第19話 復活の妙薬は秘密!


「食事の前に、皆さんにご紹介したい方がいます」


 夏野菜の冷製パスタとビシソワーズを前にした僕らに、マーサが静かに告げた。僕らが小声で「誰だろう」と囁きつつ固唾を呑んで待っていると、ドアが開いて飲料の入った箱を持った槇田と、『魔女の森』に消えたはずの壮年紳士が姿を現した。


「ご紹介します。こちらは『虹神村』村長の明石哲郎様、お隣が芸能関係のお仕事をされている槇田様です」


 僕は紹介された二人を、特に村長の明石をまじまじと見つめた。なぜ村長がここに?……そして『魔女の家』に?


「皆さん、はじめまして。麓の村で村長を務めさせて頂いている、明石と申します。本日は、この合宿を企画された神谷郷先生のご厚意で『ツモト製薬』から発売されている栄養ドリンク『アライブリキッド』を御一方、一日一本分の数量を提供しに参りました」


 明石が足元の箱に目を落とすと、槇田がまるで助手のようにいそいそと飲料を取り出し始めた。


「すでにウェブなどで評判になっているとのことですが、飲むと気力がみなぎる飲料なのだそうです。……ええと『死んだような日々から、この一本で現世にカムバック!』だそうです。どうぞこれを飲んで大いに傑作を生みだして下さい」


 明石は槇田から手渡されたアルミ缶を手に、まるで『ツモト製薬』のプロパーか何かのようにそう強調した。


「明石……そういえば家主さんの苗字も明石だったな。村長さんの親せきなんだろうか」


 僕が呟くと、みづきが「そうね。村長一族と神谷先生……つまり『ツモト製薬』の創業者一族とは関係があると思うわ」と言った。


「あのう、『アライブリキッド』は、若い人たちの間では『死者も生き返る』ほど元気が出ると評判のようですが、こいつを毎日飲んだりして僕らの身体に人が変わってしまうほどの変化が起きたりはしないんでしょうか」


 弓彦がとぼけた口調で問いを放つと、明石は苦笑しながら「そんなことが起きた場合は、ぜひその体験を創作に生かしてください。きっと神谷先生も喜ばれるでしょう」と返した。


 説明を終えた明石が一歩下がると、マーサと槇田が『アライブリキッド』を僕らのテーブルに並べ始めた。インディゴブルーの地に赤く商品名が入ったデザインはなにやら刺激的で、抗精神物質が含まれているという噂もあながちあり得なくはないように思われた。


「残りは食堂の冷蔵庫に保管しておきますので、お好きなときに取りに来てください。それでは私はこれで……んっ?」


 明石の動きを止めたのは、どうやらポケットの携帯らしかった。思わぬ横槍に表情を硬くした明石は「失礼」と言って携帯を取りだすと、なにやら小声で会話を始めた。


「……なんだと?……わかった、すぐ行く」


 通話を終え、すっかり顔つきが一変した明石は「では私はこれで。皆さん、お昼時を邪魔してすみませんでした」と言い置いて玄関ホールに通じるドアから姿を消した。


「なにかあったのかな」


「さあ。小さい村でも村長さんですもの。色々と忙しいに決まってるわ」


 みづきが訳知り顔でそう漏らすと、飲料を配り終えた槇田がえへんと咳ばらいをした。


「自己紹介が後回しになりましたが、芸能ウォッチャーをしている槇田と申します。ええと少々、フライングになりますが、神谷先生がシナリオを手掛けられたドラマのロケが来週、この御屋敷の近辺で行われる予定です。内容はまだ秘密のようですが、主演は新進俳優の正木亮、相手役は何と今が旬の神妙寺雪江らしいです。いかがでしょう、執筆のイメージ作りに役立ててみては。……では、この辺で失礼いたします。またお会いしましょう」


 槇田が食堂から姿を消すと、みづきが突然、興奮気味に話し始めた。


「すごいわね、神妙寺雪江が来るんですって。私、結構、注目してるのよね」


「……どんなところに?」


「ただの清楚なお嬢さんじゃなくて、ハッピーなドラマでもふっと横顔に陰りみたいなものが見える時があるの。その時だけ、芸能人オーラが消えて心細げな少女みたいに見えるのよね。……確かに正木亮もいい役者だけど、神妙寺雪江の相手役にはまだ早いかな」


 まるで芸能評論家のように役者の印象を語るみづきを、僕は半ばあっけにとられながら見つめた。


「ドラマの話はそれくらいにして、まずは飯を食おうぜ」


 僕は小鼻を膨らませているみづきを軽くいなすと、フォークを手に取った。僕がみづきとの会話から逃げたのには理由があった。神妙寺雪江の横顔に陰りを張り付けた犯人に、僕は心当たりがあったのだ。

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