屋敷にはいらっしゃらないんでしょうか」


 僕が尋ねると、マダムは愉快そうに「さあねえ、ひと騒ぎあった後だしねえ」と言った。


「じゃあ、課題も帳消しになって、合宿自体が途中でご破算ってことになるんですか」


「そうでもないさ。『しかばね』になった連中もちゃあんと宿題だけは提出していったようだし、ドラマの撮影は予定通りさ」


 僕はマダムの答えに内心、やられたと地団太を踏んだ。宿題を途中で放り出したのは僕だけなのか。全てがお芝居だったというのに、小道具の宿題だけはしっかり作りこむなんて。


「でも神谷先生が姿を消したら、課題を選考する人がいなくなるんじゃ……」


「今だから言うけどね、採用される話はとっくに決まってたのさ。誰の作品かは言わないけどね。だから神谷郷がいなくなってもドラマは予定通り、問題なく撮影されるわけさ」


 僕は全身から力が抜けてゆくのを覚えた。提出しなくてもよいと言われると、それはそれで努力を無にされたような虚しさがある。


「だからお屋敷に戻ってくるのは使用人だけってわけ。明日は撮影クルーが下見に来るようだし、さすがに無人ってわけにはいかないだろう?昼頃までには揃ってるはずさ」


「じゃあ、お屋敷で昼頃まで待ってれば、家主さんたちと再会できるんですね?」


「ああ。奥様と都竹……それに角舘もね。安藤はさすがに戻ってはこられないだろうね。なにしろいったん敵側に寝返っちまったんだから」


「角館さんも戻ってこられるんですか……良かった」


 僕はミドリの方を見ながら、ほっと息を吐き出した。


「でも一緒に合宿をした皆さんは、戻ってこられないんですね」


「麓のホテルにいるけど、一度『しかばね』の役をやった後じゃ、戻りづらいだろうね」


「そうかもしれませんね……ところで家主さんは神谷先生に敵対する側だったって聞きましたが、マダムともう一人だけ立場が違うとも聞きました。その人は……」


「ああ、そうだった。宿泊客の中で一人だけ『しかばね』の役をやらずにすんだのがいたっけねえ。その子はもしかしたら、戻ってくるかもしれないよ」


 みづきが……彼女はいったいマダムとどういう関係なのだ?


「あの子と言うのは、迷谷先生のことですね?」


 僕が核心に切り込むと、マダムは何がおかしいのかくっくっと含み笑いを始めた。


「先生ねえ……文章を書くような子じゃなかったんだけどね、小さい頃は」


「小さい頃?」


「まあ母親が占いを仕事にするくらいだから、想像力だけは人並みにあったんだろうね」


「母親……」


 僕は絶句し、改めてみづきとそっくりの口元で微笑むマダム・ベラドンナの顔を見た。

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