第45話 罪びとを裁く薬草は秘密!


「僕と神谷は大学の研究室仲間でした」


 意識が戻った西方――津田川徹也はたどたどしい口調でそう語り始めた。


「神谷の父、津元礼次郎はこの虹神村の出身で、後に『ツモト製薬』を興した時、この辺りに古くから伝わる『反魂草』という薬草を使って生薬を作ることを夢見ていたそうです」


 徹也はそこで言葉を切ると、染料の入ったバケツに目をやった。


「この植物は虹神村にももう生えていない、そう神谷から聞かされた時、僕はどこかに似た植物があるのではないかと、密かにあちこち探しまわりました。そして「これは『反魂草』とほぼ同じなのではないか」と思われる植物を見つけ出し、研究室で育てたのです」


「なぜ、あなたたちはその植物に拘ったんですか?よほど優れた薬効があるんでしょうね」


 僕が尋ねると一瞬、徹也の眉が曇った。


「優れた薬効も、もちろんあります。ですが神谷が目をつけたのは薬効と言うより『反魂草』から精製される麻薬成分と、副産物的に生まれるある効能の方だったのです」


「副産物?」


「……人間を『生けるしかばね』にする薬効です」


「あ……」


「虹神村では古来、村が危機に陥ったときにこの『反魂草』を煎じて飲む習慣がありました。煎じ方によって鎮静剤のようにも向精神薬のようにもなるのですが、もう一つの効能が知られるようになると、次第にそちらの目的で使用される頻度が増えていったのです」


「つまり『しかばね』……」


「ええ。村の禁を犯したり、犯罪まがいの行為で和を乱した者に、密かな合議の元に『反魂草』の成分を服用させるのです。それによって罪人は思考力、体の自由を制限され村を彷徨うだけの存在にさせられたといいます」


「じゃあ、村長の息子も……」


「そうです。彼も僕も神谷の手で『反魂草』を飲まされ、一時は完全な『生けるしかばね』となっていました」


「どうやって回復したのですか?」


「実は『反魂草』を生成する際に『蘇生散』という完全なしかばね化を抑え、時間と共に回復させる薬も作られていたのです。製法を知っているのは村のごく一部の人間だけで、神谷はそのことを知らなかったのです」


「じゃああなたはあらかじめそれを服用していたと……」


「はい。それを教えてくれたのは麻美……あなた方にとってはマーサ……だったのです」


 徹也がそう言って目線を向けたのは、施術台の傍らで沈黙していたマーサだった。


「私は……徹也さんがこの村に滞在していた時、彼のこしらえる染め物の色に心を奪われてたびたび『離れ』に通っていました。ですが村長の息子が彼のよくない噂を広め始めた時、このままではいつか『しかばね』にされてしまうのではないかと恐れました。それでうちに古くから伝わる『蘇生散』の製法を家族に内緒で彼に教えたのです」


「神谷は研究室から姿を消した僕を追ってこの村にやってきました。僕が『反魂草』のプラントを持ち出し、ここの土で増やそうとしていることを嗅ぎつけたのです。実際、僕は染め物職人として暮らす傍ら、地下室で『反魂草』を育てていました。もちろん、目的は『しかばね』を作るためではなく、抗精神物質から依存性を取り除き、良質の安定剤として使えるようにするためです」


「しかし神谷先生はまさにその麻薬性が欲しかった」


「そうです。かなり薄められてはいますが『アライブ・リキッド』はまさに『反魂草』の成分が混入された飲料なのです。神谷はプラントを奪い、その秘密を隠ぺいしようと僕と村長の息子を『しかばね』にしました。しかし僕は『蘇生散』をあらかじめ服用していたのでこうして蘇生できたというわけです」


「それであなたは作家となって神谷先生を追い詰めようとしたんですね」


「そうです。神谷の主宰するワークショップや雑誌の企画などを利用して疑いを持たせ、じわじわと包囲していくつもりでした。今回の合宿に罠と知って参加したのも、麻美を初めとして僕に協力してくれる人たちが多数、いたからです」


「多数?ということは……」


「黙っていてごめんなさい。実は私も奥様も角舘も、最初から彼のことを知っていました」


「なんてこった、何も知らずに『しかばね』に怯えていたのは僕だけだったのか」


「そういうわけではありません。ただ、私たちに協力してくれるお客様が少しづつ増えていったことは確かです」


「協力?……そうか、それが『偽のしかばね』ってことか。でももし、僕が西方先生やマーサさんに疑いを抱き始めたら、どうするつもりだったんです?」


 僕が疑問を投げかけた、その時だった。ふいにそれまで黙っていたミドリが口を開いた。


「君があらぬ疑問を抱かぬよう、ここに来た時からずっと監視していた人間がいるのだ」


「監視?……ここに来た時からだって?」


「そうだ。その人物は可能な限り君と行動を共にし、ごく自然に君を誘導していたのだ」


「行動を共に……あっ」


 僕の脳裏に、ある人物の姿が浮かび上がった。


「まさか……迷谷さん」


 ミドリが頷くと、よく知っているはずのみづきの面影がふいに謎めいた物へと変わった。

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