9冊目 たぬきの伊万里焼

まただ。


段ボールを開けると、字体が古すぎて読めない本がぎっしり詰まっている。


「阿久津さん、これもですか?」


孝二は店長の阿久津に尋ねる。


「んーそれも。」


阿久津は古い会計机の上で寝ころびながら本を読んでいる。その返答は魂がボヤボヤと抜け出すような声である。


阿久津が営む「迷文堂」という古本屋は実に不思議な存在である。


めったに客は来ないのにもかかわらずバイト代はきちんと時給1000円で、店主本人は一日中店の奥で寝ころびながら本を読んでいるのである。


先ほどから孝二が段ボールの箱から出しているのは古い辞典集で、こんなものを買う人間がいるとは到底思えない。


そうは思いながらも孝二は辞書を外に出した長机の上に置き乾かす。


ずっと箱にしまっていたせいかどの本も臭く、ところどころ変色しかけている。


こうして店頭で作業している間も街ゆく人は本に目を向けることもなければ、店に目をやることもない。


皆手元の画面に集中している。


果たしてこんなことをしていて意味があるのだろうかと思いつつも作業を終え、阿久津の元へ戻る。


「阿久津さん、終わりました。」


そう報告すると阿久津は孝二の方にゆっくり目をやり、けだるい声で「ういー」と答えると、ポケットからメモを取り出した。


メモには食材が書かれている。


晩御飯の買い出しである。




架空小説より引用・・・「たぬきの伊万里焼」

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