第9話

「なんでそんな勝手なことを?娘と人間の子作りなんて私は認めません」

 退勤後呼び出された飛騨乃ジンことルシファーの自宅の居間。渋い顔をしたルシファーの隣にはセーターにジャージの下姿のアヤミちゃんがシュークリームを食べながらソファーに腰掛けていた。


「もとはと言えば税金を滞納しているルシファーさんが悪いんじゃないですか」

「私は魔界の帝王だから外交特権で非課税。それにね小野さん、税金や借金なんて踏み倒すものですよ」


「そんなことだから悪魔って呼ばれるんだ」

「君こそ陰で税金ドロボーって呼ばれてるんじゃないの?」

「そういうことは市民税払ってから言ってください」


「それは......そのとおりですね。お支払いします。ところで。小野さんと娘の間に将来産まれる子供ですが、競売の結果魔王ジェフリー・メイソンが引き取ることになりました」


「さらっと仰いましたがその魔王なんとかって誰ですか?」

「77人いる魔王の1人。終末論カルトのボスで神と自称する私に反抗的なやつでね。あんな男に私の孫を渡すなんて身の毛もよだつ。あいつを倒してくれれば娘との結婚及び子作りを認めます。帝王に二言はありません」


 アヤミちゃんが口を挟んだ。

「子供ってどうやって作るの?だってあたしがもし人間とエッチしたら」

「そう、その相手の魂はアヤミの所有物となるが子供は出来ない。だが魔王を倒せば小野さんは自動的に魔王となる」


「僕は人間じゃなくなるんですか......」

「この世では人間として生活出来ます。私のように」


「倒すと言ってもどうやってやればいいのか」

「道具はね、いいのがあるんですよ」

 ルシファーは金属バットをすらりと取り出した。


「去年だったかな。バイクと喧嘩と万引きの自慢話しかしないような少年が娘に付きまとい林の中で押し倒そうとしたのでこれで殴り殺しました」


「あの事件、犯人はルシファーさん」

「その通り。そしてこれなんですが」


 喫茶店『エデン』マスターの飛騨乃ジンことルシファーは立ち上がり、居間の壁をぐいと押した。隠し扉。トンネル?でもここは地上一階。

「これが魔界へ通じる道。歩いて5分くらいかなと」


 薄暗く、先の見えないトンネル。さすがに不安を感じた。

「行ったら帰って来れなさそうな道ですね」

「単なる人間としては帰って来れません」


「小野さん」

 アヤミちゃんが立ち上がった。

「あたし、また小野さんの部屋に遊びに行きたい」

 彼女の言葉にはよこしまなところが全くなかった。

「あれ?アヤミ、本気で彼のこと好きなの?」

 ルシファーが意外そうな面持ちで娘の顔を見遣った。

「パパと違って勉強しろって全然言わないから」

「あー、そんな理由で......でもそんなものかなあ」

 普通の父娘の会話。逃げ帰る選択肢は無い。僕が逃げたらアヤミちゃんにまた会えなくなる。 


 僕に金属バットを手渡しながらルシファーは言った。

「ジェフリー・メイソンは紫水晶で出来た宮殿に住んでいるから居場所はすぐわかるはず。健闘は祈りません。私が祈ると悪いことしか起きたことがないので」

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