第24話 旅先のニアミスは秘密!
「やっぱりもう少し、村の事情に詳しい人から聞き込みをしないと駄目ね」
「まだ探偵ごっこを続けるんですか?車が駅前に来るまで一時間近くありますし、しばらく別行動にしませんか」
「うーん、お願い、あと一か所だけつき合って」
「仕方ないなあ。今度は何のお店です?もう繁華街も終わりですよ」
僕が呆れながら返すと、泉は慌てて周囲を見回し始めた。
「――あ、ほらあそこに『ピザ&コーヒー』って書いてあるじゃない。きっとカフェかレストランよ。行きましょう」
泉が指さしたのは、間口の狭いビルが身を寄せ合う一角の小さな看板だった。やれやれ。
「本当に、あと一軒だけですよ」
僕は観念すると、泉と共に彼女が目をつけた建物へと移動した。ガラス戸を押し開けると、看板通りチーズが焦げる香ばしい匂いが鼻先に漂った。
「いらっしゃいませ、どこでもお好きな席へ」
平日の午後のせいだろう、僕らのほかに客の姿は見えなかった。
「ええと、コーヒーとマルゲリータを二つ」
泉は席に収まるなり、早口でオーダーを終えた。道路側に大きくとられた窓から往来の様子を眺めつつ待っていると、やがて溶けたチーズとバジルの匂いを漂わせながら店主らしき年配男性が現れた。
「お待たせしました。ピザとコーヒーです。お客さん、この町内ではお見かけしませんが、ご旅行の方ですか?」
フランクな性格なのか、店主はやや不躾な問いを僕らに放った。
「ええ、そんなところです。……あの、実はさっき別のお店でこの村の村長さんに関するお話を伺ってきたんですけど」
泉は前置きもそこそこに、いきなり聞き込みを開始した。
「息子さんが事故に遭われたそうですけど、いったい、どんな事故だったんですか?」
僕は相手が不審がるのではないかと冷や冷やしたが、意外にも店主の応答は早かった。
「ええとあれはね……なんでも痴情のもつれだとかいう話でしたね、たしか」
「痴情のもつれ?」
話が思いがけない方向に向かい始め、僕らは思わず顔を見あわせた。
「うん。なんでも息子さんが慕っていた幼馴染が、都会からやってきた男に惚れこんでしまったとかで、男の仕事場に乗り込んでいったらしい。そこでひと悶着あって、喧嘩か事故か知らないが、息子さんの方が担架で運ばれる事態になった、ということのようです」
「その男の人はどうなったんです?」
「さすがに村にはいづらくなったのか、その後しばらくして姿を消したって話です。……まあ、当然でしょうね」
「幼馴染の方は?」
「やっぱらい村にいづらくなって、都会に出ていったという話です。なにせ小さな村ですからね。折に触れて事件の話を蒸し返されたら、おちおち暮らしていられないでしょう」
「そういうものでしょうかね」
話し好きの店主が立ち去ると、僕らはピザを切り分けながら聞き込みの中味を整理した。
「とりあえず、村長とツモト製薬に繋がりがあることははっきりわかったわね。あとは神谷先生とこの村の関係だけど……」
そこまで言うと、泉は唐突に言葉を切り「ねえ見て」と窓の外を目で示した。
「……なんだか人だかりができてるな。テレビかな」
泉が示したあたりに目を遣ると、通りを挟んだ向こう側に機材のような物を携えた数名の人影が歩行者を呼び留めているのが見えた。
「ドラマの関係者じゃない?ロケに先立って一足早く、村の様子を見に来たのよ」
「ドラマの……」
僕がにわかに鼓動の早まりを意識した、その時だった。からんというカウベルの音と共に、一組の男女が店内に入ってくるのが見えた。
「あ……」
入ってすぐのところで店主と言葉を交わしているカップル客の女性の方を見た瞬間、僕は慌てて壁際に身体を寄せ、顔を伏せた。
「どうかしたの?」
僕は小声で「いや、別に」と答えると「どうか気づきませんように」と心の中で念じた。
――確かにもう来ていてもおかしくはない。……でも、よりによって鉢合わせるなんて。
僕は間の悪さを呪いつつ、彼女――神妙寺雪江が僕らの近くを通り過ぎるのを待った。
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