第23話 偉い人の過去は秘密!
「あーっ、久しぶりの文明社会はやっぱりいいわあ」
タクシーを降りるなり、泉は屋敷の住人が聞いたら眉を顰めるような一言を放った。
「たかが一日半ですよ、平坂先生。根っからの都会人なんですね」
「うふふ、そうね。……でも幸いなことに不気味なお屋敷のせいで退屈せずに済んでるわ」
「お化け屋敷は遊園地だけで十分ですよ」
どんな状況でも娯楽に変えてしまう泉のタフさに、僕は全面降伏した。
「目抜き通りはシャッター街かと思ってたら、意外と賑わってるわね。よしよし」
泉は人通りのまばらな日中の往来を、あちこちに目を向けながら進んでいった。
「次の交差点を超えたらもう駅ですよ。創作の手助けになるような風景はなさそうですね」
僕が早くも音を上げかけると、泉は「情報収集の手始めに、どこかに入りましょうか。……ほら、あそこにケーキ屋さんがあるわ」と言った。
「情報収集?……いったいなんのです?」
「あら、作家のくせに想像力が働かないのね。いい?こんな田舎の山の中にわざわざ作家を集めるってことは、神谷先生はここに格別の思い入れがあるってこと。しかも村長さんが来て、ツモト製薬の商品をアピールする。つまりこの村とツモト製薬、神谷先生の間にはただならぬ繋がりがあるのよ。過疎地の駅前をこれほど綺麗にさせる村長が、地元からどんな風に思われているか知りたくない?」
泉はここぞとばかりに自説をまくしたてると、得意げに小鼻を膨らませた。
「まあ、確かにやり手であることは確かでしょうね。でもケーキ屋さんに耳寄りな話なんてあるかなあ」
「当たって砕けろよ。男の子でしょ」
泉は僕に檄を飛ばすと、交差点の手前にある小さな洋菓子店に入っていった。
「わあ、美味しそう。見て、レインボーロールだって。村の名前にちなんだのかしら」
泉はショーケースを覗きこむなり、子供のように歓声を上げた。騒々しい客の来訪にきょとんとしている中年の店員に、僕は「こんにちは、お薦めは何ですか」と尋ねた。
「あ、はい。レインボーロールですね。おっしゃる通り虹神村にちなんで七色のクリームを重ねてあります」
「ふうん。……じゃあこのレインボーロールを二つ。それから……あっ、奥に見えてるのって、もしかしてイートインスペースかしら。あそこで頂いてもいい?」
泉は忙しなく視線を動かすと、ずけずけと言い放った。
「はい、結構です。お飲み物はどうされます?」
「ダージリンティーを二つ。……ええと、支払いはキャッシュかしら」
はい、すみませんと頭を下げる店員に、泉は「素敵。お買い物ごっこみたいで嬉しいわ」と財布を取りだした。勝手に人のケーキまでオーダーする強引さに呆れながら、僕は確かにこの店員くらいの年代なら、村長のことを多少は知っているかもしれないなと思った。
僕らが奥の小さなテーブルについてしばらくすると、ロールケーキと紅茶の乗ったトレーを手に店員が姿を現した。
「この村、素敵ですね。空気が澄んでいて」
泉がありきたりの褒め言葉を口にすると、店員は「まあ、ほかに何もないですし」と謙遜した。
「ところでこの村の村長さんって、どんな方です?」
泉のあまりに唐突な問いかけに、僕は不審がられるのではないかとはらはらした。
「村長ですか?そうですね……」
店員は顎に手を当て、しばし思案するような表情を見せた後「優しい方です」と言った。
「行動力があって、常に村のことを考えて下さる方ですね。でも……」
「でも、なんです?」
ふいに言い淀んだ店員に、泉がここぞとばかりに食い下がった。
「六、七年までしたか、息子さんが事故に遭われて回復が思わしくなかったんです」
「息子さんが……」
泉が眉を寄せ、押し黙った。初めて聞く情報に、あれこれ勝手な憶測を巡らせているのに違いない。
「それで、今はどうなさっているんですか」
「さあ……一時期、ツモト製薬の偉い方がやってきて、お力添えを頂いたとおっしゃってていたそうですが、ご本人の姿を事故以来、さっぱり見かけないので何とも言えないです」
店員は知っていることを一気に語ると、店頭の方に戻っていった。僕らはケーキを平らげると、再び目抜き通りを歩き始めた。
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