第3話

大台北署は慌てふためいた。

寄りにもよって、こんな所で・・・栃川町本里のような真の田舎町で、無残な惨殺体が見つかったのである。身元不明の遺体が発見されることは、過去にも何度かあった。台風などで水かさが増し、次の日、宮川に人が浮かんでいたこと何度かあった。だが、今度のような惨殺遺体は初めてだった。

すくに問題になったのは、惨殺遺体の身元である。すぐに本里の住人に確認を求めようとしたが、この男の親族にさえ、この本里の人物であれば、であるが・・・見せられるような状況ではなかった。顔が鋭利な何かで切り刻まれ、目が完全につぶされていた。

「どうする?」

三重県警の警部補の桜井裕二が腕を組んだ。何が致命傷になり、詳しい殺害の状況は解剖でわかるだろう。

「おい、熊田さん、一応全住民の所在を確認した方がいいですね」

「そうだな、しかし・・・」

桜井警部補の隣には熊田史佳巡査部長がいる。熊田の方は浮かぬ顔をしている。

「何か・・・気になることでも・・・」

熊田の方が年上で、桜井は、そういう面では一応一目置いている。熊田の煮え切らぬ態度は、この地区の慣習などを知り尽くしているからである。

「いや、いいてす。そんなに広い地区ではないので、すぐに終わります」

と歩き始めると、すぐに足を止めた。

「どうです、一緒しますか?」

と誘って来た。

「行きます、行きます。案内してください」

桜井警部補は応諾した。

「でも、もう少しお待ちください。地域課の河合巡査が来ます。その人に本里を案内させます。その方がいいと思います」

桜井警部補は納得した。はっきりとした殺害時間は分からないが、顔の血糊はまだそんなに時間が経っていないことを示していた。

「あっ、来ました。あの人です」

自転車に乗って、こっちに向かって来る顔のまん丸い四十五、六歳くらいかの制服姿の警官が見えた。

「あっ、そうですか」

河合巡査は息を切らしている。

「すいません、それでは、行きますか」

河合巡査は自転者を引っ張りながら、先頭に立ち、本里の中を歩き始めた。

「それ程大きくない町です。名前は町ですけれど、まあ、村ですね」

本里の中を一本の道が東西に突っ切っている。国道四十二号からはじまり、宮川に架かる橋、大井橋で終わる。この本里から出て行くことの出来る橋だった。そして、この本里には、大体五六十軒の家しかない。

「それが・・・ですね・・・」

と、河合巡査が苦虫を噛み殺した顔でぽつりという。

「何ですか?」

「本里に住む人・・・みんな連携して助け合っているように見えますが、どうして、どうして心の内では激しい憎しみや恨みなどが錯綜していて、実にやりきれない気持ちになることがあるんです」

熊田巡査部長と桜井裕二警部補が顔を見合わせた。桜井警部補は黙っているが、熊田巡査部長は苦笑している。

「こういう土地は・・・困ったものです」

熊田巡査部長は河合巡査を見ている。

「つまり、誰も本心を話さないんです。こっちとしても、どこからどこまで真実なのか計り知ることが出来ないのですよ。まあ・・・仕方がありませんけど・・・こっちも・・・」

と言い掛けて、慌てた素振りをして黙ってしまった。熊田は河合巡査ほどではないが、この地区の情勢を知っている。

「河合君、いいから、いいから」

と言い、我々を案内するように促した。河合巡査は熊田を睨み付け、先に歩き始めた。

本里の家々は四五軒連なっている所もあれば、田畑によって間隔が空いている場所もあった。脇道に入り、また家が何軒か連なっている。そして、概ね家々の土地は広い。古い土地柄なのである。

「ここです」

と言い、河合巡査は橋のたもとに来ると、自転車を止めた。

「ここが、本里の溜まり場で、女たちのほとんどが本里の噂話をしています。それが・・・今は、みなさん共通の話題があり、その話題でもちっきりなのです。ええ、熊田さんもご存じの事件です」

桜井が怪訝な表情をし、

「何か、あったんですか?」

「あつ、あれか・・・あれは、まだ全然わかっていないな」

「何かに事件ですね?」

桜井警部補の刑事としての勘なのだ。

「実は・・・この辺りで、五歳の女の子が行方不明になっている事件が起こっているんです」

「ほおっ・・・」

「弱っているんです、探し回っているんですが、今の所、全く手掛かりさえつかめていません。この辺は山が多いのですが、おおきい川も二つあり、大掛かりな捜査をしたいのですが、こんな場所ですから、今は一旦捜索を休んでいます。それに・・・」

「それに・・・何ですか?」

言いよどんだ河合巡査に、桜井警部補が嫌な顔を・・・気に入らないらしい。

「はい、行方不明になっているのが、これから行く福田屋の女の子なんです。多分、この事件のことはお聞きになっていると思いますが」

「なるほど」

桜井警部補は別に驚いたふうに見えない。

(やはり、知っているのか)

話さなければ、と思うと、河合巡査は気分が悪くなった。


橋の手前に雑貨店がある。河合巡査は、

「こんにちは」

と声を掛け、福田屋に入って行った。

しばらくすると、河合巡査が出て来て、

「今、中に奥さんがいます。その他にも・・・三人方が見えますから。みなさん、ええ、みなさんが理々子ちゃんことを心配しています」

外にいる二人に手招きをした。

福田屋の中にはいろいろな商品が並んでいた。というより、手当たり次第にごっちゃになっていたと言った方がいいかもしれない。

「こちらは、大台北署の熊田さん、みなさん、よくご存じだと思います。そしてこちらが県警の桜井警部補です。もう知っていると思うけど、寄合橋の下で見つかった遺体の身元を調べています。とんでもない事件が起こったものです」

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