第20話 応急処置のやり方は秘密!
――『虹神村』って知ってる?僕は昨日から村の外れにある『宵闇亭』っていう建物で、四人の作家さんたちと合宿をしています。最初は僕を入れて六人だったんだけど、まあ色々あって……詳しいことはまた、あとで説明します。お仕事頑張ってください。
メールを送信し終えて僕がため息をついていると、部屋のドアがノックされた。
「秋津先生、そろそろ午後の『探索』に行きたいんだけど、大丈夫?』
ドア越しに聞こえてきたみづきの声に、僕は「今、行くよ」と短く応じた。
冒険はもうお腹いっぱいだという気がしなくもなかったが、正直、謎ばかりでヒントの一つもないクイズに鬱憤が溜まってもいた。
「じゃあ、玄関ホールで待ってるね」
廊下からみづきの気配が消えると僕はクローゼットを開け、アウターを物色し始めた。
結局、パーカーではなくブルゾンを選んだのは、槇田と印象が被ることを避けたかったのかもしれない。
「あら、昨日よりちょっとワイルドな感じね。トレッキング仕様ってとこかしら」
僕はみづきの軽口を「まあね」とかわすと、まだ日の高い戸外へと足を運んだ。
薬草畑を横目に山の入り口へと伸びる小道を進んでゆくと、みづきがふいに「秋津先生、あれ」と叫んで足を止めた。
みづきの目線をたどった僕は、畑の向こうに見えた光景に思わず「あっ」と驚きの声を上げていた。
屋敷の壁伝いに一人の男性――村長の明石がおぼつかない足取りで移動していた。
明石の顔は死病を患っているかのようにどす黒く、目は焦点を結ばぬまま、うつろに見開かれていた。
「――村長さん!」
僕らは薬草を踏まないように畑を横断すると、今にも倒れそうな明石の許に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
僕らが声をかけると安心したのか明石の上体がぐらりと傾ぎ、そのまま膝から崩れ落ちた。
誰か人を呼ばないと、そう思っていると騒ぎを聞きつけたのか、安藤が鞄を手に姿を現した。安藤は手早く脈を図り、瞳孔をあらためると鞄から注射器を取りだした。
「村長さんって、何か持病でもおありなのかしら」
処置の邪魔にならないよう、一歩退いた僕にみづきが囁いた。
「だとしても、以前から村長さんの事を把握してないとこれだけ早い対応はできないよ」
僕は安藤の手際があまりにも良すぎることに、思わず首をかしげた。
安藤がアンプルの薬液を注射器に移しかけた、その時だった。
「お待ちください、先生」
どこからともなく風のように姿を現したのは、マーサだった。
「今、それを投与するのは控えた方がいいと思います」
マーサは教師が生徒に接するような冷静な態度で、安藤の行為を制した。
「だが、早い段階で『蘇生』させないと……」
「早すぎます。焦って強引に『蘇生』させると、逆に本当に『死んで』しまう可能性があります」
マーサが口にした意味不明の警告に、安藤は無言でうなずくと注射器をケースに戻した。
「わかった。それならいっそ、麓まで降りて『死のタイミング』を待った方がいいだろう」
「了解しました。では、車を手配いたしますので、できるだけ明石様の身体を動かさぬよう、お願いいたします」
マーサは安藤にそう言い置くと、身を翻して母屋の方に駆けていった。
僕らはおそるおそる安藤の許に戻ると、「僕らに何かできることはありますか」と尋ねた。
「いえ、村長なら大丈夫です。先生方は普通に、ご自身の予定通りお過ごしください」
安藤は険しい表情のまま、僕らにそう告げた。
「わかりました、そうさせていただきます」
「でも……」
「行こう。これ以上、ここにいても僕らにできることはなさそうだ」
僕が小声で言うと、みづきは「それもそうね」と頷いた。
畑の向こうで僕らが事の成り行きを見守っていると、やがてミニバンがバックで安藤たちのところに近づいてくるのが見えた。
ミニバンが停まると、槇田が降りて来て安藤と共に明石の身体を後部席へと運び入れた。
僕らはミニバンが走り去るのを見届けると、再び山の入り口へと続く小道を辿り始めた。
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