第25話 とっておきの遊び場は秘密!
二人組の気配が店の奥に消え、顔を上げると泉が怪訝そうな表情で僕を見つめていた。
「どうかしたの?秋津先生。具合でもお悪いの?」
「あ、いえ。……話も聞き終えたし、そろそろ出ましょう」
僕は眉を寄せたままの泉にそう言うと、席を立ってレジへと向かった。自分の支払いを済ませて泉と交代した、その時だった。奥の席で入り口の方を向いて座っていた雪江の目が、僕のそれと空中でぶつかった。
「あ……」
僕は即座に顔を背けようとした。が、先に目を逸らしたのは雪江の方だった。
「終わったわよ。出ましょ、秋津先生」
泉に促され、僕は「う、うん」と曖昧な返事をしながらそそくさと店を出た。
店から離れてしばらくたっても、僕の動悸はなかなか収まらなかった。ピザ屋で聞きこんだ話がよほど興味深かったのか、泉はどこへ向かうとも言わず目抜き通りを歩き続けた。
「――あっ」
僕の存在すら忘れているようだった泉が声を上げ、足を止めたのは病院を思わせる建物の前だった。何気に目線を追った僕もまた、門柱に記された施設名に思わず見入っていた。
「ここ、確か安藤さんが勤務しているっていう施設だわ」
やはりそうか、と僕は頷いた。『デイサービスにじかみ』という施設名は、安藤を初めて見かけた時、送迎してきたワゴン車に記されていた名前だったからだ。
「確か病院が併設されてるって話だから、村長さんが運ばれてきたのもここかもしれないわね」
泉が理路線然と憶測を述べた、その時だった。建物の通用口と思しき場所から、一台の大型車がゆっくりと鼻先を出すのが見えた。
「……見て、あれ。乗ってるのって津元礼次郎じゃない?」
「礼次郎?」
「ツモト製薬の社長よ。……神谷先生のお父様だわ」
えっ、まさかと言いかけ、まてよと僕は思った。神谷先生と縁の深い場所なら、父親が訪ねてきても別におかしくはないからだ。
「村長ばかりかツモト製薬の社長までがじきじきに来村ってことは、どうもこの合宿、たんなるドラマの話題作りじゃあなさそうね」
「三流スリラーの読みすぎですよ。頭を切り換えましょう。……ええと、今が二時半だから、三時半にタクシーを降りた場所に集合ってことでどうです?」
「いいわよ。私はもう少し、情報を集めてみるわ。じゃあ三時半に……あらっ、見て秋津先生、あそこで看護師さんと話してる人って、角館さんじゃない?」
泉が指さしたのは、施設の正面玄関だった。ガラス戸の内側で看護師らしい人物となにやら言葉を交わしているのは、確かに角館だった。怪我をして屋敷に戻れないという話だったが、ここから見える姿はまったくの健康体だ。
「いったい、どういうことだろう……あの様子なら、わざわざ子供に後を任せる必要なんてないだろうに」
「きっと何か思惑があるんだわ。どうやら本格的に怪しい企みが動きだしたみたいね。うふふ、楽しみだわ。……じゃあ、一時間後に」
泉は含み笑いをすると、僕にウィンクをして去っていった。なんてこった、山の上だけじゃなく、麓の方まで謎がはびこっていようとは。僕はまとわりつく数々の疑問を振り払うと、繁華街から外れた住宅地の方へと足を向けた。正直なところ、僕の頭は合宿どころではなくなっていたのだ。
――一緒にいたあの男性が、正木亮だな。彼女は僕といた女性のことをどう思ったろう。
僕は頭が痛くなるような悩みを抱えたまま、古い住宅が軒を連ねる一角を歩き続けた。
車の往来もほとんどなく、若い人の姿も見かけない長閑な風景に僕は「こんな田舎で洒落たドラマなんか撮れるんだろうか」と失礼な感想を抱いた。やがて、住宅がふっと途切れ、おやっと思った僕の目の前に神社の物らしい石段が現れた。
「へえ、神社かあ。小さな村にもこういう物はちゃんとあるんだなあ」
石段に近づいた僕は、下から数段くらいのところに小さな人影がちょこんと腰を下ろしていることに気がついた。人影は小学校低学年くらいの女の子で、母親でも待っているのか浮かない顔で手持ちぶさたの様子だった。
「こんにちは」
僕が声をかけると少女ははっとしたように顔を上げ「こんにちは」と挨拶を返した。
「お母さんを待ってるの?」
僕がそう尋ねると少女は首を振り「お母さんじゃなくて、お父さん」と言った。
「お父さんか。こんな寂しい場所で待つより、駄菓子屋みたいな人のいる場所の方がいいと思うけどなあ」
僕が率直な感想を口にすると、意外にも少女は再び首を振った。
「私が神社で遊ぶのが好きだから、いつもここなの。宮司さんもいて寂しくないし」
「グウジさん?……ああ、神社の宮司さんか。なるほど、子供好きの宮司さんなんだね」
僕が納得し、少女に別れを告げようとした時だった。ふいに背後でバイクの停まる音が聞こえたかと思うと「おや、これはずいぶんと大きなお友達だ」という太い声がした。
「あ……」
振り返った僕の前にいたのは、プロレスラーかと思うほど体格のいい中年男性だった。
「パパ、早かったね」
少女がそう言うと男性は福の神のように相好を崩し、ヘルメットを脱いだ。
「いい子にしてたかな?樹里。今日の仕事は終わったから、お菓子を買って帰ろう」
「あのう、このあたりの方ですか」
僕が尋ねると、男性は不審がる様子もなく「ええ。親の代から村の住人です」と言った。
「実は山の上にあるお屋敷で数日ほど合宿をしている者なんですが、この村に関する情報を集めに降りてきたんです」
僕が個人的な事情をあけすけに打ち明けると、男性は「ああ、ならここの神社にいる宮司さんが詳しいですよ。なにせ百年以上もこの村で神事を司ってきたお家の方ですから」
「百年以上ですか、それはすごいですね」
僕が素直に感嘆してみせると、男性は「しかし山の上の御屋敷といえば、なにかと怪しい噂もある場所です。みだりに聞きまわらない方がいいかもしれませんよ」と釘を刺した。
「怪しい噂……といいますと?」
「最近では『生けるしかばね』とかいう不審者がうろついているとか。幸い、麓の方ではあまり目撃例がないようなので、こうして小さい子供とも外で待ち合わせられるんですが」
「『生けるしかばね』ですって?」
僕が驚いて目を瞠ると、男性は「詳しいことは宮司さんにでも聞いてみてください。では、私はこれで。……樹里、行くよ」と言って再びヘルメットを装着した。
僕は娘を乗せて去ってゆくバイクを見つめながら、父親から聞いた言葉を反芻した。
「宮司さんか。よもやこんなところで『生けるしかばね』の話を聞くとは思わなかった。
僕は石段の上の方に目を遣ると、丁度いい、残り時間は神社で過ごそうと思った。
――うまくすれば、宮司さんからなにかレアな話を聞けるかもしれないし。
僕は虫のいい期待を胸に、神社の石段を上り始めた。
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