第4話 なぐさめるなら、パリで。4
「僕は、放送局で働いているんだ。君は?」
トミーはホムスとフィッシュ・アンド・チップスを頼むと、ウエイターにメニューを手渡した。
「あ、シードル、もう一本飲む?ノンアルコールの方かな?僕も酒は飲まないんだ。」
トミーはにこやかに言った。笑った時に、目尻が下がって少し皺が出る。優しそうな人。千紗は思った。
「私はチサ。すぐそこのアートコレッジの学生をしてます。」
千紗は右手を出して、握手をした。トミーの手は暖かくて柔らかかった。陸の手とは正反対だ。
「本当?!僕は写真を撮るよ。君は、どんなアート?絵描きかな?」
トミーは右ひじをテーブルに付き、少し体を乗り出して千紗の顔を覗き込んだ。千紗は照れたようににんやりと笑うと、
「当たり!」
と言った。日が沈んで辺りは一段と暗くなって、テムズ川沿いの夜景は色とりどりに、ますますキラキラと輝いている。二人は緑色の瓶を手に取ると、軽くコツンとぶつけあった。
「さみしい者同士に、乾杯。」
トミーが笑いながら言った。
「どんな写真を撮るの?」
千紗は運ばれてきたフライドポテトに、モルトビネガーをじゃぶじゃぶとかけながら聞いた。
「僕はね、アジアに旅をするのが好きでね。特に、インド。インドはすごいよ、車なんか、はちゃめちゃな方向から走ってきて、いつ死ぬかヒヤヒヤしながらタクシーに乗るんだ。言葉もさ、いろんな方言があるから、村から村へ旅すると、皆全然違う言葉をしゃべっているみたいに聞こえる。でも、子供達とか、頭に重そうな壺を乗せて運んでいる女性達とか、笑顔が眩しいんだよ。僕は言葉がわからないから、だいたいニコニコしながらカメラを指差して、撮っても良い?って聞くと、皆にこやかにポーズをとってくれる。ロンドンでぎすぎすした生活をしていると心が疲れるから、たまにそうやって現実逃避しに行くんだ。君は?どこに行きたい?」
トミーは大きな魚の揚げ物にかぶりついて、あちち、と指を振った。
「んー。先週末パリに行ってきたんだけど、あんまり面白くなかったかな。インドとか中国とかはなんだか広すぎて怖い気がするし、イギリスの田舎町にのんびりしに行きたいかなあ。」
千紗は軽く溜息をついた。トミーは横目で千紗を見ると言った。
「食べ終わったら、踊りに行く?今日は僕の友達がDJをしているパーティがある。」
千紗は口をへの字に曲げた。
「私、踊れないよ。かっこ悪いよ。」
「はっはっは、じゃあ決まりだね。僕もかっこ悪いから、一緒だ。他人に見られるために踊るわけじゃない。自分のストレス発散だよ。見られていようと、いまいと、どうでもいいのさ。」
気分がアガる短い恋の話 槇鳥 空 @kuu-makitori
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