第8話 森の隠れ家は秘密!
息を切らせながらどうにか薬草畑までたどり着くと、僕らはいったん足を止めて呼吸を整えた。
「……あのレールの先って、どこに続いてるのかしら」
みづきが紅潮した頬のまま、性懲りもなく問いかけてきた。
「上の方に炭焼き小屋かなんかがあるんじゃないかな。先に見た子供たちが家主さんの関係者なら、角舘さんが注意しに行ったってこともあり得る」
「一応、筋は通ってるけど……なんかしっくりこないわね。子供だけでコンテナを動かしたって事は、よほど慣れてる……あっ」
みづきは不意に言葉を切ると腰をかがめ、僕に「隠れて」という身振りをしてみせた。
状況が呑みこめないまま屈みこむと、みづきが「見て、あの車」と言って正面玄関の方を見た。目線を追った僕は、玄関前に停められた二台の車を見てはっとした。
一台は『デイサービスにじかみ』とプリントされたワゴン車で、その隣に寄り添うように停められていたのはミニパトカーだった。
「なにかあったのかな」
「とにかく戻るのは様子を見てからね」
植え込みの陰で息をひそめている僕らはさながら、隠れん坊中の子供だった。そのまま成り行きを固唾を飲んで見守っていると、ワゴン車から降りた一人の中年男性がパトカーに一礼するのが見えた。屋敷に来たワゴン車に、何らかの理由でつき添ってきたのだろう。
「やれやれ、またお客さんが増えたみたいだ」
「きっとお医者さんよ。家主さんの具合が悪くなった時、マーサさんが「ドクターを呼ばなくちゃ」って言ってたもの」
僕はみづきの洞察力に舌を巻いた。よくそんな風に頭が回るものだ。
「とにかく屋敷に戻るのは、パトカーが引き返してからにしよう。別に後ろ暗いところがあるわけじゃないけど、おまわりさんは苦手なんだ」
「そりゃそうよ。得意な人なんて見たことないわ……あれっ?こっちに来るわ」
二台の車が相次いでUターンした後、男性はその場で回れ右をするとなぜか畑の方に移動を始めた。屋敷を訪ねるものとばかり思っていた僕らはやむなく中腰のまま、一時避難のような形で離れの方に向かった。
「よく考えたら、何も隠れることはないじゃないか」
僕がはたと気づいて告げると、みづきは「のぞき見がばれたら気まずいでしょ」と、素っ気なく返し、離れの裏手に回り込んだ。
「……ふう、いくらなんでもここまではこないでしょ」
気が付くと僕らは、渡り廊下でコの字に繋がれた屋敷の内側――つまり中庭にいた。
「建物の内側はこんな風になっていたんだな。まるでミニチュアの森だ」
丹精された庭を想像していた僕は、こんもりと茂った樹木が密生している一角を前に、思わず声を上げていた。
「ねえ、今、森って言ったけど、あながち間違いでもないかもよ」
「なんだって?どういうことだい」
「森につきものの『魔女の家』があるわ」
そう言ってみづきが指さした方向に目をやった僕は、もう一度叫びそうになった。確かに暗い木立の奥に板壁の一部らしきものがのぞいていた。
「なにかの小屋だよ、きっと。たまたまアルミじゃなくて木の物置だったってことだろう」
僕はそう説きつつ、子供の頃に読んだ『魔女の隠れ家』というミステリーを思いだしていた。
「よく見て。木の間から窓が見えるわ」
みづきはそう言い置くと、ずかずかと木立の方へ進んでいった。仕方なく後についてゆくと突然、目の前が開けて蔦に覆われた小屋が現れた。
「……覗いてみましょう」
みづきは大胆な言葉を口にすると身をかがめ、あっという間に小さく穿たれた窓の下にたどり着いていた。僕はやむなく後に続き、みづきの合図で半分だけレースのカーテンがかかった窓の奥を覗きこんだ。
「……あっ」
小屋の中を覗いた僕らは、目に映った光景の異様さに思わず声を上げていた。
部屋の中央でこちらに背を向けているのは車いすの女性――家主だった。そして家主とテーブルを挟んで向き合っているのは、民族衣装のようないでたちの年配女性だった。
「なんだかまずいよ。いったん、屋敷に戻ろう」
僕がそう言いかけた時、奥にいた年配女性の表情が動いた。次の瞬間、僕らは身体の向きを変えると、弾かれたように駆けだしていた。
幸い誰にも会うことなく正面玄関にたどり着いた僕らは大きく肩をあえがせた後、どちらからともなく顔を見あわせた。
「……ね、見た?さっきの女の人」
「ああ、見たとも。あれは絶対、僕らに気づいていた顔だ」
僕は即座に返すと、先ほどの一件を思い出して身震いした。女性は家主の肩越しに僕らを見て、まるで大人が子供の隠しごとを諫めるかのように
――そう「笑った」のだった。
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