第9話 隠しトラップの場所は秘密!
「やあお二人さん、ピクニックは楽しかったかい」
リビングに戻ると、ソファーに背を預けた弓彦が含みのある口調で茶化してきた。
「ええ、色々な物が見られて有意義な時間だったわ。神楽先生は?」
みづきが問いを返すと、弓彦は「どうにももどかしい話さ」と肩をすくめてみせた。
「なにかあったんですか」
「どこかに隠しカメラがあるんじゃないかと思って、母屋の周囲と離れのあたりを見回ったんだが、どこに行ってもあのマーサとか言うメイドがまるで先回りをするように現れて「あそこも駄目」「ここもお控えください」の繰り返しさ。遠来の客をもてなす態度がまるでなっていない」
僕は思わずうなった。神楽は要注意人物としてマークされているのだろうか。僕らが山道に入ったり中庭に潜りこんだりできたのはたまたまで、今後は僕らの方にマーサのチェックが入るかもしれない。
「具体的に、どんな場所が駄目だったんです?」
「菜園の向こうの林の中に作業小屋みたいな建物があるんだが、マーサによると一応、敷地の一部だが今は放置してあるから入るなということらしい。角館さんが時々見に行くほかは、屋敷の人間もまず近づかない場所だと言っていた」
ふうん、とみづきが少し悔しそうな表情を浮かべて相槌を打った。おそらく手前の山道に気持ちを奪われて作業小屋に気づかなかったことが悔しいのだろう。
「まあ、そのうちタイミングを見計らって再チャレンジしてみるさ。それまでは屋敷の探検で我慢しておくよ。ここは中も外も謎だらけのようだからね」
弓彦はそう言うとソファーから立ちあがり、暖炉の前に移動した。
「君たちはこの見取り図を見て、どんな印象を持った?」
弓彦は暖炉の上の壁に掲げられた屋敷の簡素な見取り図を目で示すと、僕らに尋ねた。
「どんなって……よくあるコの字型の御屋敷だわ。今回、使っていない部屋がたくさんあるみたいだけど、会社の保養所にする目的で増築したのならそれも当たり前よね」
みづきが当たり障りのない感想を述べると、弓彦は「興味深いのはそこだ」と言った。
「正面玄関のあるこの母屋から見て左側、谷側にある棟が僕らが宿泊している建物だ。一階が僕ら男性、二階が女性に割り当てられていて、二階には家主さんの部屋とメイドの部屋もある。
右側の建物が食堂と厨房のある棟で、こちらはまだ誰も足を踏み入れていない。僕が怪しいとにらんでいるのは、食堂のある山側の建物だ。
ここには用途のわからないスペースや通路がいくつかある。家主さんが言っていた「一部が封鎖されている階段と廊下」があるのはおそらくこの建物だ」
弓彦はまるで推理小説に登場する名探偵のように、確信に満ちた口調で言い放った。
「まさか、立ち入り禁止の先に足を踏み入れる気かい?」
僕が尋ねると、弓彦は待ってましたとばかりに口を開いた。
「いかにもそうさ。家主さんの言葉を覚えているかい?施錠されている扉はくれぐれも開けてはならない、そう釘を刺していたね。逆に考えると、わざわざ立ち入り禁止の聖域をこしらえたのは、僕らにそれを探させるためなんじゃないかってことさ」
「馬鹿馬鹿しい。入るなと念を押しせば余計に入りたくなるなんて、子供じゃないんだぜ」
「あら、私は入りたくなる方だけど。……ねえ神楽先生」
みづきは弓彦に共感を示したかと思うと、挑むような目で僕を見た。
「その通りだよ。……見ていたまえ、きっと招待客の中の誰かが数日のうちに聖域にもぐりこむぜ」
「今度は予言かい。いくらお話を書くのが仕事でも、そんな空き巣紛いの真似をするかな」
「するとも。問題はそういう心理を利用してまで、ホストたちが企んでいるのは一体何かってことさ」
「企んでいる?誰が何を企んでいるんだい?神谷先生かい?それとも家主さんかい?」
「首謀者がだれかはわからない。僕が考えているのはこの合宿の真の標的は誰かってことさ。おそらくはこの屋敷自体が巨大なクモの巣みたいなもので、今回の合宿もたった一人の人間だけを罠にかけるために催された可能性が高いってことだ」
「まさか、シナリオのコンペは罠のカムフラージュだって言うんじゃないだろう?」
「その通り。「彼ら」が舌なめずりして待ち構えているのは『第七の作家』さ」
「第七の作家って?」
みづきが質すと、弓彦は「いずれわかるよ」と含みのある返答を寄越した。僕は正直、鼓動が早まるのを意識せずにはいられなかった。『第七の作家』の意味するところに思い当たる節があったからだ。
「――まあ、そんなわけで夕食までにはまだ間があるようだから、僕はちょっと山側の建物を探索してくるよ。君たちも一緒に行かないか?」
「……いや、僕はやめておくよ。夕食前にマーサさんたちの機嫌を損ねたくはないからね」
「そうかい。……迷谷先生は?」
「私も少し、この部屋に留まって考えを整理してみるわ。夕食でまた会いましょう」
「わかった。それじゃあまた、食事時に会おう」
弓彦が姿を消すと、リビングには僕とみづきの二人だけが残された。
「やれやれ、作家ってやつは何かしらネタに繋がるものを見つけ出さないと気が済まないのかな」
「時間が惜しいのよ。ネタなしで執筆にとりかかるのと、ネタを見つけてから取り掛かるのとじゃ、まるでちがうわ」
「そんな物かな。僕は神楽先生や草野先生と違ってスリラー物にはとんと縁がないからな」
僕が気のない言葉を返すと、ふいにみづきが「ね、二階に行ってみない?」と言った。
「二階に?冗談じゃない、上は女性の部屋だろう」
「だから今しかないのよ。マーサさんも家主さんも今はいないってはっきりしてるし、最初で最後のチャンスかもしれないわ」
僕は呆れて二の句が継げなかった。どうやら彼女の精神構造は神楽に近いらしい。
「……わかったよ。ただしぐるっと一回りしたら戻ってこようぜ。時間もないんだし」
僕が渋々承諾すると、みづきは「心配症ね。見つかりっこないわよ」と根拠のない慰めを口にした。僕はこっそりため息をつくと、いそいそと扉に向かうみづきの後を追った。
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