第4話
店の中には大黒屋の若い嫁、副田よう子がいて、そのよう子を囲んで鈴村理穂と太田喜美がいた。この店の中では、よく見かける光景だった。鈴村理穂の夫は五軒ばかり本里よりに理容師をやっている。また、太田喜美の夫は自転車店を営んでいた。こっちは夫の良継との年齢が十二歳離れていた。暇を弄べなくなると、この店にやって来て、あれやこれやとしゃべっていることが多い。
大黒屋は代々ここに店を構えて、四代目になる。副田安代の夫は十年前に癌で失くしていた。以後、安代が一人できりもみをしていて、息子の準一は津市の会社に、三交代で勤めている。安代は、
「この店は、私の代で終わりだね」
と、漏らしていた。というには、自分も糖尿病の持病があり、良くなるならまだしも、年々悪くなり体の自由が利かなくなって来ていたのだ。十日前から入院していて、嫁のよう子が大黒屋の店の切り盛りをやっている。
娘の理々子は、安代が入院した次の日に、預けてある実母の実家から引き取っていたのだ。
「清々する」と、よう子は口には出さないが、日に日に気分が爽快になって来ていた。つまり、よう子は義母の安代が気に入らないというより、真から嫌いだった。夫の準一の手前、安代に口答えもしないが、内心苛立つものがずっと溜っていた。
安代がいる時にはおおっぴらに店の中でぺちゃくちゃしゃべるわけにはいかなかったが、今は店の商売をほったらかして、仲にいい人・・・いや表面上気があっているだけかもしれない・・・が、誰かがやって来ると、あれこれとしゃべっている。
当然、理々子が、
「遊んでくるね」
と、いうと、
「あいよ、気を付けるんだよ」
と、送り出す。ここのようなところは車も少ないし、松阪ほど危険な所という意識は当然なかった。
だが、この後、理々子は二度とこの家にもどることはなかったのである。
「河合さん、こんな所に、何かよう・・・?」
よう子が聞いて来た。
「実は・・・もう知っていると思うんですが、寄合橋の下で身元不明の遺体が見つかったのは知っていると思うんですが、今の所、何処の誰だか分からないのですが、この本里でいなくなった人がいないか、調べています」
河合巡査は三人の女性をジローリと睨み付けた。これは、ここに来た時の彼の決まった行動だった。実は、彼はここに来るのを嫌っていた。
「それで・・・なぜ、私たちに聞くの?私たちに分かるはずがないじゃないの、ねえ」
鈴村理穂も太田喜美に同意を求めた。互いに目を合わせ、
「河合さん、本当に、いい加減にしてくださいよ」
こう言われると、河合巡査も反論できない。
結局、三人はこのまま引き下がるしかなかった。
「この後、どうします?」
熊井が河合巡査と相談する。
「とにかく、この・・・何というか、もつと村を回りましょう」
「分かりました」
それから一時間余り本里の村を回った。誰もいない家もあったが、たいした収穫はなかった。
身元不明の男が誰なのか・・・一か月経っても、確かな判明はしなかった。ただ、亀屋秀雄らしいと、警察では見立てていた。家にいなかったし、年齢的にもぴったりのように思えたのである。ただ、科学的な根拠は何もなかったのである。
そんな折、新たな事件が大台北署に飛び込んで来た。
第一報は、河合巡査のいる派出所にもたらされた。
副田安代の孫娘、準一とよう子の子・・・理々子が、夜のなっても、家に帰らないとよう子が飛び込んで来たのだった。
「確かか・・・」
河合巡査は実に不快な気持ちになり、親のよう子を睨んだ。
「確かです、遊びに行って、まだ帰って来ていないんです」
派出所の時計は、午後八時を回っていた。
「お前さんの子供は、確か・・・松阪の方にいるんじゃなかったのか?」
「学校が休みになって、こっちに帰って来ているんです。今、うちの人も知り合いの人に聞きに回っています。ええ、今日はもう帰って来ているんです。駐在さん、何とかして下さい」
河合巡査は、わかった、とは言わない。トラブルはゴメンなのである。身元不明の遺体もそうだが、何もなければ安穏にしていられるのに、なぜか事件が続いてしまった。
「だいたいが・・・」
と、河合巡査は言おうとしたが、グッと我慢して、
「どんな状況が詳しく説明をしてもらえるかな」
と、デスクにむかい、椅子にゆっくりと座り込んだ。
「よう子が言うには・・・」
今日駐在さんが来る前に、あの子は遊びに出て行ったらしい。
「何処へ?」
「さあ、子供のことだから・・・」
分からない、と言いたげだ。
「それでも、あんな、子供の親かな」
河合巡査は言葉をやわらげが、まずいと思ったのか、声を濁した。本当は、もっときつく言いたかったのだが、河合はじっと我慢した。
「それじゃ、探しようがないじゃないか」
「それでも、探して下さい。あんた、警察なんだから。お願いしますよ。家の人も、今日は非番なので、寝ないで咲かしまわっています。だから・・・」
普段の気の強いよう子とはまるっきり違って、おろおろとしていて、落ち着きがない。
「駐在さん、お願いしますよ。あの子は、何処へ行ったんでしょうね。何かあったら、私、どうしたらいいのか・・・」
副田よう子の気持ちも、河合は分からないでもない。あくまでも、この親としての気持ちを・・・である。義理の母の安代は、今糖尿病で入院をしている。母の安代とよう子は、店では表立ってやり合わないが、仲が良くないのは、本里では有名だった。
どうやら・・・というより、母の安代がいる時は、娘を実家のある松阪に預け、入院とかでいない時に、本里に連れて来ているようだった。
「小学校に入ったら、どうするの?」
太田喜美に聞かれると、
「まあ、お母さんの病状次第ね」
あっけらかんと言う。
今は、そんなことより、理々子の行方を探さなければならない。
「まあ、これから当たって見ようか」
河合巡査は立ち上がり、
「おい、ちょっと出かけて来るからな」
と、奥にいる妻の和子に声を掛けた。
「おっと、その前に、大台北署に連絡だけは入れとくよ」
若い巡査は型通りの連絡をした。そして、
「もう、帰って来ているかもしれませんがね」
と、付け加えた。
次の日、朝から副田理々子の捜索が行われたが、何の手がかりも掴めなかった。
「これは・・・やっかいなことになる・・・」
と、河合巡査はぼやき始めた。
ただ、全く手掛かりがなかったわけではなかった。
「理々子ちゃんかどうか分からないけど、小さな女の子が・・・大きなウサギと手を繋いで歩いていたのを見かけた」
という情報があった。何だが、夢を見ているような知らせであった。
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