第3話 なぐさめるならパリで。3
「あんたが好いとる相手は、あれだね。他に女がいる。誰かが祈っていて、彼を引き止めているのが見える。」
そういうとジャマイカ人のシャーマンは、大きなイチジクの葉っぱにポイっと小石を投げた。そして、左手にかけている数珠のようなものをジャリジャリと鳴らすと、
「あー、やはりね。昔の恋人のようだ。難しいぞ、この男のハートを掴むのは。」
千紗はどうも、と軽く礼を言うと座布団から立ち上がり、ロウソクの灯りがぼんやりと輝くだけの薄暗い部屋を出た。
「どうだった?」
待合室のソファにいたシェマイアが長いドレッドヘアを高いポニーテールにしながら聞いた。
「このシャーマン、すごい当たるって有名なんだから。なんて言ってた、パリの男の事。」
千紗はベレー帽を被ると、出口のドアを押し開けた。
「うーん、何にも言わなかったの、私。部屋に入って、座ったら、おじさんが何か聞きたいことはあるかい?っていうから、うーん、って考えてたら、今想っている人についてでも見てあげようか?って。だから、はい、じゃあそうして下さいって言ったの。そしたら、彼には誰か引き止めてる女がいるんだって。心、がっつり掴まれているらしいよ。言われてみると、パリまでわざわざ会いに行ったのに、すごい未練タラタラだった。やっぱりやめたほうがいいのかな。」
千紗はキラキラと眩しい太陽を遮るように右手をおでこに当てた。
「ウジウジした男は最低よ。しかもあんたみたいに可愛い子がわざわざ会いに行ってるのに、昔の女の話しかしないなんて、デリカシーのかけらもないじゃない。」
シェマイアは早足で歩きながら小ぶりのポテトチップスの袋をバリッと開けた。
「一目惚れしたのは私だからさ。なんか、パリに住んでて、微妙に影のあるアーティストなんて、カッコいいじゃん。ここからだったらパリなんて近いし、会いに行こうか、って軽い気持ちで言ったら、嬉しそうにおいでよって言うからさ。」
「甘いのよ、あんたは。それより、今晩のギャラリーのパーティー、何着ていく?新しい出会いを探すわよ。」
夕暮れ時になると、テムズ川沿いのカフェはことごとく雑然とした人混みで満ちていた。千紗はミレニアム・ブリッジが右手に見える丸テーブルでスパークリング・アップルジュースを飲んでいた。いつも待ち合わせには遅刻のシェナイアは、約束を一時間過ぎても現れない。携帯電話にメッセージが来ないか、もう何度確認しただろう。千紗は小さな溜息を付いて携帯電話をリュックに投げ入れた。一人でパーティーなんか行ってもつまらないし。千紗は帰ろうと思いグラスのジュースを飲み干した。立ち上がろうとしたその時、肩をポンと叩かれた。
「一人?さっきからずっと座ってるよね。待ち合わせすっぽかされた?」
背があまり高くない、ちょっとズボラなあご髭を生やした男はニカッと笑った。
「実は、僕もそこのギャラリーのオープニングパーティーに行こうと思って、友達を待っていたんだけど、来ないってメッセージが入っちゃって。さっきから、話しかけようかなと思ってたんだ。僕はトマス、トミーって呼んで。君は?」
フワリと優しいムスクの香りがする。赤いポロシャツ、ジーンズに灰色のジャケットを着て、鼈甲柄の太枠の丸眼鏡をかけたトミーは、友達にもすっぽかされた寂しい夜にはぴったりのお相手だった。千紗はニカッと笑って頷くと、テーブルにあったメニューをトミーに手渡した。
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